F-35Bの「クロスデッキ」が押し広げる西側諸国の相互運用性

執筆者:能勢伸之 2024年12月24日
タグ: NATO 自衛隊
ある軍隊の航空機を、別の軍隊に所属する軍艦で着艦・発艦させることを「クロスデッキ」と呼ぶ[英海軍の空母クイーン・エリザベスに駐機している米海兵隊のF-35B=2021年7月01日、キプロス](C)AFP=時事
米国を中心とする9カ国が共同開発したステルス戦闘機F-35には、艦艇の甲板を使って離着艦できる機種が2タイプある。カタパルトとアレスティングワイヤーを必要とするF-35Cと、短距離もしくはゼロ距離(垂直)での離着陸が可能なF-35Bである。前者が事実上、本格空母を保有するアメリカ海軍の“専用機”であるのに対し、後者は日本やNATO諸国の多くに採用されている。F-35Bの場合、自国の艦艇だけでなく同盟国の艦艇もプラットフォームとして利用できる潜在能力がある。「クロスデッキ」と呼ばれるこうした運用方法は、西側諸国の軍隊同士の「相互運用性」を象徴する事例だ。

 2024年11月17日、近代化改修を経て横須賀を再び事実上の母港にすることになったアメリカ海軍の空母ジョージ・ワシントンに先駆けて、艦載機であるF/A-18E戦闘機、F/A-18Fスーパーホーネット戦闘攻撃機、そして黒い大きな主翼が特徴の最新鋭ステルス戦闘機F-35Cが山口県の岩国基地に着陸した。

 青森県の三沢基地にはアメリカ空軍が運用するF-35Aがあり、岩国基地にはアメリカ海兵隊が運用するF-35Bもある。そこに海軍の空母艦載機であるF-35Cが加わることで、米軍の3タイプのF-35が日本国内に揃ったことになる。

 F-35B、F-35Cという2機種に共通するのは、地上の滑走路からだけでなく、洋上の軍艦の甲板からも発着できることだ。ただし、アメリカ海軍のニミッツ級(ジョージ・ワシントンはこれにあたる)及びフォード級原子力空母に搭載されるのはF-35Cだけである。

事実上アメリカ空母専用のF-35C、汎用性高いF-35B

 アメリカ国防総省の資料(DVIDS 2022/10/5付)によると「F-35C は、1万9200 ポンド(約8.7トン)の機内燃料で、600 海里(約1100㎞)の作戦行動半径を持つ」とされている。これだけの作戦行動半径があれば、対馬と九州の間の海域に展開した空母から(あるいは空母が横須賀に停泊中、艦載機の展開場所となる岩国基地から)発艦して、北朝鮮のどこにでも届く計算になる。また、アメリカ軍では敵の移動式ミサイル発射機を標的とするSiAW(スタンドイン攻撃兵器)というミサイル計画を進めているが、この新型ミサイルは、F-35Cの機内に収納できることになるはずだ。

 ニミッツ級空母は、重量39トンの航空機を2.5秒以下で時速257.5kmまで加速させる蒸気カタパルトを4基装備している。また、ニミッツ級よりも新型のフォード級空母は、リニアモーターの原理を使って重量45トンの航空機を2~3 秒間で時速240 kmまで加速する電磁カタパルト(EMALS)を4基装備している。

 F-35Cの主翼はF-35Aより45%大きく、作戦上ステルス性を必要としない場合には機体内部の爆弾倉に加え、主翼下の6カ所のハードポイントにもミサイルや爆弾を吊下げることが可能となる(“ビーストモード”)。しかし、カタパルトを備えた本格空母での運用を前提に設計されたF-35Cを採用している軍隊は、2024年5月現在、アメリカ海軍以外にない(アメリカ海兵隊もF-35Cを保有しているが、これらも海軍の空母で運用される)。カタパルトや着艦用のアレスティングワイヤーの無いイギリス海軍やイタリア海軍の空母では、F-35Cは発艦も着艦もできない。F-35B用に改修された海上自衛隊のヘリコプター護衛艦「いずも」「かが」でも同様だ。

 一方、アメリカ海兵隊や航空自衛隊、イギリス空軍やイタリア海・空軍が所有するF-35Bであれば、本格空母でなくとも運用することができる。主に空軍が運用する基本型のF-35Aの場合、離陸には少なくとも8000フィート(約2.4km)の滑走路が必要とされる(オーストラリア国防省「Facilities Requirements for the New Air Combat Capability」2014年6月)が、F-35Bは、AやCよりも強力なターボファンエンジンと「リフトファン」によって、カタパルトがなくても甲板を自走し、100メートル強の短い滑走距離で発艦できる。

 F-35Bの噴射口は「推力偏向ノズル」となっており、ピッチ方向(縦方向・下向き)に最大95度、ヨー軸方向(=左右)に最大12.25度、推力の方向を変えることができる。コックピットのすぐ後ろにあるリフトファンは、機体の上から取り入れた空気を機体の下に吐き出し、空中で機体を支える。このような推進システムによって、ヘリコプターのように垂直に飛行甲板に着艦できるため、アレスティングワイヤーなどの大掛かりな着艦装置も必要ない。

難点は航続距離と耐熱甲板の必要性

 しかし、弱点もある。機体内部にリフトファンを備えているため、F-35Bの機内燃料搭載量はF-35Cの8.7トンより少ない5.94トンにとどまり、そのせいで作戦行動半径も約833㎞と短い。F-35Bのこのような特性は、アメリカ海兵隊の要求によるものだ。では、どのような軍艦に搭載することを前提としているのだろうか。

 アメリカ海軍の空母は、ニミッツ級10隻とフォード級1隻の合計11隻(さらに2隻が建造中)だが、定期的な点検・整備のためドック入りしている艦もあり、常時活動できるのは半分程度。つまりアメリカ海軍は、計6個の空母打撃群で全世界の状況に対応せざるを得ない。虎の子の空母を失わないためには、作戦時においても敵地や敵艦隊からなるべく距離を取ることが望ましい。空母艦載機であるF-35Cが約1100㎞という長大な作戦行動半径を必要とするのはこのためだ。

 一方、F-35Bを運用する海兵隊は上陸作戦を主任務としており、アメリカ級やワスプ級の強襲揚陸艦は1600名以上の海兵隊員を搭乗させている。海兵隊員の上陸には、大型ホバークラフト(LCAC)や水陸両用装甲車(ACV)、大型ヘリコプター(CH-47F)、オスプレイ(MV-22)が使用される。

 戦車や装甲車を運搬できるLCACの航続距離は約480kmと言われる。ACVは1輌あたり3名の乗員と13名の兵員を乗せて上陸作戦を行うが、洋上での航続距離は22.2㎞程度に留まるとされる。1機あたり兵員24名を運ぶオスプレイの作戦行動半径は約602㎞で、最大55名の兵士を搭乗させることが可能なCH-47Fの作戦行動半径は約370km。これらの上陸用アセットとともに揚陸艦で運用され、上陸作戦を空から支援する役割を負うアメリカ海兵隊のF-35Bにとって、本格空母で運用されるF-35Cほどの作戦行動半径は必要としない。

 ただし、F-35Bは発艦時も着艦時も、エンジンの高温の排気を飛行甲板に直接ぶつけることになる。正確な排気温度は筆者には不明だが、一般にジェットエンジンの排気は摂氏500度を超えるとされる。F-35Bを運用する飛行甲板はそれに耐えられなければならない。従って、アメリカ級強襲揚陸艦やイタリア海軍の空母カブールでは運用可能となる、逆にニミッツ級原子力空母では、飛行甲板が耐熱処理されていないため、現状では運用できないとされる。

日米英伊の甲板を自在に移動するF-35B

 2024年10月21日、アメリカ・サンディエゴ沖で、海上自衛隊のいずも型護衛艦「かが」にアメリカ海兵隊のF-35Bが初着艦し、さらに艦内で整備を行った。

 これは、航空自衛隊が2025年からF-35Bを導入して「かが」で運用するための準備であり、着艦したアメリカ海兵隊のF-35Bの垂直尾翼には、ひらがなで「かが」と大書されていた。

 海上自衛隊では2021年10月3日にも、「かが」と同型のネームシップ「いずも」が、四国南方海域でアメリカ海兵隊のF-35Bの発着艦検証作業を実施している。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
能勢伸之(のせのぶゆき) 軍事ジャーナリスト。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は『ミサイル防衛』(新潮新書)、『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』(PHP新書)、『検証 日本着弾』(共著)、『防衛省』(新潮新書)、『極超音速ミサイル入門』(イカロス出版)など。
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