オペレーションF[フォース] (40)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第40回

執筆者:真山仁 2023年11月25日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)EPA=時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】潜水艦事故の2日前、ある計画を胸に渡中を決意する都倉は、繁森外務大臣の制止も突破した。日台関係の専門家である野添は、外務省を辞めて同行すると都倉に告げる。

 

Episode5 四面楚歌

 

4

 事故当日――。

 中国への入国も、その後ホテルへの移動も、まったく滞りなく進み、都倉は「偲ぶ会」会場の北京飯店に入った。

 同行者全員が、ピリピリしているのをずっと感じていたが、会場に入ってからは、懐かしい旧友との再会で気持がほぐれた。

 広い会場が埋め尽くされるほどの出席者が、三々五々にかつての仲間との再会を楽しんでいた。

 都倉も、今や政府幹部や政治局員になった同窓生と旧交を温めつつ、目当ての人物の到着を待った。

 会が始まってから1時間が経過しようとした頃だ。今回の秘密会談を仲介した日中友愛協会事務局長の王晴美が、近づいてきた。

「5分後に、携帯電話が鳴ります。日本から総務会長に急用という態です。そこから先は、先方が案内するそうです」

 都倉は黙って手にしていた白ワインをあおった。今日はいくら飲んでも、酔わない。

 欠席した同級生の話で盛り上がった時に、電話が鳴った。ディスプレイを見て、「ちょっとゴメン。日本からの電話」と言って、その場を離れた。

 “廊下でお待ちしています”

 それに、適当に応じながら、都倉は宴会場を出た。

 廊下に出るなり小柄な背広姿の男が近づいてきた。

 その間も、都倉は電話に向かって、適当なことを話し続けた。

 その態のまま、男について行くと、彼は別の宴会場のドアを開けた。

 部屋に入ると、懐かしい友が迎えてくれた。

 華希宝首相だ。

「響子、ようやく会えた。また、美しくなったんじゃないか」

「希宝、相変わらずお世辞が下手ね。それより、まさかあの弱虫・希宝が中国のナンバー2とは、びっくりした」

 室内には、華しかいない。二人は、懐かしく抱擁し、背中を叩き合った。

「まずは、白酒[バイジウ]で乾杯だ」

 大学時代に飲み明かしたボトルを、華は掲げて見せた。

 再会に乾杯すると、都倉は一気に酒を飲み干した。アルコール度数の高い酒が喉を焼く。

「残り時間は13分だ。それだけあれば、話はできるだろう」

「簡単よ。我々は、絶対にアメリカに加担しない。だから、日中はけっして戦火を交えない。それを、あなたと私で約束しましょう」

 一方は首相だし、都倉は与党とは言え、単なる総務会長に過ぎない。

 だが、華はそんな立場の差を気にする男ではないはずだ。

「好的[ハオダ]。交渉成立! それから、僕の親書を貴国の総理に渡してもらえないか」

「喜んで。内容は?」

 華は2通の封筒を背広の内ポケットから取り出した。一方には封蝋がなされ、中国首相の刻印が押されている。

「封をしていないのは、コピーだ。読んでくれ」

 中国語と日本語で併記されている。

「中華人民共和国と日本国は、国交回復後50年間、変わらぬ友好を築いてきた。未来永劫、平和の維持を誓う」

 都倉が、中国語を読み上げた。

 日本語でも、まったく同意のことが書かれていた。

 そして、既に華の署名と印も押されていた。

「ありがとう。必ず、返事を持って来るわ。でも、私としては、もう一歩踏み込みたい」

 華は白酒をグラスに注いで聞いている。

「中国は、台湾に軍事侵攻しない。それを、日本もサポートする」

「それは、無理だね。これは、そんな単純な話ではない」

「ウクライナの惨状を見なさいよ。中国も、世界の嫌われ者になるつもり?」

 相手が首相であるのも構わず、都倉の口調は互いに激論を交わした学生時代のそれに戻っている。

「我々はロシアの愚行を繰り返さないよ。でも、台湾問題については、何の約束もしない。そもそもあそこは、中国なんだから」

「学生時代は、台湾なんてなくてもいい、って言ってたくせに」

「君だって、日米安保などという隷属条約は、即刻破棄すると息巻いていたよ」

「嫌なことを覚えてるのね」

「お互い国を背負うようになった。だから、できることとできないことがある。それより、我が国から、新たな提案がある――中日安全保障条約を締結しないか」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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