中国経済、トランプ2.0の最大リスクは「産業空洞化」――米中貿易摩擦の先に控える「日本の来た道」

執筆者:後藤康浩 2024年11月19日
エリア: アジア 北米
米国は中国製造業の「東南アジア経由の迂回輸出」に厳しい目を向ける[トランプ次期米大統領(左)と習近平中国国家主席(右)](C)AFP=時事
第2次トランプ政権の高関税が強い下押し圧力になるのは間違いない。だが、中国経済にとってさらに深刻なのは「製造業の米国シフト」ではないだろうか。東南アジアなどを経由させた迂回輸出の道は閉ざされ、最終的に対米ビジネスを続けたい中国企業は、米国に直接進出するしかなくなるだろう。それは日米貿易摩擦以降の日本が1960年代から歩んだ道に似ているが、消費が伸びず内需型成長への転換が進まない中国にとっては、日本とは比較にならないほど大きな負の効果をもたらすだろう。

 中国経済が迷走している。習近平政権が8月以降、次々に繰り出した史上空前の規模の広範な景気対策は「砂漠に撒いた水」のように蒸発しつつある。中国の国有企業、民間企業経営者から個人投資家、庶民に到るまで自国の将来に明るい展望を持てず、外資も見放しつつあるなかでは、政府がばらまいた資金は投資や消費を誘発できないからだ。株価や不動産を強引に押し上げようとしても一時的な上昇のみで、たちまち利食い売りで押し戻される。

 そうした政府対市場のもみ合いの最中に、米国で「中国叩きの急先鋒」のドナルド・トランプ前大統領の再登板が決まった。中国経済は降下が続くなかで、巨大ハリケーンに巻き込まれようとしている。

「総額10兆元」の特別地方債もインパクト不足

 中国人民銀行は9月下旬、政策金利と預金準備率の追加引き下げに踏み切った。続けて政府は株価対策を発表、株価スワッププログラムによって証券、保険会社、投資ファンドに株式購入資金を5000億元(1元=21円)供給するほか、銀行を通じて上場企業の自社株買いや大株主に株式購入資金を3000億元も貸し出す。合計すれば8000億元となり、「国家隊」と呼ばれる国有金融機関や政府系投資ファンドが今年行った株式買い入れ策による投資規模、900億元とはケタ違いのインパクトを持つ。

 実際、上海株式市場の総合指数は9月13日の2704.09ポイントを直近の底に10月8日には3489.78まで28.6%上昇した。だが、効果はそこまでで、その後は3300~3400ポイントでもみあっている。大半の投資家が「利食い」「手じまい」のタイミングを探る「ババ抜き」ゲームの様相。株価が2007年10月16日の6092.06の最高値、それに次ぐ2015年6月12日の5166.35のピークまで戻すと考える中国人投資家は皆無で、政府の株価対策は市場参加者によって見限られている。9月半ば以降、日本、インドや東南アジアから資金の一部を中国に戻した米欧の機関投資家はいるが、「中国政府の“保証付き”の上げ相場で利ざやを抜く絶好の場面」と判断しているだけだ。

 11月4~8日に開いた全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、今後3年間で6兆元、5年間では総額10兆元の特別地方債の追加発行を承認した。過去10年以上、中国経済の成長エンジンとしてインフラ建設の多くを担ってきた省・市・県など地方政府とその資金窓口である融資平台が抱える債務を、金利の低い地方債に乗り換えさせ返済を軽減することが目的だ。だが、地方政府はインフラからの収益、土地所有権売却など収入が細っており、借り換えで新規投資を増やせる状況ではない。むしろ債務が中央主導で再編されることで、中国の深刻な財政赤字問題が鮮明になる。

 中国経済は1990年代後半に同じような危機を経験している。

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
後藤康浩(ごとうやすひろ) 亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』などにも出演していた。現在も幅広いメディアで講演や執筆活動を行うほか、企業の社外取締役なども務めている。著書に『アジア都市の成長戦略』(2018年度「岡倉天心記念賞」受賞/慶應義塾大学出版会)、『ネクスト・アジア』(日本経済新聞出版)、『資源・食糧・エネルギーが変える世界』(日本経済新聞出版)、『アジア力』(日本経済新聞出版)、『強い工場』(日経BP)、『勝つ工場』(日本経済新聞出版)などがある。
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