10年目の「トランプ王国」 “真っ赤”になった地方で聞く民主党員の声

執筆者:金成隆一 2025年3月8日
エリア: 北米
ペンシルベニア州の小さな町を抜ける(筆者撮影、以下すべて)
2月1日、民主党全国委員会の新委員長に選出されたケン・マーティンは、「私たちが何者であるかを再確立し、アメリカの有権者に示すための大規模なナラティブとブランディングの計画が必要だ」と語った。全米での得票数では民主党が上回った2016年大統領選時と違い、もはや今回のトランプ勝利を「偶然」と捉える声は上がらない。トランプがアメリカ政治の表舞台に本格的に立って約10年、共和党が支持を顕著に伸ばしてきた「地方」の人々の目には、民主党の敗因と今後の戦略はどのように映っているのだろうか。

「トランプ王国」取材は10年目に突入した。この10年での顕著な変化は、当初は何かの間違いで起きたとも認識された「トランプ現象」が、今では、アメリカの現在地として広く受け入れられるようになったことではないだろうか。

「受け入れる」というより、「観念した」という表現が妥当かもしれない。

 2016年大統領選は、民主党ヒラリー・クリントン陣営がアメリカ中西部に広がるラストベルト(錆び付いた工業地帯)の重要州を十分に重視しなかったほか1、クリントン本人の「デプロラブル (deplorable=惨めな)」発言で猛反発も買い2、その隙をついたドナルド・トランプにミドルクラスや労働者層の支持を奪われた。民主党は全米での得票総数では勝ったのだから、普通にやればトランプに再び負けることはない――。実際、2020年は民主党ジョー・バイデンがトランプを破ったこともあり、そんな認識がしばらくは強かったように思う。

 ところが2024年大統領選でトランプの再登板をゆるし、今回は得票総数でも負けた。民主党の側が候補者をきちんと育てて臨まないと、「反不法移民」「保護主義」「非介入(孤立)主義」を掲げる共和党トランプへの支持を崩せない事実も突きつけられた。

 民主党は、敗因分析と戦略の見直しを避けられない。そんな中で無視できないのが「地方」の視点ではないだろうか。

地方で支持を失う民主党

1990年代から2023年にかけて、都市(Urban counties)での民主党の優位と、郊外(Suburban counties)での両党の拮抗という傾向に大きな変化はないが、地方では共和党優位の傾向は強まっている(出典:Pew Research Center)

 今日の共和党は地方で強い。都市から地方に車を走らせれば、都市では民主党候補の看板(ヤードサイン)が目立ち、地方に入ると共和党候補の看板が優勢になる。

 地方が共和党カラーの赤に塗りつぶされたアメリカ地図は、すっかりおなじみになった。民主党支持者と話していると、民主党が地方で勝てないのは仕方ない、という前提で話す人が少なくない。民主党は、都市で圧勝し、郊外で負けなければ、全体で勝てる、という認識だ。筆者も、そういうものだと思い込んでいた。

 しかし、地方での共和党優位は、実は最近の傾向に過ぎないようだ。

 米大手調査機関ピュー・リサーチ・センター3によると、地方の郡(Rural counties)では1990年代末からしばらくは両党の支持が拮抗し、2007年には民主党がリードしたこともあった(民主党49%、共和党48%)。ところが、以降は地方での共和党優位が強まり始め、2017年には「共和党支持」「共和党寄り」と答えた人が計58%で、「民主党支持」「民主党寄り」(計40%)と民主党に18ポイント差をつけた。さらに2023年になると共和党が25ポイント差に引き離している4

 トランプがアメリカ政治の表舞台に本格的に立った2015年の前から始まっていた傾向が、その後もどんどん強まっていることになる。

「置いて行かれた」地方の穏健な民主党員

庭先に掲げられたトランプ支持のフラッグ

 こうして、地方にいる穏健な民主党関係者らが「置いて行かれた」という感覚を抱くようになったと言えるのではないだろうか。筆者の取材を振り返ると、ラストベルトやその東部・南部に位置する山間部アパラチア地方の民主党関係者や元支持者から、嘆きや不満を聞く取材が多かった。

 地方の民主党幹部の場合、かつての民主党支持の労働者やミドルクラスが「トランプ共和党」に流れ出ることを止められなかった無力感が基調にあり、民主党が「いつの間にか都市部の価値観や利益を代表する政党になった」という党執行部への批判になることも少なくなかった。

 元民主党支持層からは、民主党は「都市の大卒やエリートの政党になった」「ハリウッドの政党になった」「労働者を見捨てた」「アイデンティティー政治に夢中になりすぎた」という趣旨の批判を繰り返し聞いた。

 2024年大統領選の後に聞かれた民主党の敗因分析の多くにも、これらの繰り返しが多く含まれている。

「両手を汚して働いている人に敬意を」

地方からの視点を語るオハイオ州マホニング郡の元民主党委員長、デビッド・ベトラス

 筆者がインタビューを繰り返してきた、地方の民主党幹部(当時)の一人が、かつて鉄鋼業が栄えたオハイオ州マホニング郡の元民主党委員長、デビッド・ベトラスだ。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
金成隆一(かなりりゅういち) 朝日新聞記者 1976年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒、2000年朝日新聞入社。大阪社会部、米ハーバード大学日米関係プログラム研究員、ニューヨーク支局、欧州総局などを経て、現在、朝日新聞大阪社会部次長。著書に『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』(岩波書店)、『記者、ラストベルトに住む トランプ王国、冷めぬ熱狂 』(朝日新聞出版)、『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』(岩波書店)、『ルポ MOOC革命 無料オンライン授業の衝撃』(岩波書店)など、共著に『アメリカ大統領選』(岩波書店)、『トランプのアメリカ 漂流する大国の行方』(朝日新聞出版)などがある。第36回大平正芳記念賞特別賞(『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国2』で)、2018年度ボーン上田記念賞(大統領選など一連のアメリカ報道で)、第21回坂田記念ジャーナリズム賞(「教育のオープン化」報道で)。
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