軍需は民需を圧迫する 防衛予算6000億ユーロ投入が起爆剤にならないドイツ経済の憂鬱

執筆者:土田陽介 2026年3月30日
タグ: ドイツ
エリア: ヨーロッパ
メルツ首相は、ドイツの脱原発はすでに“回帰不能点”にあるとしている[欧州理事会の会合を終えたメルツ首相=2026年3月19日、ドイツ・ベルリン](C) EPA=時事
政府も積極的に予算を投下するドイツの防衛産業だが、公需としての色が強い軍需が膨らむほど、民需を圧迫する力学は強まる。軍需の景気牽引力が長持ちしないのは、経済成長が鈍化するロシアも直面する現実だ。それよりもドイツが目を向けるべき課題は、脱原発・脱炭素・脱ロシアの“三兎を追う”エネルギー政策の見直しと、かつてのドイツ製造業の両翼、自動車工業と化学工業の立て直しだろう。

ドイツで強まるクラウディングアウトの圧力

 3月17日付の米ブルームバーグは、ドイツ政府が6000億ユーロ(約110兆円)の防衛予算を投じるため、ドイツの景気回復に弾みがつく可能性があると報じた。またブルームバーグは、2028年までに防衛産業が経済成長率を0.5%押し上げるとの、スイスの有力銀行UBSのアナリスト、フェリックス・ヒューフナー氏の見方を紹介した。

 確かに、ドイツでは多くの防衛関連企業が政府からの受注を増やしており、業績が改善している。代表的な企業はラインメタルだ。2025年の売上高は前年比3割増の99億ユーロに達し、営業利益も18.4億ユーロと前年から4.5億ユーロ増加した。こうした好調な業績を反映し、同社の株価は2025年の年明け以降、約2.5倍に上昇している(図表1)。

図表1    ラインメタルの株価
(出所)フランクフルト証券取引所

 とはいえ、日本が実感しているように、企業が利益を稼いだからといって、景気は必ずしも良くなるわけではない。企業の業績が改善したところで、その所得が国民に配分されるとは限らないためだ。現に、ラインメタルが生産を強化しているのは、ドイツ国内の工場というよりも、ウクライナやウクライナに近い中東欧の国々の工場だ。

 それ以上に問題なのが、軍需向けのモノやサービスの生産が、民需向けのモノやサービスの生産を圧迫するクラウディングアウトが生じることである。ヒト・モノ・カネといった生産要素は有限だ。そもそも公需向けのモノやサービスの生産を優先すれば、民需向けのモノやサービスの生産に割り当てるヒト・モノ・カネの量は減るが、とりわけ軍需はその効果が強いことで知られる。

 生産が後回しにされた民需向けのモノやサービスの価格は上昇するから、それが消費を下押しする。つまり、軍需は民需を圧迫するのである。実際、ラインメタルは民生品部門を売却し、軍事品部門へ生産資源を集中する方針を示している。民生品部門を抱える余裕をなくしたためだが、軍需が膨らめば膨らむほど、こうした力学は強くなる。

軍需ケインズ効果を使い果たしたロシア

 歴史的に、旺盛な軍需が景気の加速につながるのは、せいぜい1-2年のことだ。この間は、膨張した軍需の牽引力が圧迫された民需の抑止力を上回る。いわゆる軍事ケインズ効果だが、その牽引力が徐々に弱まり、抑止力を打ち消すことができなくなってしまう。そして、景気停滞と物価高進が併存する軍事スタグフレーションに、経済は陥るのだ。

 ロシアが現在、まさにこうした状況に直面している。ウクライナ侵攻後、主要国からの経済・金融制裁を科されたロシアの景気は腰折れした。一方、軍需が急激に膨張したことで景気は急回復し、2023年と2024年は4%以上の経済成長を実現した。しかし軍事ケインズ効果の一服を受けた2025年以降、成長は1%台まで失速している。

 もちろん、これは程度の問題である。実際に戦時経済に突入しているロシアと、まだ平時経済であるドイツにおいて、軍需向けのモノやサービスの生産が持つクラウディングアウト効果の強さは異なる。裏を返せば、戦火を交えてない以上、ドイツに生じる軍事ケインズ効果も限定的となる。要するに、期待が先行し過ぎているのである。

 そもそも、基本的に平時経済であるドイツにおいて、戦時経済を念頭に置く動きは漸進的・段階的にしか進まない。防衛体制の充実は、いわば中長期的な課題だ。一方、ドイツが今、短期的に改善しなければならない課題は、経済活動の“血液”であるエネルギーの問題である。そもそもこの問題の改善なしに、防衛体制の充実は図れない。

 イラン情勢が緊迫化する前から、ドイツのエネルギー政策は破綻していた。

カテゴリ: 経済・ビジネス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
土田陽介(つちだようすけ) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員。1981年生まれ。一橋大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学(経済学修士)。欧州およびその周辺諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。著書に『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)、『ドル化とは何か 日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)、『「稼ぐ小国」の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること』(共著、光文社新書)など。
新潮Xへの統合について
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top