
「トランプ王国」取材は10年目に突入した。この10年での顕著な変化は、当初は何かの間違いで起きたとも認識された「トランプ現象」が、今では、アメリカの現在地として広く受け入れられるようになったことではないだろうか。
「受け入れる」というより、「観念した」という表現が妥当かもしれない。
2016年大統領選は、民主党ヒラリー・クリントン陣営がアメリカ中西部に広がるラストベルト(錆び付いた工業地帯)の重要州を十分に重視しなかったほか1、クリントン本人の「デプロラブル (deplorable=惨めな)」発言で猛反発も買い2、その隙をついたドナルド・トランプにミドルクラスや労働者層の支持を奪われた。民主党は全米での得票総数では勝ったのだから、普通にやればトランプに再び負けることはない――。実際、2020年は民主党ジョー・バイデンがトランプを破ったこともあり、そんな認識がしばらくは強かったように思う。
ところが2024年大統領選でトランプの再登板をゆるし、今回は得票総数でも負けた。民主党の側が候補者をきちんと育てて臨まないと、「反不法移民」「保護主義」「非介入(孤立)主義」を掲げる共和党トランプへの支持を崩せない事実も突きつけられた。
民主党は、敗因分析と戦略の見直しを避けられない。そんな中で無視できないのが「地方」の視点ではないだろうか。
地方で支持を失う民主党

今日の共和党は地方で強い。都市から地方に車を走らせれば、都市では民主党候補の看板(ヤードサイン)が目立ち、地方に入ると共和党候補の看板が優勢になる。
地方が共和党カラーの赤に塗りつぶされたアメリカ地図は、すっかりおなじみになった。民主党支持者と話していると、民主党が地方で勝てないのは仕方ない、という前提で話す人が少なくない。民主党は、都市で圧勝し、郊外で負けなければ、全体で勝てる、という認識だ。筆者も、そういうものだと思い込んでいた。
しかし、地方での共和党優位は、実は最近の傾向に過ぎないようだ。
米大手調査機関ピュー・リサーチ・センター3によると、地方の郡(Rural counties)では1990年代末からしばらくは両党の支持が拮抗し、2007年には民主党がリードしたこともあった(民主党49%、共和党48%)。ところが、以降は地方での共和党優位が強まり始め、2017年には「共和党支持」「共和党寄り」と答えた人が計58%で、「民主党支持」「民主党寄り」(計40%)と民主党に18ポイント差をつけた。さらに2023年になると共和党が25ポイント差に引き離している4。
トランプがアメリカ政治の表舞台に本格的に立った2015年の前から始まっていた傾向が、その後もどんどん強まっていることになる。
「置いて行かれた」地方の穏健な民主党員

こうして、地方にいる穏健な民主党関係者らが「置いて行かれた」という感覚を抱くようになったと言えるのではないだろうか。筆者の取材を振り返ると、ラストベルトやその東部・南部に位置する山間部アパラチア地方の民主党関係者や元支持者から、嘆きや不満を聞く取材が多かった。
地方の民主党幹部の場合、かつての民主党支持の労働者やミドルクラスが「トランプ共和党」に流れ出ることを止められなかった無力感が基調にあり、民主党が「いつの間にか都市部の価値観や利益を代表する政党になった」という党執行部への批判になることも少なくなかった。
元民主党支持層からは、民主党は「都市の大卒やエリートの政党になった」「ハリウッドの政党になった」「労働者を見捨てた」「アイデンティティー政治に夢中になりすぎた」という趣旨の批判を繰り返し聞いた。
2024年大統領選の後に聞かれた民主党の敗因分析の多くにも、これらの繰り返しが多く含まれている。
「両手を汚して働いている人に敬意を」

筆者がインタビューを繰り返してきた、地方の民主党幹部(当時)の一人が、かつて鉄鋼業が栄えたオハイオ州マホニング郡の元民主党委員長、デビッド・ベトラスだ。

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