総統は与党、立法院は野党――台湾の次期選挙は「分裂投票」になる|現地政治学者インタビュー

執筆者:広橋賢蔵 2023年10月26日
タグ: 台湾
エリア: アジア
各陣営の思惑が入り乱れ白熱する選挙戦を、台湾の有権者は独特のバランス感覚で冷静に見つめている[総統選出馬に向け署名集めの拠点を訪れた鴻海精密工業創業者の郭台銘氏(中央)=8日、台北市](C)時事
来年1月の台湾総統選では、同日投票の立法委員(国会議員)選挙にも注目する必要がある。現地の政治学者・鄭子真氏は、台湾の有権者が独特のバランス感覚で「総統選では与党に、立法委員選挙では野党に」という分裂投票を行うだろうと予想する。また、現状では与党候補が有利な総統選も、いまだ決まっていない各陣営の副総統候補の顔ぶれと、12月の公開討論会の成り行き次第で流れが変わる可能性がある。

 2024年1月13日の台湾総統選挙まで3カ月を切ったが、主要3候補ともいまだ副総統候補者を明らかにしておらず、互いを牽制しながら情勢の変化を見極める準備段階が続いている。

 10月1日〜3日に三立メディアグループが行った世論調査では、蔡英文総統の後継者である与党・民進党の頼清徳候補(現副総統)が30.9%で1位、第三極・民衆党の柯文哲候補は2位の24.2%をキープ、野党・国民党の侯友宜候補が17.8%、鴻海科技・鴻海精密工業の創業者である郭台銘が11.6%、未表明15.5%という結果になった。

 現状をどう読み解いたらいいのか。台北の私立大学・中国文化大学政治学科の鄭子真教授(49)に、今後の各陣営の動きも含めて占ってもらった。

鴻海創業者・郭台銘は11月に撤退の可能性も

 台湾の政治情勢に精通する鄭子真教授は、「中国との友好か台湾の主権独立かという、二つのイデオロギーに分かれる従来の選挙の構図が崩れ始めてきている」と語る。

「次の選挙は『分裂投票』になるのではないかと予想します。つまり、総統には現与党・民進党の候補者を選ぶけれども、同時に行われる立法委員(国会議員に当たる)選挙では非与党である国民党や民衆党に投票する。台湾人特有のバランス感覚が発動されるのです。

 昨年末の地方選挙による与党民進党の敗北、そして前台北市長の柯文哲氏が率いる民衆党の躍進を考慮しても、必ずしも票が現与党に集中するとは言えない」

 分裂投票とは、複数の公職人を選ぶ選挙の中で、有権者が違う政党や無党派の候補者に票を分散してひとつの党に集中させないことを指す。二大政党が拮抗しており、さらに総統が直接投票で選ばれる台湾では、しばしば起こり得る現象だ。以下、各党・候補者の動きについて、鄭教授に一問一答の形で聞いた。

――総統候補4人のうち、後ろ盾となる政党を持たない郭台銘氏がキャスティングボートを握る可能性は?

 先日、郭氏の連署運動の現場を取材しました(注:郭氏は無所属のため、出馬には一定数の有権者からの署名が必要となる)。約29万人の署名が必要なのですが、10月1日の時点で20万人台でしたので、伸び悩んでいるなと感じました。10月4日にようやく規定数を達成して、総統選挙への参加が正式に認められ、6日時点で30万人を超えましたが、当初は100万人を突破すると豪語していただけに、この数字には本人も満足していないのではないでしょうか。政権への道はそう甘くはありません。政治家としての実績や政党に所属したことがない企業家の郭氏に、有権者が台湾の未来を託すことはないと考えます。

――そもそも郭氏の出馬理由については様々な憶測が飛び交っています。中には、民進党を当選させたい意向を固めたアメリカから「選挙を撹乱させよ」という密命を受けて立候補したなどという説もあります。

 郭氏の目はアメリカではなく、むしろ中国に向いていると思います。現在の選挙活動は、中国側に対して自分の影響力を見せるいいパフォーマンスになります。彼にとって当選するかどうかは二の次で、中国寄りの政策を並べて、ある程度の支持層を得られた、ということを中国側に見せつければ成功です。そうすることで、中国国内にある自身の巨大な企業資産を守り抜く。そこへ全神経を傾けていると見るべきです。

 形勢次第では、11月のどこかのタイミングで総統候補を辞退する可能性もあるのではないかと思います。

絶妙なバランスを取るための分裂投票

――世論調査でトップを走り続ける与党・民進党の頼清徳陣営ですが、10月10日の国慶節(中華民国の革命記念日)における蔡総統最後のスピーチでは、中国を刺激する発言は消え、平和路線と現状維持を強める党の姿勢が表れました。

 具体的には、先月進水式が行われた国産潜水艦の完成で抑止力が高まったと冒頭で強調し、年金改革や住宅政策などが成果を上げた、グリーンエネルギーの発電量が原発を上回った、GDP(域内総生産)がこの7年で17.5兆台湾元から23兆台湾元に成長したなどとアピールしました。その一方で、中国批判は影をひそめ、北京当局との平和共存の道を強調しました。

 注目される野党同士の連携が進まない現状で、頼陣営にはやや余裕があるようにも見えます。

 頼清徳陣営がとても穏やかな動きに見えるのは、今年8月の訪米の際、独立を匂わせるような過激な主張を唱えないようにと、アメリカから釘を刺されたからではないでしょうか。以前は急進派としての動きが目立った頼氏でしたが、野党陣営が不祥事などで評判を落とす中、元々あった激しさは影をひそめて、着実に地固めをしているように見えます。

――民進党にも8年間の与党としての政治で、不祥事、汚職、女性問題などが数多く報じられ「腐敗が目に余る」という批判があります。そういった声は総統選には大きく影響しないのでしょうか?

 最近では、民進党議員のセクハラ事件が次々に告発されました。また輸入卵をずさんな管理で廃棄処分したことが発覚し、与党側は苦しい立場となりました。民生用品に関することですから、汚職などよりも民間にダイレクトに伝わります。国民党側はそこを集中的に攻撃しました。それでも、メディアを通じた情報戦は、民進党の方が上手に操作している感があります。

 20年も与党の座にあれば民進党も国民党になる、ということは有権者も分かり始めているでしょう。スキャンダルには飽き飽きとしていて、単に「既存の事実」として捉えられ、「与党としてきちんと仕事をしているのか」ということのほうが重視されます。直近では、国民党系の議員が建造中の潜水艦に関する機密を中国に漏洩したという疑惑で、国民党の支持率が落ちています。そういった敵失も手伝い、頼氏は候補者の中で優位を保っています。

――総統選で与党が優位であるにもかかわらず、立法委員選挙では野党が勝利すると予想する理由を教えてください。

 人々は効果的な経済刺激政策による、豊かで安心できる政治を望んでいます。民進党の基本的な政策スタンスは、中国の軍事的な圧力に対する防衛体制を強める一方、経済については現状維持志向です。この8年間、与党が推進する政策で経済が目に見えてよくなった実感はありません。新型コロナウイルスの流行を初期段階で抑えた功績が、もはや何のプラス要因にもなっていないということは、前衛生福利部長の陳時中氏(実直なコロナ対策で一躍名を馳せた)が台北市長選で敗北したことでも明らかです。

 蔡政権の8年に不満を持つ有権者は、期待も込めて、新進の民衆党にチャンスを与えようとする。国民党も2022年の地方選挙に勝利した余勢で得票数を伸ばす。結果、立法院の野党候補者の当選者数が増え、民進党にお灸をすえるわけです。

国民党と民衆党の連立は1カ月以内に結論か

――国民党の侯候補の支持率は下降気味ですが、対照的に第三極の民衆党・柯文哲氏が盛り返してきています。SNSを駆使した若者向けの宣伝活動が功を奏しているのに加え、柯自身の明快な弁舌が、他の候補よりも頼もしく聞こえるといわれています。

 今までの総統選は、中国との友好か、台湾の主権独立かで真っ二つに分かれていました。しかし近年では、そういったイデオロギー対立の構図が崩れ始めており、柯候補は双方のイデオロギーの崩れた部分の受け皿になっている観があります。時流に乗った民衆党は、国民党と連立を組んで民進党を打破しようというくらい大きなうねりとなりました。

 藍白(国民党=藍、民衆党=白という党カラーを表す)連立の動きが具体化しつつある今、国民党には2つの選択肢があります。民衆党が順調に支持層を増やし、まだ伸び代があると見たら連立を組む。逆に11月までに民衆党の支持率が下落するか、柯氏がどうしても副総統候補に甘んじないようなら、単独で民進党に挑むというものです。柯氏としても、この1カ月の間に決断を迫られるはずです。

 現時点での総統選の構図は、候補者が3つ巴になった2000年の選挙に似ています。当時は第三勢力だった無所属の宋楚瑜が国民党の連戦と票を取り合う形となり、民進党の陳水扁が当選しました。今回は国民党が、第三勢力に当たる民衆党と票の奪い合いになることを避けるため、連立のシナリオも視野に入れているのです。

台湾人は効果的な経済刺激策を求めていると分析する鄭教授 筆者撮影

 ただし、柯文哲が台北市長としての8年間でどんな実績を出したのか、というのは、一台北市民としての私の目から見ても疑問です。台北ドーム(台北市内に建設中の大規模施設)はいまだに完成していないし、人材登用もうまくいっていない。多くの首長を指名するものの、成果も出ないままトップが次々と替えられていく。指名された首長たちが柯氏のやり方についていけないのか、そもそもの人選が悪いのか、歯車が噛み合っていませんでした。チームが巧くまとまっているかというのは、組織を動かすのに大事な要素です。

 2022年の市長選挙では、元副市長の黄珊珊氏が民衆党の支援を受けて出馬したものの落選しました。本来なら当選する実力があった女性ですが、台北市民が柯文哲氏に辟易していたので、票が伸び悩んだとも言えます。

今後の注目は副総統候補の人選と12月の討論会

――選挙の流れを決める大きな節目はいつ頃、どんな形で訪れますか?

 国民党と民衆党で総統と副総統のペアリングがまだ決まらないのは藍白連立の可能性があるためですが、民進党も副総統候補者を公表していません。女性候補として蕭美琴氏(駐米大使に相当)の名前も挙がっていますが、民進党内の派閥問題から蕭氏を推すことを渋る向きもあり、方針が定まっていない。具体的には、蕭美琴氏は頼とは意外と仲がよくない英派(蔡英文派)と目されていて、副総統より外交国防系の長の方が適しているのでは、という声があります。

 11月24日までに立法委員選挙の候補者名簿が全て揃い、各候補の活動が活発に行われます。そして12月には総統候補同士が激突する公開討論会が2回行われることになるでしょう。そこでの各候補の主張が、どのように有権者に受け止められるかがカギになります。

 討論会はテレビ中継されて視聴率も高く、直後の世論調査で差が出ることがよくある。2012年の総統選は国民党の馬英九と民進党の蔡英文の戦いでしたが、直前までそれほど差がなかった支持率が討論会後に国民党側へ傾きました。逆に2020年の蔡英文(民進党)対韓国瑜(国民党)では、韓が討論会で語った中国政策が民心を得ず、蔡当選に流れが動いたと言われました。

 総統候補同士の2回の討論に加えて、副総統候補同士の討論も1回行われますので、そちらの人選も含めて注目する必要があります。

※※※

 今回の鄭教授へのインタビューは、10月3日に行ったものである。その後、10月22日に、郭台銘氏が経営する鴻海精密工業が中国当局から税務調査を受けるとの報道があり、同社の株価が大幅に下がる事態となっている。郭氏の出馬が民進党に有利に働いていると見た中国が、圧力をかけたのだろうか。台湾では「中国に進出している台湾企業を震え上がらせる効果がある」と報じられており、中国による選挙介入の一環とも読み取れる。いずれにしても、郭氏にとっては出馬が裏目に出たかもしれない。

 日本と違い、台湾は総統直選制のため、選挙では毎回、大規模な集会が各地で繰り広げられる。加えて立法委員113名も改選するため、お祭り騒ぎさながらにエキサイトする。年末まで日々移り変わる政情の中、誰が政権を奪取することになるか、今後も現地から見守っていきたい。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
広橋賢蔵(ひろはしけんぞう) 台湾在住ライター。台湾観光案内ブログ『歩く台北』編集者。近著に『台湾の秘湯迷走旅』(共著、双葉文庫)など。
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