フィンランドが戦術核運用可能性を秘めた「ブロック4」を導入する意味(後編)

執筆者:能勢伸之 2024年2月28日
タグ: NATO ロシア
エリア: ヨーロッパ その他
3月1日で任期を終えるニーニスト大統領の後任を決める決選投票では、ストゥブ元首相(左)とハービスト前外相(右)が競い、ロシアに対してよりタカ派的なストゥブ氏が勝利した(C)AFP=時事
フィンランド国内に配備されるF-35Aの作戦行動半径には、モスクワやサンクトペテルブルク、カリーニングラードといったロシアの主要都市が含まれるとみられる。また、導入予定の機体は戦術核兵器の搭載を可能としうる「ブロック4」とされている。フィンランドの国内法は核兵器の持ち込みを禁じているが、今月行われた大統領選挙では、厳格な核禁止政策の緩和を主張するストゥブ氏が当選を果たした。

 NATO(北大西洋条約機構)新規加盟国に核兵器を配備しないという「NATO・ロシア基本議定書」の規定について、興味深い主張を行っているのが、同議定書が署名された後にNATOに加盟したポーランドである。同国のマテウシュ・モラヴィエツキ首相は、2023年3月25日にロシアがポーランドの隣国、ベラルーシに戦術核兵器配備を決定したことを念頭に、同年6月30日、「われわれは核共有プログラムへの参加をさらに強くNATO全体に求めている」と述べた。さらに、ヤツェク・シエヴィエラ国家安全保障局長は、ポーランドは「B61核爆弾を搭載できるF-35AライトニングII型機(2024年以降配備予定)がNATOの(核・非核両用の)デュアル能力航空機に認定されることに興味があると述べた」(IISS「Poland’s bid to participate in NATO nuclear sharing」 2023/9)という。

 つまり、ポーランド政府は、「NATO・ロシア基本議定書」第Ⅳ条の規定に拘束されず、F-35Aブロック4の配備によって自国がNATOの核共有に参加する可能性がある、と考えているのだろう。

ロシアの主要都市はF-35の作戦行動半径におさまる

 ポーランドは、F-35Aを32機導入すると決定しており、2023年に生産が開始されている。それらの機体は「全てではないが、大部分がブロック4に更新される」(Breaking Defense 2021年9月)という。最初の6機が2024~25年に引き渡され、米国アリゾナ州ルーク空軍基地でパイロットや地上要員の訓練が始まる。その後、2026~27年に掛けて残りの機体が引き渡され、2030 年までには飛行隊が完全に編成される計画だ。

 ポーランドの F-35A の最初の飛行隊は、現在F-16戦闘機が配備されている同国中央部ワスクの第32戦術航空基地に配備される予定だが、もう一つのF-35A配備基地として、北西部シフィドヴィンにある第 21 戦術航空基地の可能性が指摘されている。同基地には現在、老朽化した旧ソ連製のSu-22攻撃機 18機が配備されている。なお、バルト海から約 60キロの位置にあるシフィドヴィンは、ロシア・バルチック艦隊の本拠地カリーニングラードに配備されているロシアの9K720イスカンデル移動式短距離弾道ミサイル/巡航ミサイル複合システムとS-400防空システムの射程内に位置することになりそうだ。

 ポーランドのF-35Aブロック4に核共有が適用されるかどうかは、この原稿を書いている時点では不明だが、「NATO計画立案者らはF-35を欧州の核抑止力の最前線と中心に据えている」(Defense News 2022 /4/14)とされている。仮にNATOがポーランドにも核共有を認めるなら、基本議定書が署名された1997年以降の加盟国に核共有が広がる可能性を否定できず、ロシアにとって気掛かりだろう。2022年7月20日には、チェコ政府も、現有のスウェーデン製JAS-39グリペン戦闘機のリース延長ではなく、F-35戦闘機24機の獲得を目指し、米国と交渉すると発表した。チェコのペトル・フィアラ首相は、この決定について「同盟(=NATO)の義務の履行に向けた一歩でもあり、ヨーロッパの安全保障、ひいてはチェコ共和国の安全保障がロシアのウクライナ侵略によって引き起こされた新たな課題に直面している現時点で重要な決定でもある」と説明し、自国の防衛だけでなく、NATO加盟国としての義務という側面を強調した。チェコは2022年から導入の交渉を始めたので、導入機種は最新型のF-35Aブロック4となる可能性も低くないだろう。

 前述の通り(前編参照)、ウラジーミル・プーチン露大統領が、フィンランドとスウェーデンに設置される「軍事インフラ」に懸念を隠さなかったのは、そこに核共有のための施設が建設される可能性を見ていたからではないだろうか。

 フィンランドでは、2026年に始まるF-35配備を前に、国内の航空基地の改装が始まっている。その内容は、F-35Aが緊急着陸する場合に備え、滑走路にネット式の着陸拘束装置を設置する等であり、フィンランド空軍は2023年9月、すでに工事に着手した基地として、ロヴァニエミ基地とリッサラ基地の名をあげている。F-35Aの作戦行動半径は1093キロとされるが、ロヴァニエミ基地からロシア第二の都市サンクトペテルブルクまでは約765キロ。リッサラ基地からロシアの首都モスクワまでは約970キロ、カリーニングラードまでは約1000キロで、理論的には、爆弾やミサイルを抱えたフィンランド空軍のF-35Aが、ロシアの主要都市の上空で何らかの作戦を行い、帰投することが可能となる。

 フィンランドは、各地の高速道路も有事には戦闘機の滑走路として使用できるよう整備していることで知られており、F-35を運用可能な基地が、上記の2カ所に留まるとは考えにくい。

新たに結ばれた対米DCAと「原子力法」の気になる関係

 米国とフィンランドの間では、2023年12月18日、米軍がフィンランド領内で支障なく活動するための二国間防衛協力協定(DCA)が締結された。これにより、米軍はフィンランドの領土と基地を、訓練や物資の保管に使用できるようになる。

カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
能勢伸之(のせのぶゆき) 軍事ジャーナリスト。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は『ミサイル防衛』(新潮新書)、『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』(PHP新書)、『検証 日本着弾』(共著)、『防衛省』(新潮新書)、『極超音速ミサイル入門』(イカロス出版)など。
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