灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(7)

執筆者:佐野美和 2018年9月6日
タグ: イギリス 日本
エリア: アジア
まだ髷を結っていた頃の藤原あき。正確な撮影年は不詳。この後、あきは波瀾万丈の人生を送ることになる(自伝『雨だれのうた』(酣燈社)より)

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「サラリーマンの大恩人」「ホワイトカラーの元祖」とも言われた藤原あきの父・中上川彦次郎。彼の人生で最後の仕事となる三井銀行のトップとしての実績がのちにそう言わせることとなる。

 今、日本人の働き方の中では、正規雇用の会社員「サラリーマン」と呼ばれる人たちがもっとも多く占めているが、150年以上前、明治維新前の日本では「士農工商」という身分の違いや「工商」の種類は数多あったが、「会社員」という職制はむろん、「会社」という概念自体がまだない。幕末、坂本龍馬が長崎で立ち上げた「亀山社中」(後の海援隊)がその形態、精神から日本最初の「株式会社(カンパニー)」と目されていることは広く知られている。

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執筆者プロフィール
佐野美和(さのみわ) 政治キャスター。東京都八王子市出身。株式会社チェリーブロッサムインターナショナル代表取締役。大学在学中、フジテレビの深夜番組として知られる『オールナイトフジ』のレギュラーメンバー「オールナイターズ」の一員として活躍した。1992年度ミス日本に選ばれる。TBSラジオのパーソナリティ、TBSラジオショッピングの放送作家を経て、1995年から2001年まで八王子市議会議員として活動。以後はタレントとしてテレビ出演のほか、講演会も精力的に行う。政治キャスターとしてこれまで600人以上の国会議員にインタビューしている。主な書籍に『アタシ出るんです!』(KSS出版)、『あきれたふざけた地方議員にダマされない!』(牧野出版)などがある。
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