「ハマスを望まない」市民の本音と“戦後”ガザ統治のキーパーソンたち

執筆者:曽我太一 2024年1月29日
エリア: 中東
ガザ統治のキーパーソンの一人として名前が挙がるサラム・ファイアード氏(右)は、パレスチナ自治政府首相を務めていた2013年に来日、当時の岸田文雄外務大臣と会談した[パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)のレセプションにて=2013年2月13日、東京](C)AFP=時事
パレスチナ自治政府の統治能力に疑問符が付く中、外交筋の間ではかつての同政府幹部で現在は国外を拠点とする2人の人物の名前が取り沙汰されている。行政面とは別に、荒廃したガザの治安を誰が回復・維持するのかという難問もある。イスラエルによるガザ軍事占領を当然視する見方は同国内に強くあるが、そのコストはイスラエル軍にとって決して小さな負担ではない。

 2023年10月7日のハマスの奇襲攻撃は、ガザ市民の人生を大きく変えた。ガザ地区では2万5900人以上が犠牲となり、住宅の6割以上が破壊され、230万人の市民のうち170 万人が住む場所を追われ域内避難民(IDP:Internally Displaced Persons)となるという異常な事態となっている。

 歴史的な経緯や、イスラエルによるガザの封鎖は別にすれば、現在進行中の軍事衝突自体は、10月7日のハマスによる複合的な奇襲攻撃によって始まった。ガザの市民は、今回の事態を引き起こしたハマスについてどう思っているのか。ある市民が匿名でその胸の内を明かした。

「まず初めに責められるべきは、イスラエルだ。オスロ合意を履行せず、2005年にはガザから撤退したものの、ガザを外側から封鎖し、イスラエルの許可がなければ私たちはどこにも移動ができないような状況になった。『天井のない監獄』に閉じ込められ、若者も大人も仕事がないような状況で、何が生まれるだろうか。10月7日の出来事はこんな状況に暮らす人たちからすれば、当然の反応だ。ただ、その次に非難されるべきはハマスだ。ハマスは、イスラエルとともに、17年間に亘って普通に暮らしたいと思う私たちを破壊し続けてきた。何かよくわからないもののために戦争が起き続けるのはもうたくさんだ」

 イスラエルの戦争犯罪を糾弾する活動をする別の市民も、「ハマスは勇敢な奴らだとは思っていたが、このようなことをするとは思わなかった。私も多くの財産を失った。悪魔としか思えない」と話した。

「戦後のガザ」ハマスの統治を望む回答は西岸75%、ガザ38%

 ガザ市民のハマスへの怒りは、世論調査にもはっきりと現れている。パレスチナで長年、世論調査を実施してきた「パレスチナ政策・調査研究センター(PCPSR)」は11月22日から12月2日にかけて、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の2地域で調査を実施した(西岸地区:750人、ガザ地区:481人、対面調査)。ハマスによるイスラエル攻撃の決定について「正しい」と回答した人は、パレスチナ全体では72%だった。内訳を見ると、西岸地区では82%と高評価だった一方、ガザ地区では57%にとどまり、「正しくない」と回答した人が37%に上った。

 さらに、あからさまな違いが現れたのは、「戦後のガザ」の統治だ。「もしあなたに任されるなら、誰にガザを統治してもらいたいか」という質問で、全体では60%が「ハマス」と回答した。ハマスによる統治を望んでいるように見えるが、そうではない。内訳を見ると、西岸地区でハマス統治を望むと回答した人は75%だった一方、ガザ地区では38%にとどまり、6割以上がハマス以外の統治を望んだ。なかにはイスラエルによる統治を望む人すらいた。

 対面調査だったことによるハマスへの忖度の可能性も考慮すれば、ガザ地区ではハマスへの不満が相当に根強いことを示している。

 なお、西岸地区でなぜこれほどハマスが人気なのかというと、西岸を統治するパレスチナ自治政府、そしてマフムード・アッバス議長への失望が大きいからだ。ハマス統治下に暮らしたことがない西岸のパレスチナ人からすれば、イスラエルに対して強い態度をとるハマスは、「青く見える隣の芝」のような存在なのだ。

不人気な自治政府と2人のキーパーソン

 ガザの住民がハマス統治を望まないとして、誰がガザ地区を管理するのか。それが今回のイスラエルの軍事作戦の最大の問題であり、エンドゲームにも関わってくる。外交関係者の間でも、このエンドゲームが全く見えないが故に、ガザの再建・復興についての話を進められないと悩む声も少なくない。

 戦後のガザ統治には2つの側面がある。行政的な管理と治安面での管理だ。

 まず行政面では、イスラエルが200万人を超えるガザ住民に行政サービスを提供するということは考えられないので、何らかの行政体や統治者が必要となる。そこで、名前が挙がっている幾つかの選択肢を検討してみる。

①パレスチナ自治政府

 最良ではないかもしれないが、最も妥当な選択肢として、アメリカなどが検討しているのが、パレスチナ自治政府だ。国際的にも、「パレスチナを代表する唯一の正統な政府」と認識されていて、国際社会として最も受け入れやすい。

 ただ、自治政府の「正統性」には、パレスチナ内からも疑問の声が投げかけられている。パレスチナでは2021年、2006年以来となる評議会選挙(国会にあたる)と大統領選挙を実施する予定だった。しかし、アッバス議長は、直前になって選挙を事実上中止した。筆者は当時、 選挙に向けてパレスチナで取材をしていた。市民の間では、長期化するイスラエルの占領や経済の低迷で閉塞感が広がり、 「選挙はどうせ中止されるだろう」という諦めのムードがあったものの、「選挙をすれば何か変わるかもしれない」と、市民が一縷の望みを抱いていたように感じた。パレスチナで選挙に向けた有権者登録が始まると、登録者数はこれまでの選挙で最も多くなり、市民の期待感を示していた。結果的に選挙を事実上中止したアッバス議長側は、占領下にある東エルサレムでの選挙が認められなかったからだと主張したが、ハマスに敗北するのを避けるためだったとみられている。こんな自治政府が、アメリカとイスラエルの「お膳立て」によってガザ地区に復帰して、実際に統治できるのか、疑問の声は少なくない。

 そして、ベンジャミン・ネタニヤフ首相も、パレスチナ自治政府による戦後統治を認めないと断言している。首相は、ハマスによるテロを非難しない自治政府に任せるつもりはないと強調。自身の政治的生き残りをかけた、右派支持者に訴えるパフォーマンスの側面もあるが、イスラエルがこうした態度をとっている以上、現在のパレスチナ自治政府が、そのままガザ統治に就くことは現時点では難しいと考えられる。

 そこで考えられるのが、何らかの「改革」を行った自治政府が統治を担うというケースだ。ジョー・バイデン米大統領は 11月に米ワシントンポストへの寄稿で、「ガザとヨルダン川西岸地区は単一の統治機構のもとに再統合されるべきであり、最終的には活性化された(revitalized)パレスチナ自治政府のもとで統治されるべきだ」と表現した。現在の自治政府のままでは統治が難しいことを示唆している。

 ガザ地区には実際、2007年にハマスが同地区を実効支配するまで行政を担っていたファタハ系の「職員」が存在する。職員と言っても、実際の仕事はなく、パレスチナ自治政府から一定の給与だけが支払われている状態であり、こうした職員を再起用することは物理的には不可能ではない。

②サラム・ファイヤード氏

 自治政府が現行の体制のままガザを統治することが難しいのであれば、上述のように自治政府そのものの刷新か、少なくともガザの行政に責任を負う知事のような存在が必要となる。そのなかで、名前が挙がっている1人が、自治政府の元首相サラム・ファイヤード氏だ。

 ファイヤード氏は、国際通貨基金(IMF)での勤務や、自治政府の財務相を経た後、2007年から2013年まで首相を務めた。アメリカ政府との関係も良好で、首相時代に汚職撲滅など自治政府の再建に取り組んだ姿勢は「ファイヤード主義」などとも呼ばれた。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
曽我太一(そがたいち) エルサレム在住。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。北海道勤務後、国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入り。その後退職しフリーランスに。
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