ハマス・イスラエル紛争における「戦争犯罪」とは何か:法的解釈の差異が生むパラレルワールドを読み解く(後編)

執筆者:越智萌 2023年11月9日
エリア: 中東 その他
国連の独立専門家は「戦争犯罪」という言葉を使い、ハマスとイスラエル双方を批判している[ハマスの襲撃によりイスラエルで死亡したタイ人労働者らの棺=2023年10月26日=タイ・バンコク郊外の空港](C)時事
パレスチナの国家性を認めるか、ハマスはパレスチナを代表する組織なのか、あるいはガザ地区は「被占領地」なのか。これらをどう認識するかによって、今回の紛争に適応される国際法も厳密には異なる。国際政治における各プレーヤーが「戦争犯罪」という言葉を使う時、そのプレーヤーの法的解釈も問われることになる。ただし、戦争犯罪であれ他の罪であれ、犯罪の責任はいつか必ず問われねばならない。それを裁く法廷において、並立する世界線は最終的に統一されるはずだ。

 本紛争において「武力紛争」が存在するか。これは、前編で書いた各プレーヤーの法的前提に依存する。そもそもまず、イスラエルや欧米等は、いずれも相手を正式には「国家」として認めていないため、一見すると国際的武力紛争(IAC)は成立しそうにないが、「武力紛争法の適用の目的では国家と同等のものとみなす」といった擬制を行う可能性もある。また、例えばパレスチナの国家性を認めなくとも、かつてガザがその一部であったエジプトとのIACが継続しているとみなすことはできる(ICJ壁事件では、西岸地区についてヨルダンの占領地とみなした)。

 実際には、各プレーヤーは(意図的に)国際法上の概念の使用を避けていると見られ、例えば「I(国際的)」も「NI(非国際的)」もつかない「無印の」武力紛争と述べるなどするため、客観的に各プレーヤーの主観を推定することができるにとどまり、断定することは到底不可能である。

5つの世界線からさらに分岐

 ハマスの世界線では、占領を行っている主体(イスラエル)に対して、パレスチナ国を代表して(に属して)闘っているという立場と考えられる。その組織性と烈度の観点から、イスラエルという武装集団に対する法執行ではなくNIACを戦っているものとするか(ハマスの世界線①)、この限りでイスラエルを「占領者という意味で国家と同等のもの」と扱ってIACがあるとする可能性もある(ハマスの世界線②)。

 パレスチナ自治政府の世界線では、占領を行っている主体(イスラエル)に対して、ハマスというパレスチナ国を代表しない(「属しない」とは言ってない)武装組織が闘っているという立場と考えられるが、ハマスを直接非難する声明を取り消したり、「テロ集団」と呼ぶことを避けていたりと、立場に揺れがあるため、今のところ主観的立場は曖昧である。

 イスラエルの世界線は複雑である。イスラエル最高裁は、2006年の標的殺害事件ではテロ組織との敵対行為はその軍事的能力の高さから、国際的な性質であると判断していたが、2018年のイェシュ・ディン事件ではイスラエルと「ガザ地区を統治する主体およびハマス」との間に「無印の」武力紛争が存在し、かつ「武力紛争に適用される国際法が適用される」が、市民によるデモには法執行パラダイムが適用されるとしてきた。

 イスラエルは1948年以降継続して「非常事態」下にあるが、10月7日のハマスによる侵攻に際し、追加的に複数の非常事態規制を発出している。ベンヤミン・ネタニヤフ首相が「戦争状態」を宣言し、自国の空軍や地上軍を大規模に派遣していることから、本事態を国内的な説明として法執行活動とする余地は少なく、パレスチナを国家と擬制しIACがあるとするか(イスラエルの世界線①)、ハマスを独立の武装集団とみなし得るが(イスラエルの世界線②)、その中での法執行パラダイムが完全に排除されることもない(イスラエルの世界線③)。

 欧米等の世界線では、イスラエル(国)が、(国ではない、またはエジプト等の第三国の)占領する地域における武装集団と闘っているという構図になる。イスラエルの世界線①と同様に、パレスチナを国家と擬制しIACがあるとするか(欧米等の世界線①)ハマスの組織性と紛争自体の烈度が十分に高いと判断しNIACである、またはそうなった、と理解する可能性もあるが(欧米等の世界線②)、あくまでハマスは「テロ組織」(武装組織)であり法執行の対象であるとの立場をとる可能性もある(欧米等の世界線③)。(米国国務省は2023年10月14日のメディアノートでガザの状況を単に「武力紛争」(IもNIもつかない「無印の」武力紛争)としている。

 国連等の世界線では、イスラエルとパレスチナの間で継続する占領を背景に、イスラエル国軍とパレスチナ国の民兵隊であるハマスが戦闘を行っているとみなし、IACがあるとの立場をとり得るが(国連等の世界線①)、アラブ諸国以外はハマスを武装組織としてNIACとする立場に分離する可能性もある(国連等の世界線②)。

 上記をまとめると、2023年10月7日以降の状況に対する各プレーヤーの主観的な法状態は以下の表のように整理される。

表:各プレーヤーの主観的な法状態(筆者作成)

「飢餓の利用」は「戦争犯罪」として成立するか

 IAC/NIAC/法執行の区別は、単なる学術的議論にとどまらず、法廷での適用法のほか、各プレーヤーが相手を批判するときの言葉遣いにも影響する。特に、「戦争犯罪」との言葉を使うかどうかの判断において、この区別が決定的である。というのも、戦争犯罪には、IACとNIACの両方で成立するものと、IACでしか成立しないものがあるからである。戦争犯罪の包括的な定義と見られるICC(国際刑事裁判所)規程でいえば、IACで成立する犯罪はICC規程8条2項(a)項の8犯罪と(b)項の26犯罪がある一方、NIACでは(c)項の4犯罪と(e)項の12犯罪しか成立しない。IACとNIAC両方で成立する戦争犯罪として本紛争に関連するのは、人質を取ることや、文民や病院等を標的とすることである。

 今回のハマス-イスラエル紛争との関係で問題となるもので、IACでしか成立しない戦争犯罪に、「飢餓の利用」がある。ICC規程8条2項(b)(xxv)では、「戦闘の方法として、文民からその生存に不可欠な物品をはく奪すること(ジュネーブ諸条約に規定する救済品の分配を故意に妨げることを含む。)によって生ずる飢餓の状態を故意に利用すること」を戦争犯罪としている。しかしこの戦争犯罪は、NIACでは成立しない(改正条文はあるものの受諾国は少なくパレスチナも受諾していない)。そうすると、「飢餓の利用」を戦争犯罪だと非難することができるのは、本紛争をIACと認めているプレーヤーだけということになる。さらに、そもそも法執行であってIACでもNIACでもないという場合には、「戦争犯罪」だ、との批判自体ができない。

 近年では、IACの規則が慣習法化し、NIACにも適用されるという拡大理論、ないし「ワンボックスアプローチ」も提唱されているため、将来的にはこの区別はなくすべきとの立場もあろう。ただし、「戦争犯罪」を成立させるために、IACやNIACとみなすことが常に最善というものでもない。前編でも述べたように、平時ではないことによる一般市民への制約は大きいし、また、平時では犯罪であっても、IACでは犯罪とならない類型もある(兵士の殺害が殺人罪とならないことが代表的である)。また、たとえ「戦争犯罪」に該当しないとしても、著しい道徳違反の行為は人道に対する犯罪や普通犯罪に値し得る。

今後注目すべき点:「戦争犯罪」のワードが国際政治でどのように使われるか

 本紛争をめぐる各プレーヤーの発言は、これらの前提を反映している。例えば、国連の独立専門家(人権理事会特別手続)は、IACであることを(おそらく)前提としているためか、「戦争犯罪」という言葉を使い、ハマスとイスラエルの双方を批判している。一方、欧米等はイスラエルによる包囲作戦を「集団罰」と批判したが、これは、欧米が本件をIACとはとらえていないが、占領状態は継続しているため、占領軍が負う特別な義務である文民条約(ジュネーブ第4条約)33条の「集団罰禁止」の違反を指摘するにとどめたものと説明できる。

 今後、イスラエルないし欧米等の誰かが、「戦争犯罪」の用語を使うようになれば、それは少なくともIACかNIACのどちらかの状況であることを認めたものとみなすことができるだろう。ジョー・バイデン大統領はこれまで一度も「戦争犯罪」という言葉を使っていないが、どこかのタイミングで使い始める可能性は否定できない。欧州諸国も、今は米国と足並みをそろえているが、異なる法的性格付けを前提とした議論を始める可能性もある。

 本紛争をめぐる世界線は分岐を繰り返しているが、今爆撃の音を聞いている人々にとっては、このような議論は机上の空論に過ぎないかもしれない。法的に厳密な議論は、時に道徳的に批判されるべき行為でも合法であるとのお墨付きを与えかねない危険もある。しかし、法の不足があるならば、今ある不足を誤魔化すのではなく、立法を通じて埋めていく必要性を認識することも重要である。犯罪の責任はいつか、誰かがとらなければならない。そのような時と場所が確保できたとき、すなわち法廷に責任ある者が連れ出され、裁判官の前で世界線が統一されようとするときに、こうした法的前提の議論が決定的となることがある。その時がいつか来ると信じて、分析を続けている。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
越智萌(おちめぐみ) 2011年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了(修士(国際公共政策))、2012年ライデン大学(オランダ)法学修士課程修了(LL.M.)、2015年大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))、日本学術振興会特別研究員(SPD)(京都大学)、2019年ひょうご震災記念21世紀研究機構研究戦略センター主任研究員(9月まで)、2019年京都大学白眉プロジェクト特定助教、2020年立命館大学国際関係研究科・国際関係学部准教授(現在に至る)。
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