韓国大統領選、保守派与党を悩ます「極右」からの抗い難い誘惑

執筆者:澤田克己 2025年4月24日
エリア: アジア
非常戒厳を正当とする過激な人々は一部に過ぎない。しかし与党党員にはかなりの数が含まれる[尹前大統領支持者の集会=2025年4月19日、韓国・ソウル](C)EPA=時事
昨年12月3日の非常戒厳で急落した保守派与党「国民の力」の支持率は、不思議なことにすぐさま回復した。直近でも両党の支持は拮抗している。逆ばねの背景には野党「共に民主党」李在明氏に対する保守層の拒否感情が大きいが、それは与党党内世論が過激に傾く危険と一体だ。極右に迎合して中間層の支持を失った2018年統一地方選、2020年総選挙の惨敗が再現されることを警戒し、「国民の力」内部からは「尹錫悦を切り捨てよ」との声も上がっている。

「非常戒厳」を出したことで国会に弾劾訴追され、憲法裁判所の審理で罷免が決まった韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の後任を選ぶ選挙が6月3日に実施される。尹政権と激しく対立してきた進歩派の第一野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)前代表が最有力候補で、李氏に保守派与党「国民の力」の候補が挑む構図だ。尹氏の罷免で打撃を受けた保守派に勝ち目はあるのだろうか。

ダブルスコアから急回復を見せた与党支持率

 日本で強い関心を持たれるのは、対日政策がどうなるかだ。進歩派の文在寅(ムン・ジェイン)政権下で「最悪」とまで評された日韓関係が、尹政権の下で急速に改善されたからだ。尹氏の強引な政治スタイルは日韓関係で成果を挙げたのだが、一方で内政では野党との対立激化というマイナス面が目立った。それによって、既に深刻だった韓国社会の分断状況はさらに悪化した。そうした尹氏の手法が国民に嫌われた結果、昨年4月の総選挙で国民の力は惨敗し、追い込まれた尹氏は時代錯誤の「非常戒厳」という禁じ手に走って自滅した。

 非常戒厳の翌週に実施された韓国ギャラップの世論調査では、大統領弾劾への賛成が75%、非常戒厳を内乱だと見る人が71%に上った。戒厳令が乱発された軍事政権時代を記憶する韓国の人々は大きなショックを受けており、昨年末にソウルで会った尹政権の元閣僚は「信じがたい行動で、全く理解できない」と嘆いていた。それまで拮抗していた与野党支持の構図も激変し、政党支持率は国民の力24%、共に民主党48%というダブルスコアになった。

 ところが年末年始を境に与党支持率は急速に回復し、共に民主党と再び競り合うようになった。韓国ギャラップは毎週の世論調査結果を月ごとに再集計して月末に公表するのだが、今年1月の支持率は国民の力と共に民主党が37%と同率だ。非常戒厳直前の昨年11月が国民の力29%、共に民主党34%なので、与党の復調ぶりは際立っていた。

 時を同じくして、尹氏を支持する弾劾反対派の大規模集会が注目され始めた。ソウル都心の光化門広場と国会前の2カ所で毎週末に数万人が集まり、弾劾棄却を求めて気勢を上げた。保守派の集会参加者はそれまで高齢者ばかりだったのだが、この時は若者たちの姿も見られた。これに勇気づけられたのだろう。尹氏は、1月に身柄拘束された際に出したメッセージで「青年たちが自由民主主義の大切さを本当に再認識し、これに対する熱情を見せてくれた」と述べた。

 保守派の動きは、8年前に当時の大統領だった朴槿恵(パク・クネ)氏が弾劾訴追された時と好対照だった。当時の与党は弾劾賛成派が集団離党する形で分裂し、朴氏の罷免を受けた大統領選にそれぞれが候補を立てて敗北した。保守派と進歩派が拮抗する韓国の大統領選で、分裂した方が負けるのは当然だ。だから今回、「分裂だけは避けなければいけない」という一点については与党内から異論が出なかった。

李在明氏への拒否感情を生む「クラス(階級)」意識

 ただし、与党の復調が自力で成し遂げられたとは言えない。

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
澤田克己(さわだかつみ) 毎日新聞論説委員 1967年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。論説委員を経て2018年から外信部長。20年から再び論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)『新版 北朝鮮入門』(共著、東洋経済新報社)など多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f