ショルツ政権「予算措置」違憲判決で、三党連立政権分裂・選挙前倒しの可能性

執筆者:熊谷徹 2023年12月22日
タグ: ドイツ EU
エリア: ヨーロッパ
ショルツ政権の予算流用に対する違憲判決は、ドイツの歴史でも異例のことだ(Alexandros Michailidis / Shutterstock)
ドイツの政局が混乱している。11月15日に連邦憲法裁判所が下した、ショルツ政権の予算流用に対する違憲判決がきっかけだ。未曽有の予算危機に直面した連立与党間の溝は深く、総選挙の前倒しを求める声も出ている。

 ドイツでは12月中旬になると街角にクリスマス・マーケットが開かれ、歳末ムードが深まる。だが2023年の師走は、多くの政治家、中央省庁の官僚たちによって「最悪のクリスマス」として記憶されるだろう。

 その引き金は、11月15日に連邦憲法裁判所が下した判決である。この日第2法廷のドリス・ケーニヒ裁判長は、「ショルツ政権が22年初頭に、コロナ・パンデミック向け特別予算の内、余っていた600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)を、コロナと無関係の経済の脱炭素化やデジタル化のための『気候保護・エネルギー転換基金(KTF)』に流用したことは違憲」と断定した。この予算措置を含む21会計年度の第二次補正予算は無効とされた。

 ドイツ版GX(グリーントランスフォーメーション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)のための予算の内、600億ユーロの国債発行権が突然使えなくなった。連邦憲法裁の判決に対しては控訴や上告ができない。ショルツ政権は、KTFから補助金を投じて、化学メーカーや製鉄所の熱源の化石燃料から水素への切り替え、再生エネルギー発電設備の建設の加速、老朽化した鉄道インフラの整備、EV(電気自動車)充電設備の増設、外国の半導体工場の誘致などを予定していた。多くのプロジェクトが宙に浮き、産業界で不安が強まっている。

 判決の背景にあるのは、憲法(基本法)の債務ブレーキという規定だ。16年以来連邦政府は、この規定により国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字(新規債務)を禁じられている。だが連邦政府は、20年のコロナ・パンデミックと22年のロシアのウクライナ侵攻という想定外の危機に対処するために、多額の財政出動を迫られた。このため連邦議会は政府の求めに応じて、20~22年の3年間を緊急事態に指定して、連邦政府が追加的な国債を発行できるようにした。

 21年12月に就任したオラフ・ショルツ首相は、コロナ・パンデミックのための特別予算「経済安定化基金(WSF)」の内、国債発行権600億ユーロが使われずに残っていたことに着目した。彼はこの600億ユーロを、新政権が予定していたグリーン化・デジタル化プロジェクトなどに流用させた。

 連邦憲法裁は、「ショルツ政権は、なぜコロナ・パンデミックのための国債発行権を、脱炭素化など他の目的に流用できるのかについて、十分に国民に説明しないまま、予算の付け替えを行った」と批判し、600億ユーロを他の財源によってまかなうよう命じた。

財務大臣にとって最大の打撃

 この判決によって最も深い傷を負ったのは、自由民主党(FDP)の党首、クリスティアン・リントナー財務大臣である。予算の一部が裁判所によって無効と判定されたのは、ドイツの歴史でも例がない。リントナー大臣は判決が言い渡された日、KTFだけではなく正規の連邦予算からの支払いをも停止させた。また11月24日、連邦財務省でコロナ対策用の国債発行権をKTFに流用する政策の責任者だったヴェルナー・ガッツァー財務次官を、12月31日付で休職処分(事実上の解雇)にした。

 23会計年度中に、予算の穴埋めのために増税したり歳出をカットしたりすることは不可能だった。そこでリントナー大臣は、11月23日に23会計年度について補正予算を組み、20~22年と同じく緊急事態と見なして、事後的に債務ブレーキを解除することを提案した。

 リントナー大臣にとって、この決定は「敗北」を意味した。彼が率いるFDPの支持基盤は企業経営者であり、同党は政府が過度な借金を行わないように債務ブレーキを堅持することを党是にしているからだ。大臣自身もこれまで繰り返し、「債務ブレーキをゆるがせにしてはならない」と発言してきた。彼は、コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争が起きた20~22年は、例外中の例外だと考えた。

 リントナー大臣の苦悩は、11月23日に行った数分間の短い記者会見に表われていた。彼はこの際に「23会計年度について補正予算を組む」と言ったものの、「23年についても債務ブレーキを解除する」とは言わなかった。債務ブレーキという言葉は、財務省が数時間後に発表した広報文の中で初めて使った。彼は、20~22年に続いて23年も債務ブレーキの解除に追い込まれたことを屈辱と感じ、記者会見の中でこの言葉を使うのを避けたのだろう。違憲判決が出て予算の穴埋めができなくなった末に、苦し紛れに23会計年度を再び緊急事態と見なすという決定については、会計検査院が「法律的に問題がある」と批判している。

EV購入補助金も前倒しで廃止へ

 24会計年度の予算については、違憲判決の結果170億ユーロ(2兆7200億円)が不足した。社会民主党(SPD)と緑の党からは、「エネルギー転換を予定通り進めるために、24年についても債務ブレーキを解除するべきだ」という意見が出た。緑の党のロベルト・ハーベック経済気候保護大臣は、「2019年までの10年間のように、ドイツが安い天然ガスや原油を輸入でき、景気が好調だった時代には、債務ブレーキは有効に機能した。しかし45年までにカーボンニュートラルを達成するという大事業のために、政府による大規模な投資が必要な時には、債務ブレーキは足かせになる。したがって、債務ブレーキを廃止するか、未来のための重要な政府の財政出動については、債務ブレーキの解除が許されるべきだ」と主張した。

 これに対し、リントナー財務大臣は債務ブレーキの解除や廃止に頑として反対。彼は逆に、長期失業者への生活保護(市民援助金)を来年1月1日から12%引き上げるという計画の中止など、社会保障支出のカットを要求した。これには緑の党とSPDが反対した。FDPは企業経営者たちの意向を汲んで増税に反対しており、富裕層などへの特別課税も難しい。

 ショルツ首相、リントナー財務大臣、ハーベック経済気候保護大臣は連日の協議の結果、12月13日の記者会見で「24年には債務ブレーキを解除せず、歳出削減によって対応する。使える金が少なくなったのだから、歳出を一部減らすのは止むを得ない」と発表した。首相は、24年については原則として債務ブレーキを適用すると発表し、リントナー財務大臣の面目がつぶれるのを避けた(ただし21年の洪水被災者の援助基金については債務ブレーキを除外する他、将来ロシア・ウクライナ戦争がエスカレートした場合には、債務ブレーキの解除があり得る)。

 政府は、現在2118億ユーロ(33兆8880億円)であるKTFの予算規模を27年までに約450億ユーロ(7兆2000億円)減らす。産業界や家庭の暖房設備の脱炭素化には予定通り助成金を交付するが、24年末に予定されていたEVの購入補助金廃止を今年12月17日に前倒しした他、太陽光発電関連の助成金を減らす。

 さらに政府は自動車と暖房の燃料にかかっている炭素税率の引き上げを前倒しにしたり、国内で運航される旅客機向けのチケット税を導入したりするほか、プラスチック賦課金や農業従事者のディーゼル車両用軽油補助金など、二酸化炭素削減の原則に反する補助金を廃止する方針だ。

 総体的に見ると気候保護プロジェクトにとって最も重要な財源であるKTFに大ナタが振るわれて、ここを所管するハーベック大臣が「負けた」形だ。再エネ業界、電力業界や自動車業界、農民たちから強い不満の声が出ている。また連邦議会は12月15日に閉会してクリスマス休暇に入ったので、24会計年度の予算を今年中に連邦議会で可決させることは不可能になった。

連立与党への支持率が軒並み下落

 違憲判決による混乱は、政権党に対する国民の不信感を増幅した。ドイツの世論調査機関INSAが11月25日に発表した世論調査の結果によると、SPDへの支持率は、21年9月26日の連邦議会選挙での得票率に比べて9.7ポイント下がった。緑の党への支持率は2.8ポイント、FDPへの支持率は5.5ポイントそれぞれ減った。3党の支持率を合わせても34%にしかならず、過半数に達しない。

 逆に野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)への支持率は過去約2年間に5.9ポイント、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)への支持率は11.7ポイントも増えた。

 最も苦しい状況にあるのは、リントナー財務大臣だ。ドイツでは小政党の乱立を防ぐために、得票率が5%に達しない政党は、連邦議会で会派として議席を持つことができない。FDPへの支持率は低空飛行を続けており、今後の予算危機の展開によっては、次の総選挙の得票率が5%台を割る危険もある。

 しかもFDPの一部の党員は、「我々は緑の党とSPDに対して、環境問題などをめぐって譲歩し過ぎているために、支持率が低下している」として、連立政権から離脱することを求めている。彼らは500人の党員の署名を集め、FDP執行部に対して、連立政権から離脱するべきかどうかについて、党員に対する意見調査を実施することを要求した。党の規約によると、執行部は500人分の署名が集まった場合、党員に対する意見調査を行わなくてはならない。この意見調査の結果には、拘束力はない。つまり仮にこの意見調査で半数を超える回答者が連立政権から離脱するべきだと答えても、党執行部が離脱を強制されるわけではない。ただし、そのような結果が出た場合、リントナー財務大臣への圧力がさらに高まることは確実だ。

 

次期総選挙ではCDU・CSUが政権に?

 一方、連邦憲法裁の判決は、野党CDU・CSUにとって追い風となった。同党の連邦議会議員団は、22年1月にショルツ政権が提出したWSFのKTFへの流用を含む補正予算案について、「憲法違反だ」と反対したが、議席の過半数を占めていた連立与党の議員たちに押し切られた。このためCDU・CSU議員団は、連邦憲法裁に違憲訴訟を提起し、勝訴した。同党は、ショルツ政権に痛烈な打撃を与えたのである。

 CDUのフリードリヒ・メルツ党首は、違憲判決後最初の連邦議会の本会議で、与党席のショルツ首相に面と向かって「あなたは首相を務める器ではない。首相の職務は、あなたには荷が重すぎる」と述べ、予算危機を引き起こした責任を追及した。

 姉妹政党CSUのマルクス・ゼーダー党首は、「連立与党は、国民の信頼を失った。25年に予定されている連邦議会選挙を前倒しして、来年実施するべきだ」と主張している。CDU・CSUはショルツ政権が実施しつつあるエネルギー転換についても、「市民に頭ごなしに命令するのではなく、市民の理解を得ながら行うべきだ。違憲判決は、緑の党のエネルギー政策の破綻を意味する」と発言した。CDU・CSUは、ショルツ政権が今年4月15日に最後の3基の原子炉を停止したことも、「誤りだった」と批判しており、小型原子炉などを使った原子力エネルギーへの回帰を目指している。

 またCDU・CSUは難民政策もこれまで以上に厳しくする予定だ。同党は、EU(欧州連合)への亡命を希望する外国人について、まずEU域外の第三国の審査センターで亡命資格があるかどうかをチェックし、資格がない外国人はEUに入域させずに出身国へ追い返すことを提案している。たとえばアフリカや中東から地中海を船で渡ってイタリアに到着し、ドイツに来て亡命を希望する外国人も、まずEU域外の第三国の審査センターに移送・収容される。審査センターの候補地としては、アフリカのガーナなどが挙がっている。その理由は、ドイツに亡命する資格がないのに、病気や家族の事情などを理由に国外退去を免れ、この国に居残っている外国人の数が約21万人にのぼるからだ。

 ドイツでは今年に入ってから、暖房の脱炭素化に関する法律など、緑の党の環境保護最優先路線に対する市民の批判が強まっていた。難民に寛容な緑の党の姿勢も、CDU・CSUとは際立った対照を見せていた。

 その流れが連立与党への支持率を引き下げ、CDU・CSUとAfDへの支持率を押し上げていた。今回の違憲判決は、連立与党の次の総選挙での敗北、CDU・CSUの勝利の可能性を大幅に強めたと言うことができる。リベラル勢力にとっては冬の時代が訪れた。

 ただしCDU・CSUの支持率は30%台であり、単独過半数には程遠い。つまり他の政党との連立が必要になる。CDU・CSUは、「政策の違いが大きすぎるので、緑の党とは連立しない」と宣言している。CDU・CSUがAfDと連立すれば過半数には達するが、政治的にはリスクが高い。メルツ党首は原則としてAfDとの連立・協力を禁じている。AfDには、ネオナチまがいの発言を憚らない政治家が少なくない。AfDのテューリンゲン州支部・ザクセン州支部・ザクセン=アンハルト州支部は憲法擁護庁から「極右団体」と指定されている。このような党と連立した場合、CDU・CSUにイスラエルやユダヤ人団体から厳しい批判が集中する可能性が高い。AfDはユーロ圏からの脱退を要求しているが、ユーロ圏脱退は為替リスクの復活によって、ドイツ経済に何兆円相当もの損害をもたらすと予想されているため、CDU・CSUには受け入れがたい。したがって、CDU・CSUがAfDと連立する可能性は低い。

 最後に残る可能性は、CDU・CSUとSPD、FDPによる連立政権だ。CDU・CSUとFDPの間では、政策の相違点も比較的少ない。この二党だけでは過半数に達しないが、SPDを加えれば50%を超える。最も現実性が高いのはこの組み合わせだろう。

 来年は台湾の総統選挙、米国の大統領選挙、欧州議会選挙と重要な選挙が目白押しだが、今後の予算危機の展開によっては、ドイツで連邦議会選挙が行われる可能性もある。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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