対米戦略「シューノミクス2.0」への大転換――民間テック企業頼みに傾斜する中国経済

執筆者:後藤康浩 2025年4月5日
エリア: アジア
切り札はICT、Eコマース、EV、ロボット、航空宇宙などのテック企業群と農畜産関連企業[「民営企業座談会」でディープシーク創業者の梁文鋒氏と握手を交わす習近平国家主席を映したスクリーン=2025年2月17日、中国・北京](C)REUTERS/Florence Lo
習近平国家主席が主宰し31人の企業家を招いて北京で開いた「民営企業座談会」の読み解きとして、ジャック・マー氏の復権や「ディープシーク」の梁文鋒氏の参加が注目された。ただし、本当に注目すべきポイントは、国家レベルで打ち出されたに等しい経済政策の大転換だ。国有企業を経済の牽引役とする「国進民退」の「シューノミクス」は、これで事実上、撤回されたと考えられる。新たな切り札となる企業群は――。

 習近平国家主席の経済政策「シューノミクス」が静かに大きな転換を進めつつある。国有企業を牽引車とし、イノベーションによって、産業高度化を進め、世界の「産業強国」の先頭に立つのが目標だったが、国有企業は各産業分野で過剰生産能力を積み上げ、デフレと世界の警戒心を招き、内需拡大の柱の不動産開発は供給過剰で自滅した。対照的にスマホに始まり、太陽光発電パネル、リチウムイオンバッテリー、EV(電気自動車)など世界市場を席巻する中国製品は民間企業が主導している。

 出口のみえない不動産不況、トランプ政権による先端技術封じ込めと関税戦争に苦しむ中国経済の生き残りはもはや民間活力にしかない。それは習主席が追い落とした前首相の故・李克強氏が唱えた「リコノミクス」への転換という不本意な結果になりかねない。

「双循環」を再稼働する切り札

 習主席が2月17日に北京で主宰した「民営企業座談会」には31人の企業家が招かれた。ファーウェイの任正非氏、BYDの王伝福氏、寧徳時代新能源科技(CATL)の曾毓群氏らグローバル市場で実績と存在感のある企業の創業者とともに、今年1月に彗星のように現れたディープシークの梁文鋒氏も姿を見せた。話題をさらったのはアリババの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏の姿だった。2020年10月の上海金融フォーラムでの発言が習主席を激怒させ、表舞台から消えていたが、この座談会では習主席と笑顔で握手を交わす場面が中国中央テレビで報道された。4年半ぶりの完全復権であり、再び中国のテック業界を主導していく自信を漂わせていた。

 もうひとりの主役の梁氏はディープシークで米テック業界を震撼させたことで、中国政府の覚えはめでたい。AI(人口知能)向けの最先端半導体(GPU)の供給を制限された中で、オープンAIなど米国のAIに遜色のない性能を破格の低コストで実現したとされるからだ。高性能AIに不可欠な米エヌビディア製の先端GPUから締め出されている中国人の自尊心をくすぐっただけでなく、世界の投資家に中国のテック業界全体を再評価させ、中国への投資マネー流入を復活させた。

 高値警戒感や世界経済の不透明感で株価にも陰りがみえる米国のテック業界は、かつて「GAFAM」と呼ばれた5社にテスラとエヌビディアを加えた7社を「マグニフィセント・セブン」と昨年から称している。中国側にもこれに対抗した「テリフィック・テン」と呼ばれるテック企業群がある。アリババ、京東(JDドットコム)、吉利、BYD、小米科技、テンセント、網易(ネットイース)、百度(バイドゥ)、美団、中芯国際集成電路製造(SMIC)の10社である。ここから吉利、美団、百度を除いた7社を、仏金融機関ソシエテ・ジェネラルは「セブン・タイタンズ」と名付けた。いずれにせよネット企業からEV、半導体と業態構成は米中の先端テック企業群で似通っている。

 米中間の産業競争は素材から電子・電機、精密機器、機械、自動車、日用雑貨、衣料品など幅広い分野で中国が圧倒、米国が優位を維持しているのは半導体、半導体の設計や製造装置、航空、化学、医薬品などに限られている。ゲームや音楽、動画などコンテンツやそのプラットフォーム、Eコマース、EVなどテック企業同士の米中競争も互角の戦いになりつつある。ディープシーク登場の衝撃はAIでも中国に追い着かれつつあるという現実を米国人に認識させた。こうした現状がトランプ政権の対中政策をますます厳しいものにしている。中国製品への20%の追加関税とそれに上乗せとなる34%の相互関税は産業全般における米国の劣勢を覆す策略のひとつだ。

 足下では中国の対米輸出はむしろ駆け込みで増えているが、今年後半からははっきりと減少してくるだろう。中国企業は自動車、電子・電機、雑貨を中心に輸出向け生産拠点を東南アジア、メキシコに2020年以降、移転し、米国の締め付けを回避しようとしてきたが、米国の税関で「迂回輸出」と認定され、輸入できないケースが増えた。仮に東南アジアの工場で付加価値の50%以上をつけて、米国に輸出してもカンボジア49%、ベトナム46%、タイ36%の相互関税をかけられる。中国の対米輸出の抜け道はほぼ塞がれた。中国にとって1990年代半ばから30年続いた「輸出天国」の環境は終わった。

 もちろん習政権はかなり前からこうした変化を見通しており、2020年7月に「国内大循環を主体に、国内外が相互に刺激し、成長を高める双循環」という新しい発展モデルを提起している。問題は、国内の大循環が不動産不況を主因として目詰まりし、成長の減速が止まらないことだ。双循環を再稼働する切り札がICT、Eコマース、EV、ロボット、航空宇宙などのテック企業群であり、習主席が座談会を開催した理由だ。

特に注目すべき出席者は誰か

 出席者で注目すべきは、ファーウェイの任氏、BYDの王氏ら発言機会を与えられた6人の中に、

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
後藤康浩(ごとうやすひろ) 亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』などにも出演していた。現在も幅広いメディアで講演や執筆活動を行うほか、企業の社外取締役なども務めている。著書に『アジア都市の成長戦略』(2018年度「岡倉天心記念賞」受賞/慶應義塾大学出版会)、『ネクスト・アジア』(日本経済新聞出版)、『資源・食糧・エネルギーが変える世界』(日本経済新聞出版)、『アジア力』(日本経済新聞出版)、『強い工場』(日経BP)、『勝つ工場』(日本経済新聞出版)などがある。
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