【特別インタビュー】パスカル・ペリノー仏パリ政治学院名誉教授(上)――欧州議会選で右翼ポピュリズムを後押しする「争点の国内化」

執筆者:国末憲人 2024年5月31日
エリア: ヨーロッパ
欧州はウクライナを放っておけないことをマクロンは十分に理解している。しかし同時に、その踏み込んだ姿勢に世論は不安を抱いているとペリノー氏は言う (写真:国末氏撮影)
フランス人がいま最も気にかけているのは「購買力」や「健康」であって、国際問題でも欧州問題でもない。左右両極はこの「争点の国内化」を利用しており、欧州議会選後の仏政界で国民連合が第1勢力となるのは確実だとペリノー氏は見る。マクロン大統領は野党の分裂を指して「信頼するに足らない」とアピールするが、政権にとって「中間選挙」でもある欧州議会選後の3年をこの態度で乗り切れるかは大いに疑問だ。(聞き手=国末憲人)

 欧州議会選が6月6~9日、欧州連合(EU)加盟27カ国で実施され、右翼ポピュリズム勢力の大幅な伸張が予想されている。ロシア・ウクライナ戦争イスラエル・ハマス戦争によって世界の緊張が高まる中で、欧州政治はどこに向かうのか。フランスでは、右翼「国民連合」が、大統領エマニュエル・マクロンの与党を大きく上回る支持を集め、2027年次期大統領選にも影響しそうな情勢である。

 フランスを代表する政治学者であるパリ政治学院のパスカル・ペリノー名誉教授(73)は、欧州とフランスの選挙分析を進めるとともに、特に右翼の動向と支持の推移に関して、綿密な研究を続けてきた。パリに同氏を訪ね、情勢分析と今後の展望を聞いた。

野党の分裂に助けられている政権

――マクロン大統領が再選されて、すでに2年が過ぎました。

 2022年前回の大統領選の決選投票では、現職のマクロンが、右翼「国民連合」のマリーヌ・ルペンに比較的大きい差をつけて、当選を決めました。この選挙は、2つの面で極めて例外的だったといえます。

 第1の例外は、マクロンがフランス第5共和制で(初期のドゴールを除くと)初めて、コアビタシオンなしで再選を果たした大統領となったことです1。それは彼にとって、政治的な大成功でした。第2の例外は、マクロン与党が直後の総選挙で、絶対多数を50議席近く下回る議席しか確保できなかったことです。これは、第5共和制においてあまり想定されなかったことでした2。つまり、フランスの有権者は大統領選のわずか数週間後の総選挙で、大統領選とは異なるメッセージを発したのでした。

 フランス第5共和制では唯一、ミッテラン再選後に発足したミシェル・ロカールの内閣が、国民議会(下院)の絶対多数を確保していませんでした。ただ、その時は10議席ほどを欠いていたに過ぎません。その程度なら駆け引きや交渉で何とかすることができる。しかし、今回のマクロンのように50議席も足りないと、そんな細工では間に合わないのです。

 政権がこのような状態に陥ったことで、マクロンが目指した様々な改革も困難に直面しました。特に、年金改革を昨年押し通そうとした折には騒動となり、大規模な抗議デモが吹き荒れました。絶対多数を確保していないという政権の弱みに野党はつけ込み、デモを煽りました。

――マクロンは今後も、自らが考える政策を実行できないのでしょうか。

 ただ、野党は単数形でなく、複数形です。かつて左右対立のころ、野党は1つでした。右が政権を取ると左が、左が政権を取ると右が、野党として機能したのです。今はしかし、そうではありません。

 大統領与党は中道で、マクロンの政党「ルネサンス」(再生)と、元首相エドゥアール・フィリップの政党「オリゾン」(地平)、元国民教育相フランソワ・バイルーが率いる政党「モデム」で構成されています。これに対峙するのは、複数の野党です。

 1つは国民連合です。ルペンが率いる多数の議員を国民議会に擁しています。当然ながら、マクロンの統治に協力するつもりなどありません。

 2つ目は「共和主義者」です。右派共和主義政党である彼らは、マクロン与党に呑み込まれるのではと常に心配しています。従って、様々な改革で与党とかなり近い立場にあるにもかかわらず、協力しようとはしません。彼らは、マクロンと国民連合との間で立ち位置を探っています。

 3つ目は……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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