行き先のない旅 (24)

国家アイデンティティと「ヨーロッパ人」という意識

 先日、フィナンシャルタイムズ紙に、「英国人らしさというのは、いまや何を指すのだろう」と問題提起した英国人コラムニストの記事があった。伝統的ないでたちの英国人紳士も、今どき少ない。かといってベッカムが英国の象徴というわけでもない。食の世界では、インド料理がもはや英国の売り物だ。 ブリュッセルとパリを一時間半で結ぶ特急の中で、この記事を読みながら、こうしたアイデンティティを正面きって模索できる「余裕」こそ、何よりイギリスらしい気がした。通貨もポンドのまま、言語も大陸と異なる。どんなに「国際的」な視野を持つ英国人でも、ポンドがユーロになるのは嫌だという。ポンドに対する感情は一種の信仰に近い。しかも、日本と同様、島国の大国という地理的な条件は、隣国で吹く風がどうあろうとも、直接にそのさざなみの影響を受けないで済む。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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