「もし私が若ければ……」という台詞は随分聞いた。老齢化による当事者能力の喪失は誰にも到来する。逃げなのか、それとも歴史に対する責任感から将来世代へのはなむけとしてなのか。老人の同じ一言でもその間には大きな隔絶がある。 米ボストン郊外の老人施設にマサチューセッツ工科大学の教授だったチャールズ・キンドルバーガーを訪れたのは二〇〇二年秋のことだ。小奇麗な施設だったが、老人だけが住人の集合住宅施設には、やはり無関心を装った彼らの視線があった。「気付きましたか。カードゲームに打ち興ずるようにしているが、彼らは私の訪問客に合点がいかないのです」。現役を退いた人々にとって、取材依頼が相次ぐ人物が同一の住処の中に存在すること自体が面白くないのだと老碩学はほほえんだ。新しい発見をした少年のようなくりくりしたまなざしが印象的だった。
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