欧米諸国が「ガザ危機」ではまった罠――「10・7は9・11ではない」と捉えた国際社会

執筆者:篠田英朗 2023年11月8日
エリア: 中東 その他
10月27日、国連総会は人道的休戦を求める決議を採択した。当初棄権したイラクが総会後に賛成に転じたため、賛成は121カ国に (C)UN Photo / Evan Schneider
ウクライナ侵攻に対する国連総会のロシア非難決議と、ガザ地区での人道的休戦を求める決議における各国の投票行動を分析してわかるのは、ウクライナでは多数派で国際世論を形成した欧米諸国が、イスラエルに連帯して少数派に転落したことだ。世界の大多数の国とアメリカの間の溝は深い。日本のみならず欧米諸国も国力が相対的に低下する中、日本はもはや、従来の外交路線の無自覚な踏襲を許されない。

 ガザの人道的惨禍が広がっている。蛮行によってハマスに囚われた人質の解放が進展せぬまま、ガザの市民の悲惨な被害が積み重なっている。出口が見えない。

 それでも前を向いていくために、状況の分析把握は怠りたくない。そこで本稿では、政策的考察にあたって一つの要素となる国際社会の動向について、分析を試みる。

 欧米諸国が威信を低下させてきた21世紀の傾向に、今回のガザ危機で、いっそう拍車がかかる様子が観察される。その現実を見極めながら、ガザの現場で何ができるかを考えていかなければならない。

欧米諸国内に「グローバルな対テロ戦争」への忌避感

 2022年2月のロシアのウクライナ全面侵攻からは、欧米諸国が団結してウクライナ支援にあたってきているだけではなく、国連総会におけるロシア非難決議では141カ国の賛成を獲得するなど、国際社会の動向も欧米主導の流れを作ることができた。

 これに対して10月27日の国連総会決議では、人道的休戦を求める内容の決議に、イスラエルやアメリカが反対する中で121カ国の賛同が集まった。ウクライナに対する国際社会の姿勢が、そのままガザ情勢に転化されるわけではないとしても、2022年初頭に作られた欧米主導の国際世論に、大きな逆の流れが働き始めたことは否定できない。

 10月7日のハマスによるテロ攻撃の直後、アメリカやイギリスなどの主要な欧米諸国指導者やEU(欧州連合)委員長は、極めて情緒的な調子で、イスラエルとの連帯を表明した。「これは9・11だ」というイスラエルの説明を鵜呑みにして、イスラエルと連帯する世界的な運動を主導しようとしているかのようだった。

 だが世界の大多数の人々は、10月7日の事件を、異なる視点で見ていた。そもそも「10・7」が「9・11」だとしても、再び2001年以降の「グローバルな対テロ戦争」をやり直すなどという考えは、全く受け入れられない。それはイスラエルのガザにおける空爆が始まった後の、世界各地における大規模な反イスラエルのデモによって表現されている。大規模デモが、ロンドンなどの主要な欧米の都市においても発生していることは、「10・7は9・11ではないし、仮に9・11だったとしても、あの時と同じ対応を取るのは嫌だ」という感情が、欧米諸国の内部にも根深く存在していることを示していると言えるだろう。……

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top