次期中国トップの習近平という人物

執筆者:野嶋剛 2010年11月1日

先頃、中国の次期指導者に習近平・国家副主席が就任することが確実になりました。五中全会で党中央軍事委員会副主席に選ばれたからです。日本や各国のメディアはこぞって習近平の人となりを紹介する記事を掲載しましたが、残念ながら、その内容は似たり寄ったりで、「忍耐強い人物」「協調を重んじる性格」など、あまり参考にならない印象情報が目立ちました。

それは、習近平という人物について、まだほとんど情報らしい情報が流れていないことに起因しています。若い頃、文革で父親があ紅衛兵に打倒され、自らも陝西省の農村に下放されて穴ぐらで暮らていた、という話はありましたが、党の幹部として福建省、浙江省、上海市などでトップを歴任したときに、どのような実績を残したのか、部下や周囲にどんな人間性を見せたのかという情報がないのです。よく言えば、大過なくそつなく仕事をこなした、悪く言えば、中国語の「馬馬虎虎(マーマーフーフ)」、つまり、てきとうにそこそこの仕事ぶりだった、ということなのでしょうか。
 
習近平が中国のトップになることを予想していた人は、2008年に「二階級特進」で政治局常務委員になる前は、ほとんどいなかったはずです。習近平がどのような政治手腕を使って、胡錦濤のまな弟子で後継者一番手と言われた李克強を出し抜いたのか。共産党青年団と上海閥、太子党などの政治利益集団の間でどのような権力闘争があり、妥協があり、現在も暗闘が続いているのか。権力掌握の核心が明らかになっていないので、習近平の人物論にもいまいち迫力が出ないのでしょう。
 
これは日本人だけの問題ではなく、いろいろな中国人に聞いても、習近平に対する印象は本当に薄くて、美人で元歌手を嫁さんにもらっていることぐらいです。私ももちろん同様です。習近平は恐らく非常に用心深い人間で、トップに就くまでは一切、余計な情報をさらさないことを第一に心がけていたのでしょう。その意味では油断できない人物かも知れません。
 
そんな習近平が、一度、ちょっとだけ素顔をのぞかせたことがありました。2009年に訪問したメキシコで現地華僑と会ったときのことです。習近平はこんなことを言いました。
「腹いっぱいになって、やることがない外国人が、中国のことをあれこれとあげつらっている。中国は第一に革命を輸出しない、第二に貧困や飢餓を輸出しない、第三に彼ら(外国)をいじめない。これ以上何を言うことがあろうか」
 
どこか古い中国共産党指導者の言い回しという印象です。胡錦濤、温家宝の口からは出てきそうにない言葉です。保守派長老に受けがいい、というのもうなずけます。このあたりから、習近平の素顔が見えてくるような気がします。
                             (野嶋剛)
 
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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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