
ドイツ・ベルリン近郊のグリューンハイデにあるテスラ社のギガファクトリー。電気自動車(EV)を生産するその工場がいま、ドイツで住民や環境活動家から抗議を受けている。環境によいとされてきたEV生産がなぜ反対されるのか、ドイツのテスラ工場で何が起きているのかを追った。
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5月10日、ドイツ東部のテスラ社のギガファクトリーの敷地に環境活動家が侵入を試み、警察と衝突して20名以上の逮捕者が出る騒ぎになった。
これは、2022年3月より稼働しているブランデンブルク州グリューンハイデのテスラ工場の拡張計画に対する抗議キャンペーンの一環だった。5月8〜12日に行われた反テスラキャンペーンには、主催者によると2000人ほどが集った。
同工場は、世界で5つの同社ギガファクトリーのうち、唯一ヨーロッパにあるもので、現在、年間35万台ほどの自動車を生産している。300ヘクタールの森林を伐採して建設されたが、さらに森林を伐採して工場を拡張し、生産台数を100万台にまで増やそうという計画がある。
それに対し、地元住民と環境活動家が反対の声を上げている。しかし、活動家が問題視しているのは森林の問題だけではない。そこに見えるのは、「富裕層vs.庶民」「資本主義vs.エコロジー」「資本家vs.労働者」などといった対立構造である。工場を拡大したい政府・自治体と、反対する住民との間の溝も深まり、政府に対する不信感の高まりも見えてきた。
拡大した反テスラ運動
テスラ工場の拡張はドイツ経済に資するものとして、ドイツ首相オラフ・ショルツも支持を示してきた。しかし、当初から地元住民が反対の意を示し、同自治体では2024年1〜2月、工場拡張の是非を問う住民投票が実施された。人口9000人強のうち5000人以上が投票し、過半数が反対票を投じた。その結果には法的拘束力はないものの、妥協案として伐採する森林を100ヘクタール以上から50ヘクタールにまで減らす新たな計画が発表された。
しかし、新計画のもとで残される森林も、工業用の敷地に環状に囲まれ、いずれ工場敷地に簡単に転換されかねないと、テスラ工場拡張に対する抗議活動は激化していった。
2月末からは、環境イニシアティブ「ストップ・テスラ同盟」で活動する若者が、工場向かいの森にツリーハウスを作った。そこで数十人が生活し、森林伐採を阻止するための抗議活動を始めた。
3月5日、テスラ工場に電力を供給する送電鉄塔が放火され、停電によって自動車生産が数日間停止するという事件があった。これはテスラCEOのイーロン・マスクを「テクノファシスト」と非難する、極左環境団体「ボルケーノ・グループ」によるものだった。同事件による損害額は数億ユーロとされ、3月13日にマスクは同工場を訪問した。
この事件に対しては他の環境団体も距離を置き、連邦内務大臣のナンシー・フェーザーが「正当化できない重大な犯罪」と厳しく批判している。しかし、その後も、地域住民や環境団体による反テスラ運動は続き、さらに注目を集めていった。
テスラを歓迎する連邦政府と緑の党
テスラ工場建設のために伐採された森林は、工場が位置するブランデンブルク州から売却されたものだ。1990年に旧西独に統合された旧東独地域は今も西側より経済発展が遅れ、失業率が高く、一人当たりのGDPが低い。そのために政府は補助金などを出して、旧東独地域に積極的に企業を誘致してきた。東側の土地は西側よりも比較的安価で、訓練された人材もおり、政府の支援も得られることから、近年、再生エネルギーやバッテリー、EVなどの新たな分野で投資が増えている。
テスラもそのうちの1社で、政府はその投資を歓迎した。2020年、ブランデンブルク州環境局が森林の伐採を許可したのは、工場の建設許可が下りる前だった。政府は周辺の道路や公共交通などのインフラを整え、工場建設を積極的に支援した。
抗議活動が激化しても、連邦政府による工場拡張支持の姿勢は崩れていない。2022年の工場開所式にスピーチをした連邦経済大臣ロバート・ハベック(緑の党)も、テスラ工場の重要性を訴えつづけている。「自動車生産なくしてドイツへの関心を保つことはできない。未来の自動車をここで生産し、雇用と付加価値がドイツに維持されるように働きかけている」と、「フンケ・メディアグループ」のインタビューに答えている。
深刻化する水問題
一方、なぜテスラはそれほど環境活動家に嫌われているのだろうか。走行時に二酸化炭素をほとんど排出しないEVは、ガソリン車に代わる環境にやさしいソリューションだと考えられてきた。
理由はいくつもあるが、一番の問題は、同地域にすでに存在する水問題が深刻化するという懸念だ。ブランデンブルグは、ドイツでももっとも水の少ない地域の一つで、気候変動によって飲料水となる地下水の水位が低下している。グリューンハイデの中でも地域によっては住民に1日105リットルという水道水の使用上限が課されるほどだ。これはドイツ人の1日の平均水消費量128リットルに比べ、大幅に少ない。
反テスラ環境団体ネットワーク「テスラの蛇口を閉めろ」のエスター・カム広報官によると、「水不足のために一般住民の宅地建設には許可が簡単に下りなくなっている」という。
そんななかでテスラの工場にはすぐに建設許可が下り、テスラはすでに年間約50万立方メートルもの水を使用している。今後生産台数が増えれば、テスラによる水消費量はさらに増えるだろう。市民よりも大企業が優先されているかのようだ。
テスラは使用した水を100%リサイクルし、使用する水道水の量を抑えていると主張している。しかし、衛生設備などからは外部に廃水を出しており、地域の水道協会(WSE)によれば「テスラは工場開設以来、規制値を大幅に超過する廃水を垂れ流している」と、独誌「シュテルン」が報じている。WSEはテスラと各汚染物質の制限値について合意し、契約を交わしていた。しかし、調査の結果、最大許容量の6倍のリンが廃水から検出されたという。廃水は処理場で浄化され、川に流されるが、あまりの汚染のために処理場で適切に処理できない可能性が指摘されている。
工場で相次ぐ環境事故
住民による「グリューンハイデ市民イニシアティブ」によると、同地域にあるテスラ工場の3分の2は、飲料水保護地域に位置している。水を採水している場所は工場から1.5キロメートルのところにある。一方、テスラは、すでに多数の環境事故を起こしており、同地域の飲料水となる地下水の汚染が懸念されている。
ブランデンブルク州環境局によると、2021年末から2023年9月までにテスラ工場での26件の環境事故が報告された。1万5000リットルの塗料、合計200リットルの軽油などが流出した事故もあった。これらの液体の土壌への浸出を防ぐための措置は取られていなかった。同地域には物質を濾過・浄化できるような土壌もない。ベルリンのライプニッツ淡水生態学・内水面漁業研究所のマーティン・プッシュは、テスラにおける環境事故が近隣の水源を今後何年にもわたって汚染する可能性を、「シュテルン」に指摘している。
「シュテルン」の調査報道によると、テスラ工場の敷地内には、地下水測定ポイントが約20カ所あるが、実施するのはテスラが委託した会社だ。地域の水供給会社も行政もその状態を把握できていないという。通常、水保護地域では地中深くに杭を打つことが禁止されている。しかし、テスラが鉄筋コンクリートの工場建設のために同地域の地中に杭を打つことは、当局によって許可された。
テスラ車は「一握りの金持ちのためのもの」?
また、カムは「テスラの作る電気のスポーツ多目的車(SUV)は、気候変動の解決策にならない」と訴える。
「第一にSUVというのは速く走れる高価な自動車で、誰もが乗れるわけではない。すでに起こっている気候危機の影響を抑制するために、限られた資源をどう消費するか、社会で決断する必要がある。一握りの富裕層が元のライフスタイルを継続するための非効率な乗り物ではなく、より多くの人が利用できる公共交通にたくさん投資すべきだ」
また、EV自体が環境に与える影響も大きいことを環境団体は指摘する。
「EVに投入されるすべての資源を考慮すると、環境面でどれだけ優れているかは未知数だと言う人もいる」
EVバッテリーの生産に必要なニッケルやコバルトなどの資源の採掘には多くの問題が伴う。世界の約半分のニッケルを産出するインドネシアでは、採掘にあたって大気や水、土壌の汚染などの問題が指摘されている。同国ではニッケル加工のために石炭発電所が新たに建設され、二酸化炭素を排出している。また、世界のコバルトの約70%を産出するコンゴ民主共和国では採掘現場での児童労働と危険な労働環境が報告されている。
これらの問題に対しては、EU(欧州連合)もドイツ政府もサプライチェーン法を制定し、環境・人権面でのサプライチェーンのデューデリジェンス実施を義務付けた。ドイツではすでに施行されており、大企業には一次サプライヤーにおけるリスク特定とその軽減が求められている。しかし、それで十分なのかは未知数だ。
工場での劣悪な労働環境

現在、ドイツのテスラ工場では約1万2000人が働いており、拡張されれば雇用は2万2500人まで増えると言われている。
しかし、テスラ工場では、労働安全よりも製造スピードが優先され、労働事故が多いことは、たびたびドイツで報道されてきた。「シュテルン」の調査報道によると、緊急医療要請が工場開設後1年間で247回あったという。従業員数に換算すると、ドイツ南部のインゴルシュタットにあるアウディ工場の3倍だという。
「チェコやポーランドなどの近隣国からの出稼ぎ労働者や、シリアなどの国からベルリンに来て、ドイツで良い仕事に就けなかった人たちにとっては、テスラはいい就職先だろう。でも、このような労働環境で働くことが本当にいいことなのだろうか」と環境団体を取りまとめてきたカムは話す。
テスラは米国で労働組合結成を試みた従業員を解雇し、いまだ公式の労働組合は結成されていない。一方、産業別の労働組合が整備されるドイツでは、労働安全上の危険さや、長時間労働への懸念を理由に、金属産業労組(IGメタル)にテスラの労働者1000人以上が加わった。IGメタルは、テスラが労働者に提示する給料が業界水準より20%程度低いこと、秘密保持契約の締結によって労働条件について語ることを制限されていると指摘している。
工場拡張に反対する国政政党はAfDだけ
このように多様な抗議運動、地元住民の大多数による反対票があったが、グリューンハイデ地方議会は5月16日、テスラの拡張計画を可決した。
「テスラ、連邦政府、州政府から強い圧力があったのだろう。工場拡張に不満を持つ住民は市議会選挙で意見を表明しようにも、皮肉にも工場拡張に声高に反対しているのは、極右政党『ドイツのための選択(AfD)』だ」とカムは言う。
AfDはテスラ反対を訴えるが、その裏にあるのはモビリティの転換への反対だ。同党はガソリン車やディーゼル車の継続を支持し、EV自体に懐疑的な姿勢を示してきた。一方、政権入りしている環境政党「緑の党」は、EV生産と利用を重視しており、テスラ工場拡張を支持してきた。
5月13日、反移民で権威主義的な発言をするAfDに対する過激派組織の疑いについて裁判で争われていたが、ミュンスター行政裁判所はその訴えを認め、国内情報機関「連邦憲法擁護庁」による監視を認めた。しかし、6月9日に行われたグリューンハイデ地方議会選挙では、AfDが5年前の前回選挙より大幅に票を増やし、18議席中2席増やして4議席を占めるようになった。
一方、テスラの工場建設を支持してきたドイツ社会民主党(SPD)も、同選挙で1議席を増やし、AfDと共に最大政党となった。テスラ工場の拡張問題は、住民間の分断ももたらしている。