やっぱり残るは食欲

いちご配達

執筆者:阿川佐和子 2025年5月6日
タグ: 日本
いちごは送る人も送られる人もシアワセにする(写真はイメージです)

 栃木県にあるハート&ベリーといういちご農園を訪れた。

 オーナーの野口圭吾さんは小さい頃から農業に憧れて、農業大学を卒業したのち、いったんはサラリーマンになるが、昔の夢を諦め切れず、三十六歳にして会社を早期退職し、農業へ転向したという。

 当然のことながら、家族の反対に遭ったり、収入が激減したり、新参者として業界の洗礼を浴びたりと、幾多の労苦を乗り越えて、二十六年後の今や、二十八棟のハウスを所有し、一流レストランやホテルから直接注文を受けるほどの立派ないちご生産者となられた。

 そんな経歴の持ち主である野口さんに、まずはいちごハウスを案内していただいた。奥行き五十メートルはあろうかと思われる大きな温室内に、いちご棚が縦十列ほど並んでいた。棚の高さは台所のシンクと同じぐらい。このベンチ農法を選んだのは、「地面に植えるといちいち腰を曲げて作業を行わなければならないが、この高さの棚にすると腰への負担がほとんどないので」という理由らしい。野口さんご自身が考案したものではないにしろ、こういう小さな工夫が農作業にはどれほど大切かがわかる。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』、『レシピの役には立ちません』(ともに新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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