オペレーションF[フォース] (15)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第15回

執筆者:真山仁 2023年6月3日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事/防衛省統合幕僚監部提供[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】北朝鮮のミサイルが新潟県沿岸に飛来した。イージス艦からの迎撃は失敗したが、ミサイルは弾着直前に爆発。この事態にも、草刈が出席した官房長官会見の空気は緩かった。

 

Episode2 傘屋の小僧

 

12 (承前)

 草刈はひとまず、混乱した頭を整理していた。

 戦争って、こんな風に始まるのだろうか。

 高らかに進軍ラッパが鳴り響き、戦争が始まるようなことは、歴史を見ても稀だ。

 軍隊が国境を侵し、それを迎え撃つ形で戦争は始まる。近代以降、まず「宣戦布告」をするのが、外交上のルールとされるが、旧日本軍の真珠湾攻撃のような形が、「異例」というわけではない。

 なぜなら、戦争とは結果が全てを凌駕してしまうものだからだ。

 だとすると、攻撃を受けた側の日本が暢気に「我々は北朝鮮と戦争するつもりはない」などと断言していいものだろうか。

「よう、ご無沙汰」

「あっ! 星君、ご無沙汰」

 NHKの記者である星とは、同期だったこともあって、親しくしていた。安全保障担当が長く、草刈が産休に入る前から、防衛省記者クラブに所属していた。

「復帰したんだね」

「そう。暫く楽させてもらうつもりだったのに、引き続き政治部遊軍だけど、防衛担当は続行。さっき市ヶ谷の記者クラブの状況に言及してたけど、今も防衛省担当なの?」

「あれは後輩からの情報。僕は今は、安全保障の遊軍兼三好番」

「三好番って、官房長官に張り付いているの?」

「彼は将来の総理候補だからね。今から顔を売っておけという、うちの方針でね」

 政治部の記者には、特定の政治家に張り付く「番記者」がいる。総理番が典型だが、与党幹事長や、派閥の領袖、さらには官房長官にも「番記者」はいる。だが、安全保障の遊軍と官房長官番を兼ねるというのは、珍しい。

「三好さんって、防衛族なの?」

「彼はハーバードの公共政策大学院[ケネディスクール]出身だからね。アメリカの政治家とのパイプが太く、日米安保の次世代を担うリーダーとして期待されている。で、まあ、僕が担当するように命じられたわけ」

 星もケネディスクールで修士号を取得していた。

「で、教えて欲しいんだけど、ミサイルが弾着前に爆発した理由は何なの?」

 星は、人懐っこい笑顔を返してくれたが、答えようとはしない。だが、答えないというのに、大きな意味があった。

 大きな事実が隠されていて、既にNHKはそれを把握しているという意味だ。

「そっか、この手のネタで抜かれるのかあ。私、時短で働きたいのに」

「さすがに、おたくの宮崎君も、同じネタを掴んでいると思うよ」

 現在の防衛省担当の後輩は、残念ながら星とは比べものにならない凡庸な記者だった。しかも、彼は三つの省を掛け持ちしている上に、防衛問題への関心が薄かった。

「落ち着いたら、晩ご飯でも行こうよ」

 そう言い残して、星はプレスルームを後にした。

 

13

 北朝鮮からのミサイル飛来について、詳細な情報が欲しくて周防は、磯部に連絡を入れた。

“電話では話せない。こちらに来ていただきたい”

 周防は、事情を松平にだけ告げて、市ヶ谷に向かった。……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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