水島廣雄という男の軌跡を追いながら、私は昭和二十年代から三十年代に大ヒットした「七つの顔をもつ男」というシリーズの映画を思い出した。 主演の片岡千恵蔵が演じるのは、私立探偵・多羅尾伴内。「ある時は片目の運転手、そしてある時はインドの魔術師、しかしてその実体は……」。洋装には不釣り合いな体型をダブルの背広とソフトハットでつつみ、時代劇の大御所にして大スターが見得を切る荒唐無稽さとミスマッチの妙。この映画は、GHQ(連合軍総司令部)がチャンバラ映画を禁止するという事態を受けてプロデューサーたちが苦肉の策で生み出した「異形の空間」だった。

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