【前回まで】北朝鮮のミサイルが新潟県沿岸に飛来した。イージス艦からの迎撃は失敗したが、ミサイルは弾着直前に爆発。この事態にも、草刈が出席した官房長官会見の空気は緩かった。
Episode2 傘屋の小僧
12 (承前)
草刈はひとまず、混乱した頭を整理していた。
戦争って、こんな風に始まるのだろうか。
高らかに進軍ラッパが鳴り響き、戦争が始まるようなことは、歴史を見ても稀だ。
軍隊が国境を侵し、それを迎え撃つ形で戦争は始まる。近代以降、まず「宣戦布告」をするのが、外交上のルールとされるが、旧日本軍の真珠湾攻撃のような形が、「異例」というわけではない。
なぜなら、戦争とは結果が全てを凌駕してしまうものだからだ。
だとすると、攻撃を受けた側の日本が暢気に「我々は北朝鮮と戦争するつもりはない」などと断言していいものだろうか。
「よう、ご無沙汰」
「あっ! 星君、ご無沙汰」
NHKの記者である星とは、同期だったこともあって、親しくしていた。安全保障担当が長く、草刈が産休に入る前から、防衛省記者クラブに所属していた。
「復帰したんだね」
「そう。暫く楽させてもらうつもりだったのに、引き続き政治部遊軍だけど、防衛担当は続行。さっき市ヶ谷の記者クラブの状況に言及してたけど、今も防衛省担当なの?」
「あれは後輩からの情報。僕は今は、安全保障の遊軍兼三好番」
「三好番って、官房長官に張り付いているの?」
「彼は将来の総理候補だからね。今から顔を売っておけという、うちの方針でね」
政治部の記者には、特定の政治家に張り付く「番記者」がいる。総理番が典型だが、与党幹事長や、派閥の領袖、さらには官房長官にも「番記者」はいる。だが、安全保障の遊軍と官房長官番を兼ねるというのは、珍しい。
「三好さんって、防衛族なの?」
「彼はハーバードの公共政策大学院[ケネディスクール]出身だからね。アメリカの政治家とのパイプが太く、日米安保の次世代を担うリーダーとして期待されている。で、まあ、僕が担当するように命じられたわけ」
星もケネディスクールで修士号を取得していた。
「で、教えて欲しいんだけど、ミサイルが弾着前に爆発した理由は何なの?」
星は、人懐っこい笑顔を返してくれたが、答えようとはしない。だが、答えないというのに、大きな意味があった。
大きな事実が隠されていて、既にNHKはそれを把握しているという意味だ。
「そっか、この手のネタで抜かれるのかあ。私、時短で働きたいのに」
「さすがに、おたくの宮崎君も、同じネタを掴んでいると思うよ」
現在の防衛省担当の後輩は、残念ながら星とは比べものにならない凡庸な記者だった。しかも、彼は三つの省を掛け持ちしている上に、防衛問題への関心が薄かった。
「落ち着いたら、晩ご飯でも行こうよ」
そう言い残して、星はプレスルームを後にした。
13
北朝鮮からのミサイル飛来について、詳細な情報が欲しくて周防は、磯部に連絡を入れた。
“電話では話せない。こちらに来ていただきたい”
周防は、事情を松平にだけ告げて、市ヶ谷に向かった。……
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