
Global Sustainable Investment Review2020によると、世界のESG投資残高は2020年時点で約35兆3000億ドル(約5300兆円)に達した。これは主要先進国における運用資産残高の3分の1に相当する。
ESG投資とは2006年に国連が提唱した投資に関する基本原則だ。持続可能な社会を実現するために、環境的な課題(Environment)、社会的な課題(Social)、経営的な課題(Governance)を、投資行動を通じて解決していこう、という新しい投資スタイルである。
政府の力だけで社会課題を解決するのは難しい。だから投資によって課題解決を進めていこうというのが「ESG投資」だ。この考え方は世界中で共感を呼び、ブームとなった。しかし、急激に広がったため、ほころびも見え始めている。
ESGファンドの中身は「ブルーチップ」ばかりという実態
「個人向けESGファンド」は、一般の人向けの金融商品として開発された投資信託だ。これを買うことで、初心者でも手軽にESG投資を行える。投資信託では運用をプロに任せることができるため、金融知識や投資経験に自信がなくても投資が可能だ。
投資信託の運営には、何人ものスタッフが関わっているため、人件費などのコストがかかっており、信託報酬の名目で運用資産から差し引かれている。
大規模な投資信託の場合、資産規模が数兆円単位になることもある。実際にMSCIが2021年に公表したESGファンドの規模別ランキングでは、1位のParnassusのファンドが約3兆円規模、2位のiSharesESGファンドも2兆円弱と、大型のものが目立っている。
投資信託が大規模になってくると、リスクコントロール上、「大企業の株」しか組み入れられなくなってくる。もちろんそうした大企業の中には本気でESGに取り組むところも多い。ただ、個人投資家がESG投資においてイメージしているのは、大企業ではなく、むしろ「中小型の成長企業が、力強く社会課題を解決していく」姿であったりもする。
しかし、ハーバード大学ビジネス・スクールのマルコム・ベーカー教授らによる最新の研究によると、ESGファンドは平均して資産の68%を従来型ファンドと「全く同じ」銘柄に投資している。
証券業界では誰でも知っている優良大企業を「ブルーチップ」と呼ぶ。現在販売されているESGファンドはわずかな例外を除き、そうした「ブルーチップ」に投資するファンドと内容が変わらない。私はこれをESGファンドにおける「ブルーチップの罠」と呼んでいる。
後を絶たない「グリーン・ウォッシュ」問題
しかもESG投資が盛り上がると「少々プロセスを端折ってもバレない」と考える輩も出てくる。投資信託の情報開示は限定的なので、一般の投資家は投資対象の選択過程を詳しく知ることはできない。結果、ESGファンドは玉石混淆の状態に陥ってしまった。
この状況の改善に動き出したのがEU(欧州連合)だ。EUは世界で最もESG動向に敏感な地域として知られており、ESG投資の規制を進めている。
ちなみに日本でも金融庁は2023年3月末、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」を改正し、ESG投資の新しい規制を導入した。新ルールではESGのフリをしたファンドを「グリーン・ウォッシュ・ファンド」(緑で洗浄しているファンド)として取り締まる。
これは一歩前進だが、あくまで「ESG評価のプロセスがしっかり行われているかどうか」を見るものに過ぎない。最終的なポートフォリオの内容が「ブルーチップ」ばかりになっていても、この基準では「問題なし」と判定されてしまう。
ESGファンドの中身が、あまりESGではないという「グリーン・ウォッシュ」問題は、企業活動にもみられるようになっている。
わかりやすい例としてホールディングカンパニーの利用があげられる。ホールディングカンパニーは、傘下のグループ企業の持ち株会社として上場している。実態はペーパーカンパニーのようなもので、ほとんどCO2は排出していない。そのため、傘下の企業や下請け企業が大量にCO2を排出していても、ホールディングカンパニーの数値を使い、「当社はCO2をほとんど排出していない」と公言できたのである。
さすがにこのような誤魔化しはこの数年で規制されたが、こうした「グリーン・ウォッシュ」が後を絶たない。
「お上が決めた目標」より「じぶん目標」で投資
上記のような問題もあって、私は「ESG投資は投資信託でやってはいけない」と感じている。……

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