Bookworm (10)

塩野七生『ギリシア人の物語Ⅲ 新しき力』
評者:東えりか(書評家)

2018年2月25日
タグ: インド 日本
エリア: アジア

塩野七生「歴史エッセイ」
最終巻、堂々の完結

しおの・ななみ 1937年生まれ。68年に『ルネサンスの女たち』を発表。2006年に『ローマ人の物語』全15巻を完結。17年に『ギリシア人の物語』全3巻を完結。

 『ギリシア人の物語』が完結した。累計2000万部という『ローマ人の物語』の後、塩野七生は「ギリシア・ローマ時代」のもう一方、古代ギリシアの歴史を書き始めた。それはローマ時代の遥か昔に起こった民主政治のはじまりから若き英雄、アレクサンドロスの人生の終焉までの行跡をたどる旅であった。塩野は50年間書き続けてきた「調べて、考えて、歴史を再構築する作品」である歴史エッセイの最終巻だと宣言している。
 Ⅰ、Ⅱではペルシア帝国に抵抗し勝利をあげたアテネの民主政のはじまり、繁栄を遂げパルテノン神殿をアクロポリスの丘に建設して市民を熱狂させるまでの成熟、その後の衆愚政治による衰退が描かれた。
 掉尾を飾る本書の第1部のタイトルは「都市国家ギリシアの終焉」。アテネがスパルタに全面降伏したペロポネソス戦役からマケドニアが台頭するまでの重苦しい時代が描かれる。アテネの経済が衰退し人材は流出、果てはギリシアの都市国家が二手に分かれて戦い、ギリシアには「誰もいなくなった」。
 あんなにバイタリティ溢れたアテネをはじめとしたギリシア人はこれで終わってしまうのか、という暗く苦い味は、実は豪華なディナーのアペリティフであったのだ。
 オリンポス山北側の辺境、野蛮な国とみなされていたマケドニアから立って、ギリシアの覇者となった父王フィリッポスの跡を継ぎ、アレクサンドロスはペルシア帝国への進攻とその征服に乗り出す。
 東征に発つ前、師であるアリストテレスから若さへの危惧を口にされると「若いからこそ充分にある、瞬時に対応する能力は衰える」と答えたアレクサンドロスはこの時21歳。ともに旅立つのは、幼いころから影のように寄り添う親友ヘーファイスティオンと12歳の時に父王から与えられた怪馬「ブケファロス」(牛の頭)、そして「スパルタ教育」を一緒に受けた幼馴染の戦士たちだ。
 塩野七生はここから十年余に及ぶ東征をアレクサンドロスの年齢1歳ごとに詳述し、ぺルシア帝国を征服したことになるインドでの勝利まで一気呵成に書ききった。2300年前の勇猛果敢な知将、若き大王はこの作家をここまで魅了したのだ。
 塩野七生作品を俯瞰できる巻末の年表を見ると映画の「スター・ウォーズ」のように、エピソードごとに読み返したくなる誘惑に駆られる。「作家生命の終わり」などとおっしゃらずに、私たちに「読む楽しみ」を与え続けてほしいと熱望する。

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