
2023年10月以来続いていたイスラエルとハマスによる軍事衝突が、2025年1月19日から2度目の停戦に入った。中東にとって、2025年のスタートとしては少しは明るい兆しのようにも思えるかもしれないが、イスラエルでは停戦の行方をめぐり政局を迎えており、ガザの安定を揺るがす事態となっている。
停戦合意は3つのフェーズに分かれている。6週間の第1フェーズでは、イスラエルが軍事作戦を停止し、イスラエルの刑務所に拘束されているパレスチナ人を釈放する代わりに、ハマスはガザ地区で捉えられているイスラエル人などの人質の一部を解放することで合意した。そして、この第1フェーズの間に第2フェーズについて協議を進める。第2フェーズでは、恒久的な停戦に合意する代わりに、ハマス側は全ての生存する人質を解放し、イスラエル側はガザ地区から撤退する。第3フェーズではガザ地区の復興が大きなアジェンダとなっている。
第1フェーズでは、多少の非難合戦はあるものの、2月17日の時点までは合意通りに人質の解放が行われ、停戦の秩序が維持されている。イスラエル側では人質が帰還したことで社会には安堵感が広がる。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、戦闘の継続を望む極右政権への配慮もあってか、戦争の目的を達成するために戦闘再開の可能性を訴えるが、イスラエル世論は異なる。イスラエル民主主義研究所の最近の世論調査(2025年1月)では、「戦争終結と引き換えに、全ての人質を解放する包括的な合意に賛同すべきだ」との回答が57.5%と半数を上回った。
ただ、右派を中心に戦闘の継続を望む声も根強く、「将来的な合意をより有利にするためハマスへの軍事圧力を継続すべき」が23.2%、「一時的な停戦の代わりに一部の人質を解放する合意に同意すべき」が12.1%となる。
ベングビール離脱の保険として機能したサール入閣
ネタニヤフ首相が戦闘再開を訴える背景には、政権維持問題がある。2022年末に発足したネタニヤフ政権は、首相が率いる右派「リクード」を中心に、宗教政党「シャス」と「合同ユダヤ」、宗教極右政党の「ユダヤの力」と「宗教シオニズム」、そして「ノアム」で連立政権を構成していた。
このうち、第1フェーズの停戦合意を受け、派手なパフォーマンスで知られる極右政治家イタマール・ベングビール国家治安相が政権を離脱した。ネタニヤフ政権はこの直前まで、議会定数120議席のうち68議席を確保していたが、ベングビール氏が率いる極右政党ユダヤの力(6議席)が離脱したため、ネタニヤフ政権の与党は62議席(全120議席)となった。
ただ、ネタニヤフ首相はこの事態を見越していたのか、先手を打っていたとも言える。軍事衝突が始まった当時、連立与党が維持する議席数は64議席だった。この状態で、ユダヤの力が政権を離脱すれば、政権は崩壊していた可能性が高い。しかし、2024年9月、ネタニヤフ首相は、ギドン・サール氏が率いる右派「新たな希望」を連立政権に招き入れ、計68議席に増やしていた。
当時は、ヨアブ・ガラント国防相とネタニヤフ首相の間で方針の違いが鮮明になっていた。停戦に先立つ昨年11月には、戦闘継続に懐疑的な見方を示し、人質解放の優先や出口戦略を示すよう首相に迫ってきたガラント国防相を解任。後任に、職業軍人としての経験をほとんど持たないイスラエル・カッツ外相を当てがい、外相の後任にはサール氏を任命したのだ。
サール氏はかつてリクードに所属していたが、2020年、打倒ネタニヤフを掲げて離党。まさにネタニヤフ氏の政敵だった。翌年に行われた総選挙では、反ネタニヤフでまとまった8党連立政権に参画し、ベネット政権の一翼を担った。選挙が繰り返された近年のイスラエル政治の混乱の中で、右派における反ネタニヤフの旗振り役の1人だったわけだが、ネタニヤフ首相は戦争のさなか、その政敵を連立政権に招き入れることに成功し、外相に据えていたことで政権を維持できたとも言える。改めてネタニヤフ首相の政治的な嗅覚の鋭さが示されたとともに、サール氏が威勢よくリクードを離脱していった当時を知る筆者として、驚きは隠せない。
なお、内閣改造後の昨年12月に行われた世論調査によると、今選挙が行われれば、サール氏の新たな希望は議席獲得ラインには到達しない見込みだ。ネタニヤフ首相としては右派のライバルを潰すことにも成功したと言える。
第2フェーズを前に混迷を極める政局
ただ、一難去ってまた一難。ネタニヤフ首相はこれで難局を乗り切ったわけではない。「恒久的な停戦」を含む第2フェーズに向け、政局はさらに混迷を極める可能性がある。幾つかのシナリオを考えてみる。
シナリオ① 停戦が破綻しイスラエルが戦闘再開 → ネタニヤフ政権は安定
第2フェーズへの移行交渉が破綻し、停戦が終了した場合、イスラエルはガザ地区での戦闘を再開する可能性が高い。この場合、政権を離脱したベングビール氏が政権に復帰すれば、政権は改めて安定するだろう。
その代わり、人質の解放が中断されることになる。停戦で解放された人質が、残る人質の解放と停戦を求めるデモに参加するケースもあり、市民の抗議が拡大すれば、政権にとっても大きな圧力となる。しかし、この1年余りの期間に政権を揺るがすほどの抗議につながったことはなく、デモによる政権崩壊には筆者は懐疑的である。
シナリオ② 停戦が第2フェーズに移行 → ネタニヤフ政権崩壊の可能性
第2フェーズへの移行交渉が成立した場合、ハマスに囚われた全ての人質が解放され、イスラエル軍はガザ地区から撤退し、ガザ地区の再建に向けた協議も具体化していくだろう。これが国際社会の求めるシナリオであろうが、イスラエルでは政局の混迷につながる。
ネタニヤフ政権のもう一人の極右閣僚ベツァレル・スモトリッチ財相はすでに、第2フェーズに移行した場合は政権を離脱することを表明している。

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