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Bookworm(54)

高山羽根子『居た場所』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

たかやま・はねこ 1975年富山県生まれ。2010年、「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作を受賞。著書に『オブジェクタム』など。

純文学かSFかミステリか
読む角度で見え方が変わる傑作

 表題作「居た場所」は1月の芥川賞で惜しくも選に洩れた中編。話題作みたいだし、短くてすぐ読めそうだからと手にとった人は、ちょっと戸惑うかもしれない。確かに面白かったけど、これ、どういう話なの?
 とはいえ、べつに難解な小説ではない。家族で小さな造り酒屋を営む“私”は、介護の実技実習留学生としてこの町に来た小翠(シァオツイ)と結婚。小柄だが働き者でよく気がつく彼女は、私の亡き母にも気に入られ、〈母が作るいまいちな味つけの煮物も、彼女はそっくりにいまいちな味に作ったし、母の真似ごとみたいにして、買い過ぎた食材をよく腐らせた〉。
 この愛すべき妻が、ある日、「初めてのひとりで暮らした場所に、もう一度、行きたい」と言い出す。小翠は小柄な人ばかりが暮らす小さな島で生まれ育ったあと、1人で島を出て、大きな港町に引っ越し、市場のそばに下宿していたという。ところが、ネットの地図で見てもなぜかそのあたりは空白で、ストリートビューにも映らない。私は妻と一緒に、彼女が“居た場所”を確かめる旅に出る……。
 物語のメインはこの小旅行だが、その合間に小翠が語る奇妙な思い出話が挿入される。いわく、小学生の頃、校庭で貴重な遺跡が見つかり、学校が封鎖された。夜中、友だちとその発掘現場に忍び込んだ小翠は、壺を1つ盗んで帰る。島にはタッタというイタチに似た小動物がいて島民のご馳走になっているが、割れた壺の1つから洩れた液体にタッタが群がり、夢中で舐めているのを目撃したからである。それなら人間が舐めても大丈夫。そう思って壺の液体を舐めた子どもたちは、就寝中に黄緑色の汁が耳から大量に出てくる怪現象に見舞われたという。
 小翠と赴いた港町で博物館を訪ねた私は、件の遺跡が、島から突然いなくなった“消えた入植者”のものと考えられていることを知る……。
 こうした断片がどんな像を結ぶのか、いくつもヒントはあるが(冒頭の微生物の話とか)、明快な答えは与えられない。もどかしく思う人もいるだろうが、作中で語られないことを想像して、読者が自分なりのストーリーを紡げるのが高山作品の魅力。それが面倒な人は、ちょっと変わった夫婦の小旅行の話として読んでも、異国情緒と不穏な気配が楽しめる。純文学なのかSFなのかホラーなのかミステリなのか、読む角度によって見え方が変わる、プリズムのような傑作だ。併録の「蝦蟇雨(がまだれ)」「リアリティ・ショウ」も楽しい。

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