「選択と集中」ではなく「探索と分散」、そして「全体像の理解」に拘泥しない:トランプ関税時代の企業生き残り術

執筆者:後藤康浩 2025年4月8日
タグ: トランプ 日本
エリア: アジア
日本企業は大きな選択をすべき時ではない。情報収集は必須だが、それを読み解き行動の糧とする意志が問われる[群馬県内の自動車関連企業の経営者らと意見交換する古賀友一郎経済産業副大臣(中央)=4月7日、群馬県太田市](C)時事
今は、近くて狭い範囲の状況把握を。自らの“触針”で得たささやかなファクトと想像力を重視すべきだ。「選択と集中」を合理化できたグローバリゼーションの時代は終わった。サプライチェーンの再構築は必要だが、ひとつの選択肢に依存せずに、非効率となっても分散を心がけることが重要となる。トランプ関税の数字の“本気”はどこにあるのか、ディールはあると考えられるか――この不確実なトランプ関税時代の企業戦略は事実の探索から始めたい。

 トランプ大統領の”関税爆弾”が4月3日(日本時間)に炸裂するとともにグローバル・ビジネスの環境は一段と流動化し、まったく先が見通せなくなってきた。多くの企業がこれまで築いてきた事業基盤も大きく揺らいでいる。どこで、何を、どのように生産し、どこを市場とすべきか、今まで明確だったことがすべて見直しの対象となる。

 振り返れば、多くの企業が1990年代初頭の米ソ冷戦終結後、グローバリゼーションが進む中で、「選択と集中」によって利益率を高めようとしてきた。米国主導の見通しのよいグローバル環境では「選択と集中」には合理性があり、GE(ゼネラル・エレクトリック)など米国の優良企業が「選択と集中」を率先し、業績も伸ばした。

 今、我々はまったく異なる世界に立っている。視界不良どころか、足下も揺らぐ中で「選択と集中」は危険な賭けでしかない。今、必要なのは状況を把握する「探索」と経営資源の適切な「分散」である。「選択と集中」から「探索と分散」への転換こそ急務である。

トランプ大統領は政権の乏しい “経営資源”を熟知している

 米ソ冷戦終結後、冷戦の勝者となった米国は唯一の「超大国」として世界に君臨し、「パクス・アメリカーナ」は世界経済にも大きな利をもたらした。それまで直接投資、すなわち企業の進出先となり得なかった東欧はじめ旧社会主義圏が低コスト労働力の供給源となり、米欧日など主要国企業は工場や物流拠点を自国から移転させた。そして90年代半ばには89年6月の天安門事件による主要国からの制裁が解かれた中国がグローバル企業の新天地として登場し、21世紀初頭には「世界の工場」へと駆け上った。中国が東欧、ロシアと異なったのは圧倒的な人口規模であり、工場ワーカーと研究開発の高度人材を大量供給し、さらに経済水準の向上とともに巨大市場へと変貌したことだ。

 この時代、主要国の企業は大企業だけでなく中堅・中小企業までが中国を選択し、中国に経営資源を集中することが競争に勝ち抜き、大きなリターンを生む策となった。グローバル環境は遠い水平線まで見通すことが出来ており、サプライチェーンを世界各地に網の目のように複雑に張り巡らしてもITの進化もあって管理可能となった。

 もちろん2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)など新型感染症や、途上国における政変、クーデター、中東やアフリカでの局地的な紛争は起きたが、発生時対応で十分に制御可能だった。その中で、温暖化など地球環境問題だけは深刻かつ全人類にかかわる課題となり、人類の生存を脅かすようになった。気候変動枠組み条約など国連主導の取り組みが進んだが、米国は冷淡でむしろブレーキとなった。グローバルな貿易自由化を目指す多国間の取り組みも、同様に米国が世界貿易機関(WTO)に懐疑的となり、行き詰まった。パクス・アメリカーナの変調である。

 その要因のひとつは、米国が製造業を中国やアジアに流出させ、自らは金融市場に経済成長の重心を置いたことであり、富裕層、中流層が金融資産の増大を求めて強欲化し、企業に株主還元、株価上昇を求めたことだろう。工場をコストの高い米国から中国に移転するよう仕向けたのは株主だったともいえる。さらに、庶民の借りた住宅ローンを証券化し、パッケージ化・金融商品化して流通させる金融市場の強欲化も加速した。金融の不健全さが露呈したのが2007年のサブプライムローン問題であり、翌年のリーマンショックだった。

 米国は自らの強欲化によって基盤を脆弱化させ、パクス・アメリカーナを終焉させた。その傍らで、静かに力を蓄え、爪を研いだ中国が台頭し、2012年秋に就任した習近平共産党総書記が米国に公然と異論を唱え、「一帯一路」「中国製造2025」、南シナ海支配などの政策で対抗を本格化した。ロシアも2014年のクリミア半島併合など米国に刃向かい始め、中東、アフリカ、アジアなどで米国の影響力の低下は明白になった。

 グローバル環境は荒れ模様となり、世界を統御する力を失った米国は、強い指導者を求め、2024年に2度目のトランプ政権を選択した。かつての軍事力や経済力を背景にした影響力で世界に強さを示すことが出来なくなった米国を率いるドナルド・トランプ大統領にとって、いま利用可能な武器は、

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
後藤康浩(ごとうやすひろ) 亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』などにも出演していた。現在も幅広いメディアで講演や執筆活動を行うほか、企業の社外取締役なども務めている。著書に『アジア都市の成長戦略』(2018年度「岡倉天心記念賞」受賞/慶應義塾大学出版会)、『ネクスト・アジア』(日本経済新聞出版)、『資源・食糧・エネルギーが変える世界』(日本経済新聞出版)、『アジア力』(日本経済新聞出版)、『強い工場』(日経BP)、『勝つ工場』(日本経済新聞出版)などがある。
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