新たな交通が街を変える 宇都宮ライトレール開業のインパクト

執筆者:宇都宮浄人 2023年12月25日
カテゴリ: 社会
エリア: アジア
栃木県宇都宮市に今夏開業したLRT「ライトライン」がもたらした効果とは(写真以下すべて筆者提供)
今年8月、栃木県宇都宮市に誕生したLRT(次世代型路面電車)「ライトライン」。国内の路面電車としては75年ぶりの開業で全国各地からの視察が殺到している。慢性的な交通渋滞の解消、高齢者や学生の移動手段確保、周辺地価の上昇、企業誘致とメリットも多く、これからのまちづくりにおける大きなヒントとなっている。 

 2023年8月、栃木県宇都宮市でLRT(Light Rail Transit、次世代型路面電車)が開業した。「ライトライン」という愛称がついたLRTは、JR宇都宮駅から中心市街地とは反対の東側、芳賀町までの約15キロを結ぶ。隈研吾氏がデザインした東口交流拠点の広場横をゆったりと通り、これまで全くにぎわいのなかった駅東口、そしてその沿線の光景を大きく変えた。鉄軌道のなかった場所に一からLRTを新設する、日本初の試みである。以下、その経緯と概要、そしてその効果や今後の課題を追ってみよう。

ライトラインの経緯~紆余曲折の30年

 宇都宮市は人口51万人、栃木県の県庁所在地である。街の発展とともに環状道路を整備したが、都市が無秩序にスプロール化し、一方で中心市街地は衰退した。宇都宮市のシンボルである二荒山神社の前の中心部には、かつては上野百貨店、福田屋といった地元資本の百貨店に東武、西武と百貨店が並んだが、今では東武百貨店以外は撤退し、アーケード街のオリオン通りもにぎわいを失った。

 都市全体が車社会となる中で、新たに公共交通を導入するという議論が始まったきっかけは、市東部および隣接する芳賀町の工業団地に向かう道路渋滞である。途中に鬼怒川を渡る橋あり、交通量が特定の道路に集中したことがきっかけであるが、根本的な問題は2万人を超える人が自家用車で通勤することだ。渋滞を避けるために、朝6時に家を出るという人も多く、また、何とか勤務先にたどりついても、駐車場から実際の職場までの移動にも時間がかかった。自家用車以外の人は会社による送迎バスを使ったが、出勤時と退勤時でそれぞれ片方向の輸送となる送迎バスを各会社が負担して走らせてきた。

 そうした中で、宇都宮市は1990年代から、渋滞対策として新たな交通システムの検討を開始した。当初は、モノレールや「ゆりかもめ」のような新交通システムも考えられたが、90年代後半になると欧米で脚光を浴びていたLRTの導入という話になり、工業団地のある東部から、街の中心である駅の西側までを結ぶ計画が具体化した。LRTは、渋滞解消に加え、中心市街地を活性化するまちづくりのツールとして位置付けられた。

 もっとも、開業までの道のりは紆余曲折があった。道路上を走ることでかえって渋滞を悪化させるという声がある中、LRTと競合することを嫌う既存のバス事業者、LRTを計画する与党に対抗する政治家、そして公的資金を使うことについてLRT沿線外の市民が、それぞれLRTの建設に反対したのである。当時、テレビインタビューを受けた「LRTに反対する会」の市民の一人は「一軒の家族に3台も4台もクルマがある生活を何十年もしてきているわけなんです」と語った。行政主導の「無駄な公共事業」に、市民が反対する構図は、メディアの格好の話題となり、本来のまちづくりという視点のないまま、LRTに賛成か反対かが議論の焦点となって計画は進まなかった。

 ただし、バス事業者が、LRTは競合するのではなく、バスと補完しあうことで公共交通全体が便利になるという観点からLRTに理解を示すようになると、流れは変わった。2013年、宇都宮市が「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」を決定すると、一般市民も含め、LRTを軸とする新たな交通まちづくりへの期待が高まった。そして、2015年、宇都宮市と芳賀町が51%を出資する宇都宮ライトレール株式会社が設立され、8年かけて開業にこぎつけた。

そもそも「LRT」とは

 そもそもLRTとは何であろうか。厳密な定義があるわけではないが、国土交通省では、「低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する軌道系交通システムのこと」と定義している1。路面電車の進化した形とも言えるが、いくつかの重要な点がある。

 まず、乗降の容易性ということでは、地下鉄やモノレールと違い路上から乗り降りできるメリットに加え、車両技術の進歩がもたらした完全バリアフリーという点がある。今回開業したライトラインも、電車は乗降口にステップがない低床車で、お年寄りに優しい。開業間もない時期に乗ったところ、ベビーカーを押している家族や、車椅子の人もいたが、乗り降りはスムーズであった。

 また、道路上を走るとはいえ、軌道に自動車が入らないようにしたり、場所によっては、通常の鉄道同様の専用軌道区間を設けたりすることで、定時性、速達性が確保される。ライトラインの場合もその点はしっかり守られており、交通量の激しい交差点では、高架線となっているところがある。その結果、バスではなかなか時間が読めないのに対し、LRTであれば安心して乗ることができる。

 そして、快適性も、利用者を引き付ける点では重要である。かつての路面電車は、騒音が大きく揺れもひどかった。これに対し、LRTは、樹脂を用いた軌道を活用するなどして、きわめて静かな走行となっており、揺れも少ない。バスと違い、車両も大きいことから、ゆったりとした空間で移動できる。ライトラインもそうだが、窓も大きく、乗っていても街と一体感を感じることができる。もちろん、車両そのものもスタイリッシュで、街に溶け込んでいる。

 このような特徴を持つLRTは、自家用車の普及に伴う渋滞、中心市街地の衰退、環境の悪化、高齢化の進展による引きこもりなどの解決策として、欧米を中心に1980年代から普及した。1978年以降でみると、新設のLRT(既存の路面電車の改良を除く)だけで、世界中に200都市を数える。

図1 世界の新設LRTの推移

注:ゴムタイヤ・トラムを含み、モノレール、新交通システムは含まず。データは2023年8月時点まで

資料:地域公共交通総合研究所服部重敬研究員のデータに基づき作成

開業前から市民を巻き込む

 2000年以降、欧米のみならず、アジアでも増え続けるLRTであるが、日本では普及しなかった。それだけに、全線新設のライトラインに対する期待は大きい。LRTの特徴は先に述べたが、宇都宮市のライトラインは、それ以外にも欧米のLRTで見かけるしくみが備わっている。

フランス・ストラスブールの街なかを走るLRT

 第1に、ICカードがあれば、いずれの扉からも乗降できるセルフ乗降である。日本では路面電車やバスは乗り降りの際に乗務員の前で運賃を支払うが、欧米では、乗務員のチェックがないセルフサービスが一般的である。信用乗車とも呼ばれるもので、これを採用すると、利用者は入口や出口を気にすることがない。乗降時間が短縮されるだけでなく、どこでも乗れるという気楽さがある。日本では不正乗車を恐れてほとんど導入されていないが、欧米では、時折検札を行い、不正乗車には高額の罰金を科すことで対応している。

 第2は、乗り換え結節点の整備である。LRTは、街の軸としての役割は果たすが、街全体を面的にカバーできるわけではない。自家用車を使う人が安心してLRTに乗り換えることのできるパークアンドライド用の駐車場、バスや地域内のデマンド交通(予約型の運行形態の輸送サービス)で来る人のための接続が重要になる。ライトラインでは、駐車場約150台、駐輪場約500台が整備され、乗り換え停留場には待合室やトイレも設置された。バスやデマンド交通などに乗り継ぐ場合、LRTとは別に料金がかかるが、バスは100円、デマンド等の地域内交通は200円割引が適用され、さらに日中であれば、バスの上限運賃制度により、市内のどこから乗っても500円を超えない。

 第3は、再生エネルギーの活用である。ライトラインの車両は1編成で定員160人と、電気による大量輸送という点で環境にやさしいが、その電気を100%再生可能エネルギーでまかなっていることも特筆すべき点である。具体的には、宇都宮市が51%を出資する宇都宮ライトパワー社による太陽光やバイオマス発電で、必要な電力を調達している。2050年のカーボンニュートラルに向けた取り組みとして、きわめてわかりやすい。

 第4に、市民参加である。政争の具となって迷走した経緯があるだけに、2010年代、行政は、市民との対話を重視し、市民参加を心掛けてきた。オープンハウスでの広報のほか、市長が各地で千回を超えるとも言われる説明会をこなしてきたということもあるが、興味深いのは、市民の投票で車両デザインや車両名、停留場名を決めてきたことである。「ライトライン」は、雷の多い宇都宮市を「雷都」として掛けたうえ、「(未来への)光の道筋」との意味もこめられているという。筆者は、ライトラインの車内で、電停の案内放送を聞く親子が「投票した名前になったね」と嬉しそうに話している姿をみた。

宇都宮市で開かれたLRTのイベントは、たくさんの家族連れなどで賑わいを見せた

ライトラインがもたらす街と人の変化

 ライトラインは、順調にスタートしている。開業直後のフィーバーを過ぎた3カ月目(10月26日~11月25日)の数字によると、平日はほぼ需要見込み通りの1日約1.3万人、土日祝日は見込みの2倍以上の1.1万~1.2万人が利用した。開業直後は現金利用者が多く、運賃支払いで遅延も見られたが、一時的な混乱も落ち着き、日中の買い物等の利用も定着してきた。通勤定期利用者も着実に増えている。

 もっとも、沿線は、開業前から大きな変化を見せていた。まず、LRTの建設がほぼ確定した2010年代半ばから、沿線の人気が高まった。「LRT停留場徒歩1分!」というマンションが即座に完売し、LRT沿いに事務所を移す事業者も現れた。沿線で開発されたゆいの杜の住宅地には、宇都宮市にとって26年ぶりの小学校新設ということまで起きた。ゆいの杜に住む子育て中の女性の声として、「子どもたちが大きくなったときの進学先も、JRの駅前だったり、都心方面だったり、さまざまな学校に行けるようになると思います」2と報道されたが、まさにLRTという存在が人を呼び込んでいると言える。

 2020年には、宇都宮市の地価のトップが中心市街地の宇都宮駅西口ではなく、LRTの開業する駅東口になるという現象も起こり話題となった。ちなみに、街中の地価が上昇すれば、固定資産税など市の税収増にもなる。宇都宮駅の東口は、かつては寂しい駅裏であったが、最初に述べたように、LRTの開業に先立ち、ホテルをはじめとする再開発が行われた。開業後は、実際に多くの人が行き交うようになり、地元の人からも驚きの声が聞かれている。

LRT停留場至近を売り文句にする新築マンションの広告(宇都宮市内にて)

 このほか、開業後、親の送迎からLRTの通学に切り替えた高校生のこともニュースになっている3。沿線の宇都宮清陵高校は全生徒のうち、4分の1がLRTで通学し、星の杜中高は、ほぼ3分の1の生徒がLRTを利用しているという。星の杜中高は電停から3キロ離れており、電停と学校の間にバスを走らせているが、そうしたバスを組み合わせることもできるところが交通手段として信頼できるLRTならではであろう。小学生の社会科見学、幼稚園、保育園の園外活動の利用も多いらしい。

 パークアンドライド駐車場もかなり整備された。自家用車での移動に慣れた地方都市の人が、乗り換えの手間をかけて利用するのか心配する向きもあったが、実際に開業すると、むしろ「駐車できない」という苦情も来るほど使われており、早速宇都宮市が、駐車場増設の検討を開始している。開業3カ月の時点で、LRT沿線の道路交通量の減少も報告されており4、今後、パークアンドライドがさらに進めば、道路への負荷はさらに減少するであろう。

日本の地方都市のモデルとして

 日本の地方都市の多くは、2000年代初頭から、コンパクトシティ、あるいはコンパクト・プラス・ネットワークという形の新たなまちづくりを唱え、自家用車の普及に伴うスプロール化を抑えようと試みてきた。政府は、そうしたコンパクトなまちづくりを推奨し、LRTやBRT(バス高速輸送システム)への補助制度を設け、立地適正化計画を推奨した。

 しかし、LRTやBRTが普及しないまま、地方圏では、県庁所在地クラスであっても、「クルマがなければ暮らせない」という状況が続いている。それどころか、高齢化が進む中、自家用車を運転できない買い物弱者が増え、一方で、高齢者の自動車事故が目立つようになった。高齢者だけではない。運転免許を持たないティーンエージャーは、通学の選択肢が限られ、親の送迎に頼ることで、自由にやりたい部活動もできなくなっている。宮城県石巻市での高校生のアンケート結果は高校生の切実な声だ。

資料:吉澤悠人・新宮透・柴山多佳児(2023)「公共交通の利便性と家族らの子どもの送迎~石巻市のアンケートにみる高校生の生活の質や発達への影響~」『運輸と経済』2023年3月号

 むろん、公共交通だけで街がコンパクトになり、すぐににぎわいが戻るわけではない。けれども、宇都宮のLRTでは、目に見える軌道とインパクトのある車両が、人の動き、そして街のつくりに変化をもたらすことを示している。684億円という投資額に批判はあるが、借入等の返済は相応の期間をかけて行うもので、宇都宮市の返済額は、最大でも年13億円、道路投資などに比べて高額なものではなく、宇都宮市の予算規模であれば問題はない。重要なことは、事業単体の収支が合わなくとも、街全体でみた利益を考えることである。

 富山市は、年間約1億円の事業費をかけて、LRTやバスが格安で乗れる「おでかけ定期券」を販売したが、外出する市民が増えて健康になり、試算では事業費の約8倍、7.9億円の医療費抑制効果があったという5。宇都宮市の場合、子育て家族が移住して人口が増え、地価が上昇して市の税収も増えている。そして、何よりも「LRTある宇都宮うらやましい」6と言われる市民が、自らの豊かさやシビックプライドを感じているのではないか。

 日本の公共交通は、どうしても交通事業の収支の「赤字・黒字」をもって、その是非を判断する傾向にある。しかし、LRTのような地域内交通は、まちづくりの一つの装置である。百貨店にあるエレベータは無料だが、エレベータを作り維持する費用をもって赤字とは言わない。エレベータは百貨店の装置として百貨店の利益に貢献するからである。公共交通の場合も、街における水平のエレベータとして、長期的に見た街全体の収支を考える必要がある。

 ライトラインも、宇都宮市の装置としては、未だ課題は多い。まずもって、JR宇都宮駅の西側への延伸である。中心市街地のある駅西を通ることで、初めて街の軸として機能する。スピードも大正時代の軌道法に規制の下で縛られた最高速度時速40キロでは、その潜在力が発揮できない。法改正も含め、時代に即した制度の見直しが必要であろう。LRTとバスなど、二次交通との乗り換え拠点が整備されたが、電車とバスをしっかり接続させるといった、ダイヤ設定や情報提供にさらなる工夫が求められる。

 とはいえ、LRT開業に伴う街の変化には目を見張るものがある。宇都宮市には、全国各地からの視察が殺到しているという7。欧米諸国の事例を持ち出すまでもなく、高齢社会、地球環境を考えたとき、一定の人口集積がある地域であれば、LRTはこれからのまちづくりの一つの選択肢であることは間違いない。そのことに疑問を持つ読者は、一度宇都宮を訪れ、「LRTだ!」と叫ぶ子どもたちの目の輝きと家族の笑顔を見てほしい。

宇都宮「ライトライン」は地元市民に愛される足となるだろう

1  道路:LRTの導入支援 - 国土交通省 (mlit.go.jp) https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html#2

2 宇都宮市がLRTでまちづくり?75年ぶりの路面電車 開業のわけは | NHK | WEB特集 | 鉄道
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230911/k10014191581000.html

3 LRT開業で通学も新たな風景 制服や私服の中高生、続々と乗降 フォーカスLRT元年 ③通学の足|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp) https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/805303?source=yahoonews

4 LRT開業で道路の交通量が減少 栃木 宇都宮|NHK NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/lnews/utsunomiya/20231117/1090016345.html

5 松中亮治編著(2021)『公共交通が人とまちを元気にする』学芸出版社

6 「LRTある宇都宮うらやましい」 開通に沿線も祝福の波発進LRT 宇都宮―芳賀 8月26日開業|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp) https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/781740?source=yahoonews

7 LRT開業2カ月 視察、本年度既に100件超 開業後急増、海外からも関心|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp) https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/809111?top

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執筆者プロフィール
宇都宮浄人(うつのみやきよひと) 1960年、兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業、京都大学博士(経済学)。1984年に日本銀行に入行し、日本銀行調査統計局物価統計課長、同金融研究所歴史研究課長等を歴任。2011年に関西大学経済学部教授に就任。2017年度ウィーン工科大学客員教授兼任。著書に『路面電車ルネッサンス』(新潮新書、第29回交通図書賞受賞)、『鉄道復権 自動車社会からの「大逆流」』(新潮選書、第38回交通図書賞受賞)、『地域再生の戦略 「交通まちづくり」というアプローチ 』(ちくま新書、第41回交通図書賞受賞)、『地域公共交通の統合的政策』(東洋経済新報社、日本交通学会賞、第42回国際交通安全学会賞受賞)など。
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