2022年秋、中国とインドはなぜロシアの核使用に反対したか

執筆者:北野充 2025年4月21日
中印にとってグローバル・サウスの声は無視できない[上海協力機構(SCO)首脳会議の際に会談したプーチン露大統領とインドのナレンドラ・モディ首相=2022年9月16日、ウズベキスタン・サマルカンド](C)AFP=時事
ウクライナが北部ハルキウや南部ヘルソンで大規模反攻を行った2022年秋、米情報機関はロシアが核兵器の使用に向かう動きを掴んだとされる。米国はロシアに対する直接的な警告に加え、中国とインドに働きかけて核使用の制止で共同歩調を求めた。中印はこれに応じた可能性が高いが、その動機はどこにあったのか。「核のタブー」が現実の核使用を防ぐ機能の観点から考える。

 2022年2月に勃発し、3年以上が過ぎたロシア・ウクライナ戦争であるが、2022年秋に核を巡る危機があった1。ウクライナの反攻が効を奏していた際、米国の情報機関はロシアが戦局を打開するために、核兵器の使用について内部で議論する会話が行われたことを傍受した。CIA(米中央情報局)は、ウクライナの反攻の進展によっては、核の使用の可能性は50%以上に上がる可能性があると警告を発した2。ジョー・バイデン大統領(以下、米側の肩書は当時)は、支持者に対して、「キューバ・ミサイル危機以来初めて、われわれは事態の展開次第で核兵器が使用されかねない直接の脅威に直面している」と語った3

 米国は核危機を避けるために、さまざまな手を打った。ジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官、ロイド・オースティン国防長官、ウィリアム・バーンズCIA長官などがロシアに警告を伝えた。ロシアが核を使用すれば、「米側がウクライナと自らに課してきた制限や規制が再考される」4、「ロシアにとって明白な帰結がある」5、「米側はウクライナにおけるロシア軍を破壊する」6

 こうしたロシアに対する直接のメッセージと共に、アントニー・ブリンケン国務長官は、中国とインドを関与させようとした。ウクライナ侵攻後もロシアとの緊密な関係を維持している両国から、ウクライナにおいて核兵器は決して使用されてはならないとロシアに伝えてもらうことが目的であった。「こうした外交は事態への対処において極めて重要であった」とブリンケンは後に述べた7。ロシアには友人が多くない。核に手を伸ばそうとすれば、中国もインドもロシアから距離をとろうとするに違いない、そうした計算であった。

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
北野充(きたのみつる) 1957年生まれ。東京大学文学部社会学科卒。ジュネーブ大学(国際問題高等研究所)修士。一般財団法人 自治体国際化協会 参与。外務省において軍縮不拡散・科学部長、在ウィーン国際機関日本政府代表部大使、駐アイルランド大使を務める。著書に『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、2007年、共編著)、『ビジネスパーソンのためのツイッター時代の個人「発信」力』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2010年)、『パブリック・ディプロマシー戦略―イメージを争う国家間ゲームにいかに勝利するか』(PHP研究所、2014年、共編著)、『核拡散防止の比較政治―核保有に至った国、断念した国』(ミネルヴァ書房、2016年)、『アイルランド現代史―独立と紛争、そしてリベラルな富裕国へ』(中公新書、2022年)など。
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