2024年はラニーニャ現象による物価上昇に警戒が必要

執筆者:新村直弘 2024年3月21日
エリア: 中南米 その他
過去の小麦価格の推移を振り返ると、いずれもラニーニャ現象の発生時だった(FXQuadro/shutterstock)
今年の夏以降、太平洋の南米沿岸の海面水温が低下する「ラニーニャ現象」が発生する可能性が高いという。過去のラニーニャ現象発生時のデータを分析すると、小麦をはじめ多くの主要商品価格が上昇していた。今回の影響はさらに広がると考えられ、産油国の政情不安やエネルギー価格の急騰というリスクにも備える必要がある。

 昨年から続いていたエルニーニョ現象が2024年は終了し、今年の夏からはラニーニャ現象発生の可能性が高まっている。エルニーニョ現象とは太平洋の南米沿岸の海面水温が平年よりも高くなる現象のことを指し、逆に海面水温が低下する現象のことをラニーニャ現象と呼ぶ。これは周期的に発生し、世界中の異常気象発生の原因になると言われている。

 エルニーニョ現象が発生した場合、主に赤道近辺から南半球に掛けて高温・少雨となりやすいのに対し、ラニーニャ現象が発生した場合、総じて北半球は猛暑厳冬・多雨となりやすく、南半球は総じて気温が低下しやすくなるという傾向がある。大気の状態や季節によって発生する異常気象は一定しておらず、必ずこの傾向通りの異常気象が発生するわけではないが、過去の例を見ると天候状態が不順になったことは多い。

「海洋ニーニョ指数」と商品価格の相関関係

 一般に、エルニーニョ現象発生時のリスクについて指摘されることは多いが、ラニーニャ現象が発生した場合のリスクについてはその機会が余りない。弊社は主に調達・販売している商品の「価格変動リスクのマネジメント」業務に携わっているため、米海洋大気庁が提供しているエルニーニョ現象・ラニーニャ現象の発生の判断材料となる海面水温のデータである「海洋ニーニョ指数(Oceanic Niño Index)」の2000年以降のデータと主要商品価格の相関関係を調べてみた。

 相関係数は比較対象同士がどれだけ同じ動きをするかを判定するための指標であり、▲1~1の値を取る。対象となる数値が増えるともう1つの対象の数値も増える場合が正の相関と呼ぶ。例えば一様な重さの木材の長さと重さの関係などがこれに当たる。逆に対象となる数値が上昇するときにもう1つの数値が低下する場合は負の相関と呼び、冬の気温と灯油の販売量などが良い例だろう。

 これと同様の分析を、海面水温と複数の上場商品(原油や穀物、金属などのコモディティ)価格を対象に行った結果、主要な商品のほとんどがラニーニャ現象の発生時に価格が上昇する傾向が強いことが分った。逆に、エルニーニョ現象が発生している時に上昇する傾向が強かったのは、ココアやオレンジジュース、生牛などだ。相関係数が▲1~1の範囲を取ることを考えると各々の相関係数は非常に強い相関性とは言えないが、海面水温と正の相関であれば価格が上昇しやすく、負の相関であれば逆に海面水温が上昇すれば下落することになる。実際、昨年1年間の価格の推移を見てみるとオレンジジュースやココアは大きく上昇しているが、その他の商品は総じて水準を切り下げた商品が多かった。今年はまだ発生していないが、ラニーニャ現象の発生が見込まれていることから、多くの商品価格の上昇リスクを警戒する必要がある。

出所:CME、ICE、NYMEX、COMEX、LIFFE、LME、CBOT

ラニーニャ現象と小麦価格

 異常気象が発生したからといって必ずしも農産品が不作になるわけではないし、2000年以前は異常気象とそれに伴う価格の間にそこまで明確な関係は無かった。恐らく、2001年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟によって中国が世界の商流に組み込まれたことが、このような結果の背景にあると考えられる。それにより、商品需要の増加やそれに伴う価格上昇が見込まれたため、ヘッジファンドなどの新たに商品市場に注目する市場参加者が増加、「過去の気象状況の変化」に着目した取引を行うようになり価格に影響を与えるようになった。

 しかし、投機的な取引以外にも、過去のラニーニャ現象発生時の、重要な穀物である小麦市場動向を検証してみると、実際にラニーニャ現象による異常気象が小麦の生産にも大きな影響を及ぼしていることが分かる。過去の小麦価格の推移を振り返ると2007年~2008年、2010年~2013年、2020年~2023年に価格が大きく上昇しているが、いずれもラニーニャ現象の発生時であり、エルニーニョ現象発生時はむしろ価格が下落している。2006年後半から始まった小麦価格高騰は、豪州が2年連続の干魃となったこと、欧州全域での気温上昇による不作、東欧諸国での気温上昇といった異常気象が各地で頻発したことが背景にある。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
新村直弘(にいむらなおひろ) マーケット・リスク・アドバイザリー共同代表。1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行、バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て、2010年に企業向け価格リスクコンサルを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、共同代表に就任。原材料市場動向分析、市場価格リスク対策(デリバティブ)を担当。 日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員。著書に「調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門」(ダイヤモンド社)、「コモディティ・デリバティブのすべて」(きんざい)、「天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践」(東京電機大学出版)。
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