「イスラエルの9.11」――イスラエル、そしてアメリカは「テロとの戦い」の過ちを繰り返すのか?

執筆者:三牧聖子 2023年12月15日
エリア: 中東 北米

アメリカは再び「パウエルの過ち」をおかしつつあるのではないか[ガザ地区南部のラファでイスラエル軍の砲撃により負傷した子供を運ぶ男性=2023年12月14日](C)AFP=時事

パレスチナ民間人を守らなければ、ガザで「戦術的な勝利」を得られたとしても「戦略的敗北」を喫するだろう――オースティン米国防長官がイスラエルに向けた警告には、自国がイラク、アフガニスタンで犯した過ちの苦い教訓が刻まれている。イスラエル支持と国内外からの批判の板挟みとなったアメリカは再びの過ちを避けられるか。ガザへの対応の誤りは、「法の支配」「人道」といった西側諸国が示してきた規範の危機にも結びつく。

 10月7日、パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスによるイスラエルへの越境攻撃で、外国人を含むイスラエルの民間人約1200名が犠牲となり、200名超が人質とされた。イスラエルのネタニヤフ政権は即座に、ガザでの大規模な空爆と地上戦に乗り出し、12月はじめの数字で1万5000人を超えるパレスチナ市民が犠牲になっている。12月1日朝までの7日間の休戦を経て、ネタニヤフ政権は改めて、ハマスの壊滅を成し遂げるまで停戦はしない意向を表明した。

「イスラエルの9.11」?

「10.7」がイスラエル社会にもたらした衝撃、そしてその後の軍事行動の正当性を国際社会に対し、とりわけアメリカに対して訴えかける際、イスラエル政府は、「イスラエルにとっての9.11」という表現を用いてきた。22年前の2001年9月11日、アメリカを襲った同時多発テロ事件の記憶を呼び起こし、アメリカ国民の共感を呼び覚まそうとする狙いだ。

 テロの翌日、米公共放送PBSに登場したマイケル・ヘルツォーク駐米イスラエル大使は、「これは私たちの911だ。これは戦争だ」と強調した。番組のアンカーが、前回ガザで軍事作戦が展開された際、国連発表で500人以上の子どもを含む1400人以上のパレスチナ市民が犠牲となったことをあげながら、軍事作戦に市民が巻き込まれることに懸念を示すと、ヘルツォークはこうまくし立てた。「私はこれらの(パレスチナ市民の犠牲を示す)数字について非常に慎重でありたい……(これらの数字は)ガザのパレスチナ人の情報源に基づいている。その中には、市民への殺意を持った何百人ものテロリストも含まれている」1

 ベンヤミン・ネタニヤフ首相もまた、軍事作戦が始まってから幾度となく9.11、および9.11後にアメリカが開始した「テロとの戦い」に言及し、ガザでの軍事行動を正当化してきた。10月30日夜、ネタニヤフは記者会見で停戦は考えていないと改めて表明し、次のように強調した。「アメリカが真珠湾攻撃や9・11テロ攻撃を受けた後に停戦を求めなかったように、イスラエルも10月7日の恐ろしい攻撃の後に、ハマスとの停戦を求めることはない」2

 米バイデン政権も、ハマスの奇襲攻撃によってイスラエルが受けた衝撃、そしてその後の軍事行動に理解を示す文脈で、9.11に言及してきた。10月12日、イスラエルを訪問したアントニー・ブリンケン米国務長官は、イスラエルの被害に言及する際、アメリカとの人口比を考えると「9.11の10倍に値する」という表現を用いた。ブリンケンに続き、10月18日にイスラエルを訪問したジョー・バイデン大統領も9.11に言及した。もっともそれは、ニュアンスを残した言及だった。バイデンは自衛のためのイスラエルの軍事行動に全面的な支持を示した上で、次のようにネタニヤフに念を押したという。

アメリカが9.11の地獄を経験したとき、私たちも怒りを感じた……(しかし)私たちは正義を求めてそれを手に入れたが、過ちも犯した。……怒りに目を奪われてはいけない3

 バイデンはここで述べた「過ち」とは何か、今に至るまで明言していない。しかし、アメリカが9.11テロの後に遂行してきた「テロとの戦い」が生んだ甚大な犠牲が含意されていたことは間違いない。9.11テロで3000人弱の尊い市民の命を失ったことを受け、当時のジョージ・W・ブッシュ政権は、「テロとの戦い」を宣言。その1カ月後には、国際テロ組織アルカイダのメンバーの引き渡しに応じなかったとして、アフガニスタンのタリバン政権への軍事攻撃を開始した。当時はアメリカ国民も、国際社会も、ブッシュの「テロとの戦い」を強力に支持した。しかしそれから20年超経って、留保なく「テロとの戦い」に肯定的な評価を与える人はいない。その帰結が判明してきたからだ。

 とりわけ凄まじいのは、「テロとの戦い」が他国の市民にもたらしてきた破滅的な影響だ。9.11以降、アメリカが世界各地で展開してきた「テロとの戦い」のコストを多角的に分析してきた米ブラウン大学ワトソン国際関係研究所の「戦争のコスト」プロジェクトによれば、この20年超の間にアメリカは80を超える国々で対テロ作戦を展開し、犠牲者は民間人43万人超を含む94万人、戦争による難民や避難民は3800万人にのぼる(2023年3月時点)4。 

虚偽に基づく攻撃

 さらにアメリカが遂行してきた「テロとの戦い」は虚偽にまみれた戦争でもあった。その際たるものが、イラク戦争の開戦を正当化するために持ち出された大量破壊兵器疑惑だろう。2003年2月、国民の信頼も厚かったコリン・パウエル国務長官は国連安全保障理事会で、イラクが大量破壊兵器を製造・保有しているだけでなく、9.11を起こしたアルカイダと関係があると訴え、「サダム・フセインをさらに数カ月や数年、大量破壊兵器を保有したままにしておくという選択肢は、9.11以降の世界ではありえない」と訴えた5。翌月アメリカはイギリス等とともにイラク攻撃に踏み切り、フセイン政権を数カ月で崩壊させたが、大量破壊兵器は見つからなかった。

 当時の世論調査によれば、開戦前の数カ月、5割超から6割超のアメリカ国民が「フセインは9.11のテロリストを手助けした」と信じ、イラクにおけるフセインの支配を終わらせるために軍事行動をとることに賛成と答えた人は過半数に及んだ6。非営利の調査報道団体Center for Public Integrityの創設者のチャールズ・ルイスによれば、9.11後からイラク戦争の開戦まで、ブッシュや高官たちは、フセインがアメリカにもたらす脅威について、少なくとも935の嘘を公に口にした7。その後パウエルが、安保理での自らの発言を「人生の汚点」と後悔していたことはよく知られている。……

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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