発電機や航空機などあらゆる機器から稼働時の情報を集め、それらのビッグデータをリアルタイムで監視・分析すれば、故障の予兆を事前に察知でき、やがては定期的な点検やメンテナンス(維持・管理)業務さえも不要になる――。
あらゆるモノがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)の波及を見据え、世界を劇的に変えるであろう「第4次産業革命」が盛んに叫ばれたのは約10年前。その熱量は、ChatGPTをはじめ生成AI(人工知能)が世の中を一変させると騒いでいる昨今の現象によく似ている。当時その第4次産業革命の先端を行く企業として、上記のようなビッグデータとIoTの活用を唱えて世界の経済メディアで脚光を浴びていたのが米ゼネラル・エレクトリック(GE)だった。
イメルトが進めた「プレディクス」の大失敗
2011年、第9代最高経営責任者(CEO)のジェフリー・イメルト(67)は「GEはソフトウェア/アナリティクス企業になる必要がある」と宣言。翌2012年には今後3年間に10億ドル(現在の為替レートで約1480億円)を「インダストリアル・インターネット」(IoTを駆使して生産性を引き上げる戦略を意味するGEの造語)に投じる方針を明らかにした。
そのために、まず航空機エンジンやガスタービンなどGEが製造した機械同士を結びつけてデータのやり取りやシミュレーション、アプリケーションの構築・管理などをやり易くする産業用の基本ソフト(OS)を独自に開発。後に「プレディクス(Predix)」と名づけられたこのOSを装備すれば、スマートフォンやタブレット端末でアプリを操作するように簡単に製品機器のメンテナンスが可能になり、バグの修復や新たな機能を追加するソフトウェアのアップデートも画面上で手軽に処理できるようになる。
構想実現のため、イメルトはシリコンバレーとサンフランシスコ湾を挟んで対岸にあるカリフォルニア州サンラモンにGEソフトウェアセンター(GESC)を設立し、そのトップに世界最大のコンピューターネットワーク機器会社米シスコシステムズから引き抜いたウィリアム(ビル)・ルー(59)を据えた。GESCだけでソフトウェア技術者とデータサイエンティスト1000人超を採用し、世界各地の拠点を合わせると8000人規模にまでIT(情報技術)人材を拡充。2015年にはGESCなどを統合した新会社GEデジタル(カリフォルニア州)を立ち上げ、総額約35億ドル(約5200億円)を投じたM&A(合併・買収)で次々に傘下に収めたソフトウェア会社群の手を借り完成させた独自のOS「プレディクス」の世界販売に乗り出した。
さて、長々とイメルトの野心的なデジタル戦略を紹介したが、結果はどうだったかというと、「大失敗」だった。GEデジタル発足時、イメルトは2020年に「プレディクス」はじめソフトウェア事業の売上高を150億ドル(約2兆2000億円)に伸ばすと胸を張ったが、ソフト事業の売上高は2017年12月期に約5億ドル、2018年12月期に約10億ドルと低迷。“打ち出の小槌”となるはずの産業機械用OS「プレディクス」はGEのエンジンやタービンとの抱き合わせ販売が不評でさっぱり売れなかった。
“負の遺産”を切れなかったフラナリーの優柔不断
2017年8月にイメルトの後任として第10代CEOに就任したジョン・フラナリー(61)は、前任のトップの影響力を削ぐのに躍起だったというわけではない。むしろ、不振のGEデジタルを見切るのが遅れ、抜本的なテコ入れ策を打ち出せないフラナリーの優柔不断にGEの取締役会は苛立ちを募らせた。
実はもう1つ、イメルトには2015年に97億ユーロ(約1兆5000億円)の巨費を投じて買収した仏重電大手アルストムという“負の遺産”があった。慢性的な業績不振のアルストムを抱え込んだGEの電力事業は2018年12月期に230億ドル(約3兆4000億円)の「のれん代」の大半を減損処理する必要に迫られていた。フラナリーは結局、この一連の難局を克服するリーダーシップがないと取締役会に判断され、2018年10月1日に解任されてしまう。在任わずか14カ月。GE史上、最も任期の短いCEOとなった。
本連載前回(〈ウェルチの後継者選びで開いた「解体への扉」〉)で紹介したように、ジャック・ウェルチ(1935〜2020年)に代わるCEOを選ぶ後継者レースはウェルチの任期満了から逆算して7年前の1994年春に着手された。23人の候補者を企業内ビジネススクールのGEマネジメント開発研究所(通称「クロトンビル」)でじっくり教育し、さらに現担当部門での功績・パフォーマンスを評価に加えた。最終候補者3人のうち、最終選考に漏れた2人は会社を去るという徹底ぶり。こうした難関をくぐり抜けて選ばれたイメルトは確かに人格・見識を備えた経営者だったが、「過度な楽観主義」や「自分の任期中の“レガシー”を残したい」という名誉欲から逃れられなかったことが、GEデジタルの挫折やアルストム巨額買収の失敗から透けて見える。
再建の舵取りは「クロトンビル」と無縁のカルプに
イメルトの後任を決める選考も入念に長い時間がかけられた。イメルトが後継者育成計画をスタートさせたのはCEO就任から10年が経過した2011年。自身が体験したウェルチの後任選びが衆人環視の下で長期間晒し者になる「悪夢のような経験だった」との思いから、自分の後任選考については候補者のリストアップやそれぞれの業績への貢献、人物評価などは周囲に気づかれることなく静かに進めるようイメルトは要望した。
GE取締役会はCEO交代の時期を2017年後半と密かに定め、最終的に4人の候補に絞った。最高財務責任者(CFO)のジェフ・ボーンスタイン(57)、電力部門(GEパワー)CEOのスティーブ・ボルツ(63)、石油・ガス部門(GEオイル&ガス)CEOのロレンツォ・シモネリ(50)、そして医療部門(GEヘルスケア)CEOだったフラナリーである。
この4人の中からフラナリーが選ばれたのだが、社内では概ね「順当な人事」と受け止められた。GEの金庫番を務めてきたボーンスタインには事業部の経験がなく、再生可能エネルギーの攻勢で受け身に回っていた電力部門を率いるボルツはイメルトとしばしば対立し、シモネリは当時40代半ばという若さがネックになった。一方、フラナリーは押しも押されもせぬ本命候補。キャリアの大半をGEキャピタルで過ごしたM&Aのプロで、なによりイメルトが執念を燃やしたアルストム買収の際に仏政府やアルストム株主との交渉などを一手に引き受け、成就させたことを誰もが認識していたからだ。
ただ、この巨額買収は2014年にGEがアルストムの買い手として名乗りを上げてから欧米の独禁当局の認可を得るまで1年5カ月余りを要した。最終合意寸前の2015年初夏、GEの交渉チームは鉄道信号事業の切り離し・売却など譲歩項目の多さに音を上げ、「コストが利益を上回る」として買収断念を上層部に打診した。すると、GE本社の責任者からこんな答えが返ってきた。「これはジェフの案件だ。いまさら後には引けないんだよ」(トーマス・グリタ/テッド・マン著『GE帝国盛衰史』ダイヤモンド社)。フラナリーが率いていた交渉チームの空気が如実に感じ取れるエピソードである。
ウェルチが本格的に始めたGEの後継者人材育成プログラムは確かに期間の長さ、多岐に渡る講義など、内容の充実度は「世界一」だったかもしれない。が、そのプログラムを通じて選び出した後継者が十分な成果を会社にもたらしたかというと、これまで述べてきたように評価はネガティブにならざるを得ない。結局、ポスト・ウェルチも、ポスト・イメルトも、次期トップの人選は前任者の好みで決まった。ウェルチはネアカなイメルトを、イメルトは忠実なフラナリーを好んだのである。この点、つまりトップの人選に対する論理的な裏付けの乏しさは日本企業はじめ、多くの大組織に共通する病根といえる。
2代続けてトップの人選失敗に懲りたGE取締役会は2018年10月、フラナリー解任後に「クロトンビル」とも後継者人材育成プログラムとも無縁のローレンス・カルプ(60)を新たなCEOに選んだ。カルプは医療機器メーカーなどを傘下に持つ米投資会社ダナハー(ワシントンD.C.)の出身。年間10件を超える企業買収を次々に成功させ、2000年から14年間のダナハーCEO在任中、売上高と株式時価総額を約5倍に拡大した実績があった。ウェルチとイメルトが君臨した36年間に膨張し、フラナリーが持て余したコングロマリット経営の解体・整理を、GE取締役会は「ポートフォリオ経営の達人」と言われたカルプに託したのである。
藤森を押し上げた「同友会人脈」
イメルト、フラナリーと続いた歴代トップの蹉跌は経営者人材マーケットでGEブランドを暴落させた。日本国内のスカウト市場も例外ではない。……
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