オペレーションF[フォース] (77)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第77回

執筆者:真山仁 2024年8月10日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)EPA=時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】ハワイ会談から3年後。在日米軍は全ての基地から撤退した。それに伴ってロシアや中国の挑発は激化し、北朝鮮のミサイルが仙台市沖に弾着する事態まで起きる。

 

Episode7 独立独歩

 

2

 宮城県庁の知事室の控えの間で、土岐は既に30分以上、待たされている。隣では、江島が貧乏揺すりを始めた。

 1時間半前に始まった、日本海連合の代表という立場で県庁を訪れた新潟県の戸増知事と、前園治美[まえぞのはるみ]宮城県知事の会談が長引いているのだ。

 土岐は、財務省から日本海連合事務局に出向している周防に、LINEで様子を尋ねた。

 “トラブっているのか”

 “宮城県知事が、頑なで”

 3日前に仙台沖に落ちた北朝鮮のミサイル発射を受けて、戸増知事が、沿岸の防衛力強化での連携を呼びかけた。

 だが、リベラル派の前園知事は、日本の本土を越えて飛来したミサイルを、自衛隊が打ち落とさなかったことには、厳しい非難の声を上げたが、宮城県へのレーダーやミサイル設置には、消極的だった。

 そこで、戸増知事が直談判にやってきたのだが、交渉は難航しているということだ。

 江島自らが、宮城県庁に乗り込んできたのも、「防人税」への協力を要請するためだ。

 宮城県と仙台市が中心になって、「防人税」導入をアピールしてほしいという南郷総理からの親書を、江島は携えている。

 必ず前園を説得すると意気込んでいただけに、江島の貧乏揺すりに苛立ちが見えた。

 戸増知事との会談が不調だとすれば、総理の協力要請にも、前園知事は拒絶反応を示すかも知れない。

 江島なら、彼女の堅城も崩せるのだろうか。

 石巻市出身の前園知事は、東京大学で憲法学を学び、アメリカ留学を経て、東北大学の教授となった。

 容貌と品の良さが評判で、教鞭をとる傍ら、地元民放の報道番組でコメンテーターとして好評を博し、パーソナリティを務めるFM局の番組の人気も高かった。

 そして、2年前、仙台市を中心に前園を知事にという勝手連的組織が立ち上がり、選挙では保守党などが推薦する現職をダブルスコアで圧倒した。

 彼女の人気の一因は、「日本国憲法を愛そう」という呼びかけにもあった。

 戦後、GHQから押しつけられたという批判もあるが、世界で最も優れた平和憲法で、日本は憲法のお陰で、戦争に巻き込まれずにいるというのが前園の主張だ。

 台湾有事やロシアの脅威をことさらに言い立てる保守派による軍拡は、憲法への冒涜であり、断固として反対だと訴え、南郷政権が進める自主防衛に対して、SNSなどで厳しいバッシングを続けている。

 土岐にすれば、一都道府県知事が、国家の安全保障に異議を唱えること自体に違和感がある。

 文句があるなら、国会議員になって国会で、闘えばいいのだ。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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