中国で小児を中心に呼吸器疾患が増加している。国内メディアは11月23日、世界保健機関(WHO)が中国当局に詳細な情報の提供を求めたことを報じた。28日、『東洋経済オンライン』は、「中国で急増の『呼吸器疾患』に広がる大きな懸念 情報提供を要請するも、中国には隠蔽の前歴」という『ニューヨーク・タイムズ』の記事を紹介した。この中で、「中国当局は今回、未知の病原体についての懸念を公に認めておらず、WHOの声明にも公には応じていない」と、中国政府の姿勢を批判し、未知の病原体の蔓延の可能性について言及している。
この件については、私もマスコミから数件の取材を受けたが、未知の病原体にメディア側の関心があるのは明らかだった。読者・視聴者の関心をひくと考えているのだろう。
だが、この論調はピントがずれている。もっとしっかり議論し、準備しなければ、今冬、日本では多くの命が失われかねない。コロナパンデミックの収束にあたり、我々は何に留意すべきか、本稿で論じたい。
RSV感染症は乳幼児と高齢者にリスク
意外かもしれないが、現在、中国で起こっていることは、昨冬の米国でも報告されている。米国各地で、新型コロナ、インフルエンザ、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)感染症が流行し、病院は重症化した小児や高齢者で占拠されたのだ。このことは「トリプルデミック」と呼ばれ、米国メディアで大きく報じられた。
コロナとインフルを知らない人はいないだろう。RSVについては若干の説明を加えたい。
RSVは、コロナやインフルと同じく、上気道に感染する風邪ウイルスで、例年初冬に流行する。重症度は低く、健康な若年世代なら、感染しても軽い風邪ですむ。問題は乳幼児と高齢者だ。肺炎を起こし亡くなることもある。
乳幼児での感染については、すでに多くの臨床研究が発表されて、その実態が明らかになっている。国立感染症研究所によれば、RSVは乳幼児における肺炎の約50%、細気管支炎の50〜90%を占める。69%の乳児が生後最初の1年間でRSVに罹患し、そのうちの3分の1が肺炎など下気道疾患を起こす。致死率は1〜3%との報告もある。乳幼児にとって、最も怖い感染症の一つと言っていい。
RSVは何度か感染を繰り返すことで免疫を獲得し、免疫不全などの基礎疾患がなければ、現役世代で重症化することはない。だが、高齢者についてはこうした知見をあてはめられない。乳幼児と違い、この世代での感染の実態はあまりわかっていないからだ。
高齢化が進む先進国で、昨冬の米国同様、少なからぬ高齢者がRSVで命を落としているのは確実なようだ。日本については、最近、グラクソ・スミスクラインの研究チームが感染状況を推計した。この推計によれば、毎年約6万2600人の高齢者が入院し、約4500人が亡くなっているという。
コロナ規制の解除が感染症の大流行を生む
昨冬の米国のトリプルデミックを考えるにあたって注目すべきは、コロナ流行が始まるとインフルもRSVも流行様式が一変したことだ。RSVの場合、2020年には全く流行せず、2021年には夏場に再流行した。そして、昨冬の大流行となった。
実は、この状況は日本も同じだ。2020年は流行せず、2021年は6~7月、2022年は7~8月、今年は5~6月に流行している。今冬、どうなるかはわからない。
なぜこうなったのかについては、まだ結論が出ていないが、コロナパンデミック下での感染対策の強化や市民生活の抑制が、流行に歯止めをかけたことが考えられる。ただこの間、集団免疫は低下するため、社会活動を再開した段階で、様々な感染症が大流行するのではなかろうか。
現在、中国ではインフルエンザやマイコプラズマなど、複数の感染症が大流行していると報告されている。いずれも冬季に流行する呼吸器感染症だ。こうした流行の状況は、昨冬の米国に相通じるものがある。世界で最も早くコロナ規制を緩和した米国は、様々な感染症が再流行するのが早く、中国がその後を追っているのも頷ける。
このあたり、英『ネイチャー』誌は冷静だ。11月27日に配信したニュースで、以下のように報じている。
「中国の子供たちの間で肺炎などの呼吸器疾患が急増しているのは、冬によく見られる感染症の結果であり、新たな病原体によるものではない。世界保健機関は、同国で急性呼吸器感染症が典型的な『冬の急増』に見舞われていると報告している。疫学者らは、コロナパンデミックが始まって以来、中国では規制が解除されて初めての冬であることを考慮すると、この急増は予想されると述べている」
高齢化国・日本に必要な対策
昨冬の米国、今冬の中国のような事態が世界各地で起こっても不思議ではない。世界各地で対策が進んでいる。
例えば米国は5月、グラクソ・スミスクラインやファイザーが開発した高齢者向けRSVワクチンを承認した。第三相臨床試験では、両者とも肺炎など重症合併症の発症を8割以上予防したという。米国政府は今冬、コロナ、インフルに加え、RSVワクチンの接種を呼び掛けている。
日本はどうだろうか。危機意識が低いと言わざるを得ない。9月、我が国もRSVワクチンを承認したが、今冬に集団接種を始める予定はない。
日本は世界で最も高齢化が進んでいる国だ。高齢化率約30%の国がパンデミックを経験したのは人類史上初だ。
コロナ禍の日本では、これまで世界が経験しなかった様々なことが起こった。その代表が、コロナによる死亡は少なかった一方、その約5倍の高齢者が老衰や誤嚥性肺炎などで死亡したことだ。この結果、日本は、コロナ禍で最も人口減少が進んだ先進国となった。この分析は、高齢化が進んだ国では感染対策だけでなく、高齢者の持病対策や健康増進対策が必要であることを意味する。
日本の超過死亡については、昨年3月、米ワシントン大学の研究チームが、国際比較の一環として英『ランセット』誌に発表した。発表同日に『ネイチャー』誌もニュースとして報じたが、国内のマスコミはどこも報じなかったし、厚労省や周囲の専門家も、この事実に触れなかった。なぜ、最も重要な科学的事実を彼らが無視しているのだろうか。
コロナパンデミックは収束を迎えつつある。どうやら、この間に様々な感染症に対する免疫が失われて、世界が正常化するために、様々な感染症が大流行しそうだ。世界史上、最も高齢化が進んだ日本は、どうすればこの問題を克服できるのだろうか。現在、中国で起こっていることは決して人ごとではない。我々は世界から学ばねばならない。