国際通貨基金(IMF)は7月25日に公表した世界経済見通しの中で、「2023年のドイツの国内総生産(GDP)成長率はマイナス0.3%」という悲観的な予測を打ち出した。IMFがG7諸国の中でマイナス成長を予測したのは、ドイツだけだ。
IMFの予測によると、ドイツの2022年のGDP成長率は1.8%だったが、2023年にはマイナス0.3%に下落する。ユーロ圏の2023年の予測成長率は0.9%なので、ドイツはユーロ圏全体の成長率を引き下げていることになる。
本来はユーロ圏を力強く牽引する機関車役になるべきドイツが、「欧州の劣等生」の地位に転落した。
失業者数・企業倒産件数が増加
実際ドイツ経済のパフォーマンスを示す指標を見ると、至る所で警戒信号が点滅している。この国は、去年冬から今年春にかけて景気後退(リセッション)に突入した。連邦経済気候保護省(BMWK)の今年8月14日の発表によると、2022年第4四半期のGDPは、直前の四半期に比べて0.4%、2023年第1四半期のGDPは、直前の四半期に比べて0.1%減った。
欧州連合(EU)では、マイナス成長が2つの四半期連続で起こる状態はリセッション(テクニカル・リセッション)と定義されている。ドイツ政府によると、2023年第2四半期のGDP成長率は0%、つまり横ばいであり、まだ本格的な回復傾向を示していない。
連邦統計局によると、今年7月のドイツの失業者数は261万7000人で、前年の7月に比べて14万7000人多かった。失業率は2022年7月には5.4%だったが、今年7月には0.3ポイント多い5.7%となった。
大きな懸念の源は、企業倒産件数の増加だ。BMWKによると、今年5月には1478社が倒産したが、これは去年5月の件数(1242件)を19%上回っている。去年1~5月の倒産件数は5973件だったが、今年1月~5月には約17.6%増えて7023件になった。
ドイツ中小企業研究所(IfM)によると2011年以来、ドイツの企業倒産件数は年々低下していたが、ロシアがウクライナに侵攻した2022年には、企業倒産件数が前年比で4.3%増えて1万4600件となった。企業倒産件数が増加したのは、2011年以来初めてだ。ロシア・ウクライナ戦争勃発後にエネルギー費用などが高騰し、消費が冷え込んだためだ。
もう一つの理由は、コロナ関連援助の打ち切りだ。2020年以降、コロナ・パンデミックで収益が激減した企業は、政府による経費肩代わりなどの措置によって生き延びてきた。しかしパンデミックが一段落してこうした支援策が打ち切られたため、倒産する企業が増えている。ロシアのウクライナ侵攻は、10年以上続いたドイツの好景気に終止符を打ったと言える。
特に苦境に陥っているのは、ファッション関連業界・小売業界だ。去年9月には靴メーカーの老舗ルトヴィヒ・ゲルツ(本社ハンブルク)が、今年5月にはアパレル販売会社ハルフーバー(本社ミュンヘン)、6月にはアパレル販売会社ピーク&クロッペンブルク社が倒産した。大手デパート・チェーン「ガレリア・カールシュタット・カウフホーフ」も今年5月に倒産手続きを完了。同社は「業績再建のため、129の店舗の内、52カ所を閉店する」と発表した。私もミュンヘンの「ガレリア・カールシュタット・カウフホーフ」で時々買い物をするが、先日行った時も人影はまばらで、閑古鳥が鳴いていた。
これらの会社は日本人にはほとんど馴染みがないが、ドイツでは多くの市民に名前を知られた企業である。
自動車業界に落ちる影
連邦統計局によると、工業生産にも黄信号が灯っている。今年6月のドイツ製造業界の生産量は前の月に比べて1.5%減った。物づくりの柱・自動車業界の今年6月の生産量は前月比で3.5%、機械製造業界の生産量は1.3%それぞれ減少した。
自動車業界は、コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争の悪影響からまだ完全に立ち直っていない。ドイツ自動車工業会(VDA)の7月5日の発表によると、今年上半期のドイツ企業の乗用車の販売台数は、コロナ・パンデミックが発生する前の2019年の同期に比べて、24%も少なかった。
国内消費が冷え込む傾向も表れている。VDAによると、今年7月のドイツの乗用車生産台数は前月に比べて約23%減って、30万300台となった。
メーカーへの車の注文台数も減る傾向にある。ドイツ自動車業界の今年1~7月の受注台数は、前年同期に比べて8%減った。特にドイツ国内での受注台数は前年同期比で25%も減少した。リセッションの影響がはっきり表れている。またドイツ政府が、今年1月1日をもって、プラグインハイブリッド車(PHV)への購入補助金を廃止し、電池だけを使う電気自動車(BEV)への購入補助金を減額したことも、影響している。政府は走行時に二酸化炭素(CO2)を排出するPHVの助成をやめて、限られた財源を、BEVに集中しようとしているのだ。
ドイツ政府は「現在の世界の経済情勢を見ると、当分工業生産量の回復は期待できない」と悲観的なコメントを発表している。
経営者の間に漂う悲観論
ミュンヘンのifo経済研究所が毎月公表している景況指数は、この国の企業経営者たちの、景気の先行きについての見通しを示すバロメーターだ。同研究所は、7月25日に「2023年7月の景況指数は、今年4月から3カ月連続で下降し、87.3になった」と発表した(指数は、2015年を100としている)。
景況指数はロシアのウクライナ侵攻開始後に下落して一時90台を割ったが、2022年12月以降、深刻な天然ガス不足が回避される公算が強まったために、回復傾向を示していた。だがドイツのリセッション突入が明らかになった今年春から、景況指数の下降傾向が再び始まった。この数字は、多くの企業経営者たちが景気の先行きについて悲観的な考えを抱いていることを示す。経営者が悲観的な予測を行うと、設備投資や新分野の開拓などに慎重になるので、成長率を圧迫する。
住宅建設ブームに急ブレーキ
ドイツ政府は、「景気停滞の主因はロシアのウクライナ侵攻以降のインフレに端を発する、国内消費の冷え込みだ」と見ている。天然ガス、電力、石炭、原油価格の一時的な高騰により、2022年のドイツの消費者物価指数は、2021年に比べて6.9%上昇した。過去30年間で最高のインフレ率だ。
インフレは貨幣価値を下げ、市民の購買力を減らす。連邦統計局は「今年第1四半期の個人消費支出は、直前の四半期に比べて1.2%減った。特に食料品や衣服、乗用車向けの支出の落ち込みが目立つ」と報告している。
欧州中央銀行(ECB)はこの物価上昇に歯止めをかけるために、過去1年間に政策金利を9回引き上げた(現在は4.25%)。インフレ率は下降傾向を見せているものの、2023年7月のインフレ率は、6.2%とまだ高い水準にあり、ECBの目標値(2%)を大きく上回っている。ドイツのインフレ率がこの水準では、ECBはまだ手綱を緩めることはできないだろう。ドイツの論壇では、「ECBのゼロ金利政策から金融引き締めへの切り替えのタイミングが遅れたことのツケを、消費者や企業が払わされている」という指摘も出ている。
インフレと金利引き上げは市民の消費意欲を失わせ、景気に悪影響を与える。たとえば連邦統計局の8月18日の発表によると、今年上半期のドイツの住宅などの建設許可数は13万5200件に留まった。これは前年同期に比べて27%も少ない。特に今年上半期の一世帯用の家の建設許可数は、前年同期に比べて35.4%、二世帯向けの家の建設許可数は53.4%も落ち込んだ。今年6月に建設許可を受けた建物の数は、去年6月に比べて28.5%も減った。建設資材や人件費の高騰、人手不足も拍車をかけている。
住宅ローンを利用する市民の数も減っている。住宅ローンの金利が、ロシア・ウクライナ戦争勃発前の2021年12月に比べて約4倍に増えたからだ。現在ドイツの金融機関は、期間10年の住宅ローンには3.5~4%の金利を要求する。ドイツ最大の不動産会社ヴォノヴィアは、今年1月31日、「インフレと金利上昇のため、2023年に開始する予定だった全ての住宅建設プロジェクトを中止する」と発表した。リーマンショック以来、好景気に支えられて長年続いていたドイツの住宅建設ブームは、リセッションによって急ブレーキをかけられた。ドイツでは伝統的に持ち家比率が英国やスペインなどに比べて低いが、大都市では家賃の負担は増える一方だ。連邦統計局の今年3月31日の発表によると、ドイツで手取り所得の40%以上を家賃として払っている市民の数は310万世帯にのぼる。だが金利上昇によって、多くの市民のマイホームの夢は遠のいた。
「ドイツ一人負け」の理由は、中国経済の不振
不思議なのは、ドイツ経済のパフォーマンスの悪化が際立っていることだ。ロシアのウクライナ侵攻の悪影響を受けたのはドイツだけではない。欧州の他の国々でもエネルギー価格が上昇している。EU統計局によると、ユーロ圏諸国の今年7月のインフレ率の平均値は5.3%と高い水準にあった。
だがドイツのGDP成長率の低さは、ユーロ圏で突出している。たとえばEU統計局によると、ユーロ圏の今年第1四半期のGDP成長率は前年同期に比べて1.1%、第2四半期は0.6%だったが、ドイツのGDP成長率は第1四半期にはマイナス0.3%、第2四半期にはマイナス0.1%と落ち込み方が激しい。ドイツはフランスやイタリアにも水を開けられている。
その理由の一つは、ドイツにとって最大の貿易相手国・中国の経済の失速だ。英国のガーディアン紙は2023年7月17日付電子版で、「経済学者たちは中国の2023年第2四半期のGDPが、前年同期比で7.3%増えると予想していたが、実際にはGDP成長率は6.3%に留まった」と報じている。
中国経済に関するウェブサイト「チャイナ・ブリーフィング」は中国国家統計局のデータを基に、「2023年第1四半期の中国のGDPは28兆5000億人民元で、2022年第4四半期のGDP(33兆5500億人民元)に比べて15.1%減った」と伝えている。
「チャイナ・ブリーフィング」によると、中国の2023年4月の消費財の販売額は、前年同期比で18.4%増加した。しかしその増加率は、2023年6月には3.1%と大幅に低くなった。また2023年4月のサービスの販売額は前年同期比で13.5%増えたが、その増加率は同年6月には6.8%とほぼ半分に減っている。これらの数字は、コロナ・ロックダウンの撤回後、中国経済が成長の兆しを見せたものの、今年5月以降失速し始めたことを示している。
また7月18日付のドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)は、「中国では16~24歳の若年労働者の間の失業率が今年に入って増加する傾向にあり、2023年6月には21.3%に達した」と伝えた。若年失業者の増加も、消費の鈍化につながっているのかもしれない。
中国経済の失速は、ドイツ企業のビジネスにも影響を与え始めている。欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)グループは今年7月14日、「2023年6月の中国での販売台数が前年同期に比べて14.5%減った」と発表している。同社は中国市場での電気自動車をめぐる価格競争の激化が、販売台数の減少の原因だと説明している。
VWにとって、中国は世界で最も重要な市場だ。同社が2022年に世界で販売した車のうち、約39%が中国で売られた。BMW、メルセデスベンツでも、世界で販売する車の10台の内ほぼ3台が中国で売られている。
中国税関の統計によると、2022年のドイツと中国の貿易額(輸出額と輸入額の合計)は2276億ドル(34兆1400億円・1ドル=150円換算)。中国はドイツにとって世界で最も重要な貿易相手国である。その貿易額は、他の欧州諸国を大きく上回る。たとえば欧州で中国との貿易額が第2位のオランダは1302億ドル、第3位のフランスは812億ドル、第4位のイタリアは778億ドルとドイツよりも大幅に少ない。
つまりドイツの中国への依存度は他の欧州諸国に比べて高いために、中国経済が減速すると自国経済に対する悪影響が、他の欧州諸国よりも大きくなるのだ。
国民の間で政府への信頼感の低下
もう一つ、ドイツ経済に影を落としているのが、政府内の足並みの乱れだ。オラフ・ショルツ政権は8月16日に、クリスティアン・リントナー財務大臣(自由民主党=FDP)の提案に基づき、ドイツ企業に年間約70億ユーロ(1兆1200億円・1ユーロ=160円換算)の減税をもたらす「成長機会法案」を閣議決定しようとした。
ところが緑の党のリザ・パウス家族大臣が、リントナー大臣の法案への賛成を拒否した。パウス大臣は、「私は子どもの貧困問題を解決するために、子ども援助金に関する法案を準備しているが、財源が確保されていない。子ども援助金の財源が確保されない限り、企業だけを利する成長機会法案には賛成できない」と主張した。
成長機会法案には、緑の党に属するロベルト・ハーベック経済気候保護大臣も賛成していた。つまり連立与党の間だけではなく、緑の党の中でも、政策に関する意見調整ができていないのだ。ドイツの経済界では、米国バイデン政権のインフレ抑制法(IRA)に対抗して、企業減税を目指すこの法案への期待が大きかった。それだけに、政府内の意見の対立によって法案の閣議決定がブロックされたことについて、経済界の当惑は大きくなっている。
ショルツ政権で暗礁に乗り上げた経済関連法案は、これだけではない。ハーベック経済気候保護大臣は、2024年1月1日以降、エネルギー源の少なくとも65%が再生可能エネルギーである暖房設備以外は、新設を禁止することなどを盛り込んだ、「建物エネルギー法案」を今年の夏休みまでに連邦議会で可決させようとした。これは灯油や天然ガスを使う暖房設備の新設を事実上禁止するものだ。CO2の排出量が比較的少ないヒートポンプを普及させるためだ。政府は、2044年までに化石燃料を使う暖房の使用を全面的に禁止することを目指している。
だがこの法案は、野党やメディアから「年金生活者など、低所得者層への負担を重くする」として厳しく批判された。このためハーベック大臣は、猶予期間を導入するなど、法案の内容を大幅に緩和せざるを得なくなった。建物エネルギー法案は今なお宙ぶらりんの状態にある。
市民のショルツ政権への信頼感も薄れつつある。ドイツ公務員連盟・協約連合(dbb)が8月15日に公表した世論調査結果によると、回答者の69%が、「ショルツ政権は、エネルギーの安定供給、CO2排出量の削減、社会的公正の実現やインフラ整備などの課題を処理する能力を持っていない」と答えた。「処理する能力を持っている」と答えた人の比率は、1年前の調査に比べて2ポイント下がり、27%になった。この世論調査は、dbbが世論調査機関フォルサに委託して、2023年6月に2008人の市民を対象に実施したもの。これらの数字には、連立政権の政策立案・遂行能力に対する市民の不信や不満が浮き彫りになっている。
暖冬などに助けられて、2022~2023年冬の天然ガス不足は回避できたものの、ショルツ政権はいま満身創痍とでも言うべき状態にある。ドイツがIMFの予測を覆して成長率をプラスに転じさせ、「欧州の病人」という不名誉なレッテルを返上できるまでには、まだかなりの時間がかかりそうだ。