Z世代のアメリカ大統領選:なぜ「リベラルな若者」はバイデンを「捨てる」のか

執筆者:論壇チャンネルことのは 2024年5月5日
エリア: 北米 その他
※両氏の対談をもとに編集・再構成を加えてあります。
米大統領選の行方を大きく左右するZ世代が、バイデン政権への批判を強めている。「リベラルで進歩的」という表面的な説明では、アメリカ若年層の絶望の深さを捉えることはできないのではないか。関西大学客員教授の会田弘継氏と同志社大学大学院准教授の三牧聖子氏が、いまアメリカで起きている変化を語る。(構成・名古屋剛)

 

会田弘継(以下、会田) 本日は『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)を書かれた同志社大学の三牧聖子さんと、アメリカ大統領選挙について話したいと思います。

三牧聖子(以下、三牧) イアン・ブレマー氏が率いるアメリカの調査会社ユーラシア・グループが、2024年の「世界10大リスク」の1位に「アメリカの政治的分断」をあげて話題になりました。2020年の大統領選の時点ですでに、支持しない候補者が勝った場合、暴力的な行動も正当化されると回答した人が、民主党支持者・共和党支持者ともに3割に達していました。それくらいアメリカの分断は深刻化している。

 今アメリカはウクライナ戦争中東危機、そして米中対立と「3正面」への対処を強いられていますが、こんな状況でトランプ大統領が誕生したら世界はどうなってしまうのか、非常に危険視されています。すでに「もしトラ」のリスクがささやかれています。とはいえ、バイデンが勝てば世界は安泰、というわけでもない。アメリカのZ世代はバイデンに失望を強めています。昨秋には、支持率でトランプが上回ったことすらありました。2020年大統領選では彼らは圧倒的にバイデンを支持しましたので、劇的な変化です。

 Z世代とはだいたい1990年代の半ばから2010年くらいの間に生まれた世代を指します。この世代は生まれて以来ずっと右肩下がりのアメリカを見てきた。リーマンショックが起き、高額の学生ローンを抱え、大学を出てもいい仕事がない。そのため、彼らは既存の体制に批判的で、ラディカルな変革を求める傾向が強い。

 Z世代の一つ上が「ミレニアム世代」ですが、こちらも「オキュパイ・ウォールストリート運動」を引き起こすなど、資本主義に懐疑の目を向け、その修正、さらには転覆を主張するようになってきた世代です。「今のアメリカは根本的におかしい」「ラディカルな変革が必要だ」、このように考える若者たちが数の上ではすでに有権者人口の半分に達しつつあり、「ベビーブーマー世代」などを含む旧世代をこれから抜いていくことになります。

 2024年大統領選はトランプ、バイデンの対決になることが決定しました。ともに高齢で旧世代的な価値観の持ち主であることから、若い世代の反応は冷ややかです。ある世論調査では、新しい第三の候補者が必要だと回答した人が有権者の6割に上りました。

若者の多くが海外軍事基地の縮小を支持

三牧 Z世代は、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動への積極的な参画などに見られるように、差別には反対で、多様性を重んじる。トランプとは価値観が相入れないところが多い。ですが、目下予備選挙でトランプはこの世代の支持率においても善戦し、バイデンの支持率はかつてないほど低迷している。

 Z世代は、バイデンとの価値観の不一致も感じ始めています。たとえば、バイデンは民主主義と権威主義を二項対立的にとらえた上で、民主主義を守ると掲げてきた。ただ、理念として正しくとも、現実としては、これだけ権威主義国家が数を増やしている今日の世界において、そのやり方だけでやっていけるのか、多くの国民は不安を感じ始めています。事実、バイデン政権の時代に、ウクライナにロシアが侵攻し、中国との緊張関係が続き、既に「二正面」、さらには昨年に中東でハマスとイスラエル間の戦闘がはじまり、「三正面」の対応を迫られつつある。いずれもバイデンが起こした戦争ではなくとも、国民はバイデンを「戦争を招き入れる大統領」とみなしつつある。こうした観点から、トランプ時代はある意味で国際的な均衡状態、「平和」の時代として回顧されるようになっている。世論調査では、トランプの方がバイデンより「平和」を実現すると考える人が多いという結果もあります。権威主義の国々が台頭する中で、そうした国々のリーダーとの「ディール」も必要悪として許容しなければならないのではないか、と人々が考え始めているのです。

 またバイデン外交の世界観も、決して整合的ではありません。最後に挙げたイスラエル・ハマス戦争について、イスラエルは確かに「民主主義」の国ではありますが、パレスチナ人の扱いについては非民主主義・非リベラルの極みであり、「アパルトヘイト(人種隔離)国家」とすら呼ばれてきました。今回の戦闘でも万単位のパレスチナ市民を巻き込んだ軍事作戦を行なっている。こうしたイスラエルをアメリカが軍事的に支援し続けていることは、「善」なる民主主義国と「悪」たる権威主義国との対立を強調してきたバイデン政権の世界観を根本から揺るがしています。諸国家は、そこに説得力は感じなくなっています。

 アメリカはこの20年間ずっと対テロ戦争をやってきました。ブラウン大学の調査ではそのコストは880兆円超にも上ると試算されています。ユーラシア・グループ財団が行った世論調査では、アメリカはもはや絶対的に強い存在ではないため、もっと国際的な枠組みに関与すべきだという回答が58.3%で最多でした。また、42.3%がアメリカは世界中の軍事基地を減らすべきだと回答し、現状維持か増やすべきだとした32.2%を上回っています。さらに、18歳から29歳の若者の62%が、アジアにおける米国の軍事的プレゼンスを削減すべきだと答えています。 つまり、この点ではZ世代とトランプの考え方は重なり合うのです。

「ディープステート」論が流行する理由

会田 アメリカ政治については従来、民主党vs共和党、左vs右の対立関係でとらえる論調が多かったのですが、私は少々異論を持っていました。アメリカの現状は、左右の対立より、階級闘争、上下の対立と見るべきです。Z世代など若い世代の不満も、経済面で将来不安を抱えていることに端を発する。こういう人々は、政府が国際関与を強めようとすると、「もっと先にやることがあるんじゃないか」と感じるわけです。最近は「トランプ派とサンダース支持者の共闘」も見られ、上院では民主党左派のエリザベス・ウォーレン議員とトランプ派の議員が共同で銀行規制法案を提出したりもしている。

三牧 アメリカの新型コロナウイルスによる死者数は2022年5月の段階で100万人に達し、世界最多でした。アメリカが過去体験した戦争で最も多くの死者を出した南北戦争の死者が50万人であることを考えると、あまりに多い数字と言わざるを得ません。医療が発達した、世界で最も裕福な国にもかかわらず、これほどの被害を出したのは、国のあり方がゆがんでいるとしかいいようがない。

 2016・2020年に民主党大統領候補の座に挑んだバーニー・サンダースは極左的な論客だと見られがちですが、「先進国で国民皆保険でないのはアメリカだけでおかしい」という彼の主張や感覚は、きわめてまっとうなものです。トランプはコロナに感染したが、最良の治療を受けてすぐ復帰した。権力者とお金持ちと庶民の間に深刻な医療格差が存在している。それでも、国民皆保険は未だに導入されない。それゆえコロナ禍以降、あまりに富裕層優遇な政治への幻滅がいよいよ強まっている。

会田 ディープステートという言葉を聞くと日本の知識人は笑います。ディープステートという国家内国家がアメリカを支配し、トランプは彼らと戦っている。いわゆるQアノンの人達はそう信じていましたから。

 ただ、単なる笑い話とは片付けられないのです。……

カテゴリ: 政治 社会
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