今年1月、日本のシンクタンク野村総合研究所が「2030年には35%の荷物が運べなくなる」という試算を出して以降、ようやくメディアで報じられるようになった2024年問題。
結論から言うと、国に対してもメディアに対しても「遅きに失した感」、そして何より的を射ていない「ズレ感」が否めない。
2019年、ほとんどすべての業種で施行された「働き方改革関連法」。これにより年間の時間外労働は年間720時間までに制限された。
しかし、トラックドライバーをはじめとする職業ドライバーは、長時間労働の改善に時間がかかるという理由から、5年間施行が猶予された。
その猶予期間は2024年3月31日まで。翌日4月1日以降は、トラックドライバーの時間外労働は年間960時間に制限されることになる。
これにより、野村総研が試算したように、これまで運べていた荷物が運べなくなる事態が懸念されており、世間ではこの運び手不足によって起きる諸問題を「2024年問題」としているのだ。
問題は「宅配」ではなく「企業間輸送」
この2024年問題は、冒頭で述べた通り、今年に入ったころにメディアでもようやく取り上げられるようになったのだが、その内容には現場からは「ズレている」「そうじゃない」といった疑問の声が上がっていた。
同問題を報じる多くのメディアが「宅配の問題」としていたからだ。一例として、気軽に頼める無料の再配達サービスが、いかにドライバーの負担になっているかといった視点で取り上げる報道が多くみられる。
「物流」というと世間一般のイメージでは、真っ先に「宅配」を想起するのかもしれないが、実はこの宅配は輸送量の割合でいうとわずか7%以下。
しかも資金力のある大手宅配企業は、定められる時間制限や条件のもと、運べない分の荷物を下請に流すため、努力は要するものの、結果的にほぼ確実にクリアできるのだ。
一方、荷物が流れた先の下請は、社員ではなく個人事業主に運ばせることで労働時間の制限をかわしているうえ、そもそも宅配の配達時間は朝から夕方とある程度決まっているため、長時間労働においては大きく問題にならないのだ。
では、残り93%以上にあたる2024年問題の真の当事者は誰なのか。
それは「企業間輸送のトラックドライバーたち」だ。
彼らが普段担っているのは、例えば製造工場から物流センター、物流センターからスーパーなどへの輸送である。
つまり2024年問題というのは、「ECサイトで購入した商品が届かなくなる問題」なのではなく、「その購入しようとした商品が作れなくなる問題」「スーパーから欠品が続出する問題」なのだ。
企業間輸送は、宅配と違い消費者からはほとんど見えない。
そのため、彼らに起きている労働問題はブラックボックス化され、陽の目を見ることなく長い年月の中で商習慣化してしまった。そのツケが2024年問題として、一気に社会に反映されようとしているのだ。
働き方改革で加速する収入減と人手不足
現在、トラックドライバーの年間所得額は全産業平均と比較して、大型トラックドライバーで約4%低く、中小型トラックドライバーでは約12%低い。にもかかわらず、年間労働時間は大型トラックドライバーで444時間(月37時間)長く、中小型トラックドライバーでは396時間(月33時間)長い 。
現場からは「時給に換算すると500円」「生活水準を満たすために長時間労働は致し方ない」というドライバーからの声も上がる。
そんななか、業界で深刻化しているのが「人手不足」だ。
上記のような長時間労働・低賃金の労働環境にくわえ、昨今の荷物の急増により、運送業界では働き方改革が施行される前からすでに慢性的な人手不足の状態にある。
運送事業者350社にアンケートを取ったところ、およそ8割が「人手不足の状況にある」と回答している。
トラックドライバーの多くは歩合制だ。つまり、働き方改革関連法が施行され、ドライバーの労働時間が減れば、必然的に今以上に賃金が下がることとなる。
こうした状況に、現役ドライバーからは「40代だが、他業種に転職するには最後のチャンス」「きついだけで稼げないなら意味がない」と、トラックを降りるとする声も聞こえてきており、人手不足は解消するどころかむしろ加速する恐れも出ているのだ。
1990年の規制緩和が生み出した荷主至上主義
しかし、トラックドライバー職は元から収入が低い仕事だったというわけではない。
少し前まではトラックドライバーは「ブルーカラーの花形」とさえ呼ばれており、「3年走れば家が建ち、5年走れば墓が建つ」という言葉があるほど、過酷ではあるものの、走れば走った分しっかりと稼げていたのだ。
これが一気に様変わりしたのには、あるきっかけがある。
1990年に施行された国の物流二法による規制緩和だ。
事業を始める条件を免許制から許可制にするなど、新規参入を容易にし、競争を促進させることで市場を活性化させようとした。これにより、それまで4万社ほどだった運送事業者は、2007年に6万3000社を超えるまでに急増。現在も約6万2000社となっている。一方、規制緩和の直後にバブルが崩壊したことも手伝い、同業同士の「荷物の奪い合い」が起きたのだ。
しかし、労働集約型産業である運送業では仕事に付加価値が付けづらく、運賃を下げるかドライバーに荷降ろしなどの付帯作業をさせるくらいしか、他社と差別化する術がない。どんなサービスでもいったん無料で提供すると、やがてそれは「当たり前」化する。例に違わずこの「低運賃&付帯作業」は、瞬く間に「業界のルール」となり、現場のドライバーを苦しめる大きな原因になった。
こうして、ブルーカラーの花形業は、「過酷なうえに稼げない、荷主の顔色を見る仕事」に変貌をとげたのである。
この荷主とのパワーバランスは、2024年問題に向けて労働環境を改善しようとする運送業界にとって大きな障害になっている。
「お客様は神様」という意識が、サービスの提供側よりも客側に強く根付いている日本において、荷主の言うことは「絶対」だ。
2024年問題における対策を講ずるべく、荷主に賃金の引き上げを要望した運送企業の中には、「話を最後まで聞いてもらうこともできなかった」「代わりは他にいくらでもいると脅された」とするところもある。
こうした荷主至上主義になった源流には、先の規制緩和がある。そのため国は、2024年問題に対しても積極的に現場側から対策を講ずる必要があった。
スピード感なき政府が、ドライバーにスピードアップを要求
しかし、岸田文雄首相が2024年問題に関する閣僚会議を初めて開いたのは、今年の3月31日。5年間も猶予があったなか、施行まで残すところあと1年というタイミングで「政府一丸となってスピード感を持って対策を講じていく」とし、その2カ月後の6月2日に「物流革新に向けた政策パッケージ」を出した。
この対応の遅さに、現場からは、
「3月から6月までにスピード感を持ってどうする」
「この4年、運送業界は自分たちなりに対策をしてきたが、国は一向に動こうとしてくれなかった。なぜ今、なぜこんな内容なんだ」
という声が相次いだ。
現場に「こんな内容」と言わしめるパッケージの内容を見てみると、「〇〇の拡充」「△△の推進」といった抽象的な文言ばかりで、本来ならば4年前に出されるべき“ドラフト”が並んでいる。
なかでも現場を絶句させたのが、高速道路における大型トラックの制限速度の引き上げだ。
現在、大型トラックの制限速度は時速80km。国はこれを引き上げるという。
この案に現場からは、
「労働時間が短くなって荷物の到着が遅れるならば、制限速度を上げればいいという実に安直な考え」といった猛批判が上がる。
速度を引き上げれば、ドライバーにはより高い集中力が求められることになり、視野も狭くなる。この燃料高のなか、燃費まで悪くなる。急ブレーキを踏んだ時の制動距離も長くなり、割り込みなどが起きれば荷崩れを起こすリスクも高まるのだ。
この荷崩れは、多くの場合トラックドライバーの責任になる。
運送業界の商習慣には、段ボールが少しでも傷付くと、たとえ中身が無事でもドライバーが高額な弁償金を科されるケースもあるのだ。
「ただでさえ給料が安いのに、段ボールにキズが付いたくらいで弁償。しかも弁償はさせておきながらその商品は渡してくれなかったり、。なかには1つの段ボールのキズでパレットごと買い取らされることもある」
そんな現状のなか、「制限速度を上げればドライバーも早く帰れるじゃないか」と主張する有識者を目にすると、改めてトラックに乗ったことがない人たちだけでルールをつくる危うさを感じるのだ。
施行半年前に付け焼刃の「追いパッケージ」
遅きに失したうえ、働き方改革と逆行するような改悪案に、現場からは「もういいから何もしないでくれ。何もしないことが一番の策」という声も聞こえてくる。
しかしそんななか、驚くことに政府は施行まで残り半年というタイミングで、今度は「6月に政府として政策パッケージを取りまとめたが、スピード感を持って、実行していかなければならない」と、再び「物流革新緊急パッケージ」なるものを発表。
このまさかの「追いパッケージ」に、業界は一斉に絶句した。
一部を見てみよう。ツッコミどころが満載である。
① 置き配を選択した消費者へのポイント付与
先述通り、2024年問題は宅配の問題ではない。しいていうならば、再配達はペナルティ制(有料化)にしなければ意味がない。
むやみに再配達という無料サービスを要求しないという、当たり前のことを当たり前にできる消費者に対してポイントを与える「インセンティブ制」では、顧客至上主義によって疲弊した現場の環境は変わることはないのだ。
② モーダルシフトの推進
船舶や鉄道へと輸送を振り替えるモーダルシフトは、40年も前から行われているにもかかわらず定着していない。
なぜなら、船舶や鉄道は災害や悪天候に弱く、迂回や別ルートの選択が難しいうえ、ダイヤが決まっているため鮮度がかかわる荷物は向いていないのだ。
さらにラストワンマイルにはいずれにしてもトラックが必要で、コンテナターミナルでは大量のトラックが待機することになり、結果的にそこで荷待ちが発生すれば意味がない。
③ 標準的な運賃の引き上げ
「標準的な運賃」とは、業界に浸透している運賃があまりに安いことから、国が「このくらいの運賃でなければ運送業は成り立たない」と示した「指標」だ。
が、現時点で標準的な運賃の半分ももらえてない企業が大多数で、守られない指標だけを引き上げても全く意味がない。
現場からは「引き上げるのではなく、この金額を荷主に支払わせるよう義務付けないと意味がない」「最低運賃を設けるべき」という声が上がる。
こうした声に対し、自民党の物流調査会メンバーのある国会議員は「民民で行われていることに国が口を挟めない」とする。
しかし、先述した通り、そもそもこうなった源流には90年に国が行った規制緩和がある。国の政策で窮地に陥った現場を国が救わずして、誰が救うというのか。
長時間労働を改善しても労働環境はよくならない
取材を通して強く感じるのは、2024年問題の出発点は「トラックドライバーの働き方改革」であるにもかかわらず、国はトラックドライバーではなく「荷物」の心配ばかりしているということだ。
そのトラックドライバーの労働環境の改善に必要なのは、「賃金の引き上げ」と、「古い商習慣からの脱却」である。
現場を疲弊させているのは、長時間労働よりも、その労働時間の中で起きる、先の段ボールの傷問題のような理不尽な商習慣であるケースが非常に多い。長時間労働さえ是正すれば、トラックドライバーの労働環境がよくなるわけではないのだ。
そんな現場の声に耳を傾けず、労働時間の短縮によって生じる“荷物”の問題の外堀を埋めるような対策ばかり議論し、コアになる「賃上げ」「商習慣の解消」になぜ向き合わないのか。
残り半年を切った今、現場から聞こえてくるのはこんな声だ。
「何のための働き方改革なのか。荷主も現場も疲弊するような改革ならば、もういっそやめてしまえ」
物流の2024年問題は、ノストラダムスの大予言のように2024年4月1日を迎えれば終了するものではない。むしろ「物流崩壊のはじまり」であることを、世間は知っておく必要があると、取材を通して強く思うのである。