「真実の報道」か、「認知戦」か――ロシア・メディアの正しい読み解き方

執筆者:岡部克哉 2023年8月1日
エリア: ヨーロッパ その他
ロシアでもインターネットメディアの重要性は増している (C)Hadrian / Shutterstock.com
なぜ多くのロシア国民がウクライナ侵攻を支持している(ように見える)のか。プーチン政権によるメディアコントロールが行われてきたことは知られているが、ロシアのメディア業界にも一定の「多様性」はあり、複数の「独立系メディア」といわれる媒体が現在も活動している。ただし、ロシア国内での影響力という観点では、慎重に評価する必要がある。

 

 様々な報道をどう解釈し、その信憑性をいかに見分けるべきかは難しい問題である。ロシア・ウクライナ戦争をめぐってフェイクや認知戦の問題が取り沙汰されている現在、それはなおさらだ。報道を解釈する際の判断材料の1つとなるのが発信元に関する情報だが、ロシア・メディアとなるとそれを得るのも容易ではない。そうしたことを踏まえ、戦争の関連ニュースを理解する一助として、ロシア国内におけるそれぞれの位置づけに注意しつつ、開戦後の主要なロシア・メディアに関する個人的理解を共有したい。

最大の影響力を持つメディアは「テレビ」

 テレビの衰退が論じられつつも、その影響力は依然として大きい。ロシアでも事情は同じで、独立系世論調査機関レヴァダセンターが今年3月に行った調査では、回答者の64%が主要な情報源としてテレビを挙げており、年齢層が高いほどこの傾向は強い1。プーチン政権もそのことをよく理解しており、ウクライナ侵攻開始以前から、主要テレビ局は政府系企業等の出資を受けるなど、政権の影響下に置かれていた。

 ロシアのテレビ報道の特徴の1つはトークショーや討論形式の番組が多いことで、基本的には愛国主義的、親政権的な主張が押し出されている。戦争勃発後、そうした傾向はさらに強まっているが、逆にいえば、ロシア国内に向けた政権側のナラティヴを理解するためには欠かせないメディアであるともいえる。有名どころとしては、国営企業傘下の「ロシア1」や「ロシア24」、ほかにも、昨年3月ごろ、戦争反対を訴える職員がニューススタジオに現れたことで話題となった「第一チャンネル」などもある2

政府による公式発表の確認には国営通信社

 政権に近いメディアとしてほかに、国営通信社の「タス」や「ノーヴォスチ」が挙げられる。開戦直後、「ロシアの攻勢と新世界の到来」と題された、ロシアの「勝利」を報じる論説記事が話題となったが、その記事を「誤配信」したのが「ノーヴォスチ」である3。当然、これら通信社が報じる情報の扱いには注意が必要であるものの、政府報道官の発言や公式発表などを確認したい場合には重要な情報源になる。「インターファクス」という非政府系の通信社も存在するが、報道内容という点では大きな差はない。

 また、国外に向けて親政権的なナラティヴを発信しているメディアに、「スプートニク」や「RT」が存在する。前者は日本語でも展開しているため、ご存じの方も多いだろう。後者は親政権派ジャーナリストの代表格の1人、マルガリータ・シモニヤン氏が編集長を務めている。

まだ多少の自由が許されている「新聞」

 テレビなどに比べ、新聞に対する政権のコントロールは弱く、以前は主要紙にも政策を批判する記事や政権批判的なコメントが頻繁に掲載されていた。国営テレビで司会者を務めるなど、ロシア国内で有名な親政権派ジャーナリスト、ウラジーミル・ソロヴィヨフ氏は、自身の記事についてウラジーミル・プーチン大統領に話した際、「いったい誰がそれを読むのですか?」と返されたという4。ソロヴィヨフ氏によれば、そのような読者の少なさ、つまり影響力の小ささこそが新聞に多少の自由が許されていた理由だそうだ。エピソードの真偽は不明だが、この説明自体には納得できる部分がある。

 しかしながら、開戦とともにその自由の幅も大きく狭まった。政権が「フェイク」とみなす情報を拡散した場合に禁錮刑を科す法律や反戦活動を事実上禁止する法律などが制定され、主要紙もまたそうした制約の下で活動せざるを得ない状況にある。

 日刊の官報である「ロシア新聞」を除けば、主要紙の中でもっとも政権寄りの立場をとっているのはおそらく「イズヴェスチヤ」で、今年2月の侵攻以前から与党「統一ロシア」関係者の意見記事や政権寄り専門家のコメントを頻繁に掲載していた。

「ヴェドモスチ」は、「イズヴェスチヤ」ほど露骨ではないものの、2020年に所有会社が変わり、政権批判的な姿勢を抑えるようになった。匿名の政権関係者からの情報提供に頼った記事もみられ、政権との近い関係を生かした報道を行っているといえなくもない。しかし、ロシアの報道に登場する匿名の「情報提供者」の多くが、政治工学者と呼ばれる選挙対策・世論対策の専門家であるとの指摘もある。

 主要紙の中では比較的リベラルな「コメルサント」は、戦争が始まってからはかなり慎重な姿勢をとっているようだ。それでも、年明け早々にロシア・ウクライナ戦争に関連した愛国教育の強化を痛烈に批判する記事を出すなど5、その色を完全に失ったわけではない。

 このほか、「独立新聞」という独特な立ち位置の新聞もあり、単なる事実報道を超えた論説的な記事を多く掲載していることで知られている。開戦後も政権を批判するような内容の記事を載せ続けているが、解釈に困るものや主張を曖昧にしているものも多く、そういった記事はその時々のロシア国内の話題などに関する背景知識がないと理解すること自体が難しい 。また、過去にはプーチン大統領など政府関係者の論文を掲載したこともあり6、政権との関係についてもつかみ難いところがある。

開戦後も重要性を増すネットメディア

 現代社会においてインターネット空間が重要な情報媒体であることはいうまでもない。政権の影響力はここにも及んでおり、インターネット・メディアの中には「レグナム」のように明らかに親政権的なものも多いし、「テレグラム」のようなSNSはドミトリー・メドヴェージェフ元大統領をはじめとする政権関係者がその主張を拡散するツールにもなっている。

 また、プーチン政権は、SNSなどで軍事ブロガーたちが愛国主義・戦争支持の観点から軍指導部を批判することをある程度許容しており、それはそれで興味深い状態だが、反戦的立場からの意見表明が刑罰の対象となることについてはインターネット上でも違いはない。

 加えて、インターネットやSNSの匿名性や信憑性というそもそも論的な問題も無視できない。例えば、「テレグラム」の匿名チャンネル「ネズィガリ」は専門家による論説記事や話題のニュースに対する有識者のコメントなど信頼性の高そうな情報を発信している一方、2018年には運営に政権関係者が携わっているとの報道もなされていた7。もっとも、日本で有名な匿名チャンネルといえば、「SVR将軍」の方だろう。こちらは、政権内部からの「リーク」に基づいたものだとして、プーチン大統領の健康状態や政権の内部事情など話題性のある情報を投稿しているために耳目を引いているが、誰が何のために運営しているのかは明らかになっていない。当然、発信内容が本当にリーク情報に基づいているのかどうかも確かめようがなく、情報源という以上にネット情報の扱いにくさを示す実例となっている。

 インターネット空間に以上のような側面がある一方で、そこが伝統的メディアに比べて政権のコントロールを受けにくく、独立系メディアやその記者の重要な活動の場となっていることもまた事実である。開戦後のメディア規制の強化はそうした流れを加速させているといえよう。

 典型的な例の1つが、2021年にドミトリー・ムラトフ編集長がノーベル平和賞を授与されたことで話題にのぼった「ノーヴァヤ・ガゼータ」である8。「ノーヴァヤ・ガゼータ」は故ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領から出資を受けていたことでも知られる新聞社で、開戦後は反戦姿勢を明確に打ち出していた。当然、政権から強い圧力を加えられることとなり、開戦約1カ月後には活動停止に追い込まれたが、同紙の記者らは、ラトビアで「ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」という別のメディアを立ち上げ、インターネットを通してロシア人向けの報道を行っている。

 開戦以前からラトビアを拠点としていたのが「メドゥーザ」で、日々の戦況からプーチン政権内の裏事情、文化人や専門家へのインタビューまで、幅広い記事を掲載している。また、「メディアゾーナ」は、BBCと共同でロシア軍戦死者数の集計を発表していることで知られているが、ほかに動員された人々や政治的圧力にさらされている人々へのインタビューに基づいた記事なども配信している。調査報道に重きを置いたメディアとして、「インサイダー」や「インポータント・ストーリーズ」も有名だろう。SNSやYouTubeをメインに据えている独立系メディアも多く、ここで挙げたものはほんの一部に過ぎない。

独立系メディアのロシア国内での影響力は?

 もっとも、独立系メディアの報道だからといって、そのすべてが信用に値するとは限らない。

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カテゴリ: 政治 IT・メディア
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執筆者プロフィール
岡部克哉(おかべかつや) 慶應義塾大学大学院後期博士課程在籍中。専門は日露関係史。2021年2月~2023年2月、在ロシア日本大使館にて専門調査員。
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