現場で見えてきた「ネットスーパー」の可能性と課題

執筆者:大西康之 2019年8月29日
タグ: 人手不足 日本
エリア: 北米 アジア
千葉県柏市にある「楽天西友ネットスーパー」専用の配送センター(筆者提供、以下同)

 

 「アマゾン・ドット・コム」に追い詰められていた米国の老舗スーパー「ウォルマート」の逆襲が始まった。2019年第2四半期(5月-7月)の総売上高は前年同期比で1.8%増の1304億ドル。株式時価総額の世界ランキングも7月末時点で13位に浮上した。ネットで売って店舗から届ける(または店舗で渡す)「ネットスーパー」を含むネットの売上高が37%増と急成長している。

 アマゾンも展開を急ぐネットスーパーとはどんな業態なのか。ウォルマート傘下の「西友」が日本で展開するネットスーパーの舞台裏を取材した。

「早ければ即日、遅くとも翌日」

 ネットスーパーを利用したことのない人のために使い方を簡単に説明しよう。西友は日本でIT大手の「楽天」と組み、「楽天西友ネットスーパー」を展開している。スマホかパソコンで「楽天西友ネットスーパー」を検索してサイトに行く。「楽天市場」の利用者なら、画面のデザインや使い勝手は楽天市場と同じなので馴染みがあるはずだ。まずそこで、自分の住んでいる場所が配送可能エリアかどうかを確認する。関東(東京、神奈川、千葉、埼玉)を含む17都道府県の主要地域がカバーされている。

 自宅が配送エリアに入っていたら、会員登録(楽天IDを取得する必要あり)し、商品を選んだら配送日時を指定する。注文する時間とエリアによっては即日、通常は翌日から3日間の朝10時から夜10時まで2時間毎の枠を指定できる。週末など人気の時間帯は枠が埋まってしまうこともあるので注意が必要だ。配送料は324円だが、5000円~6000円分(日時や地域によって異なる)買うと無料。指定した時間に不在で再配達になると、別途配送料がかかる。

 売っている商品の価格は西友のリアル店舗に並んでいる製品と同程度、たとえば1リットルの牛乳が税込200円程度だ。配送料が気になるが、配送料が無料になる量をまとめ買いすれば「家まで届けてくれる分だけお得」ということになる。

 やはり気になるのは「早ければ即日、遅くとも翌日配達」を可能にしている、その舞台裏である。取材したのは2018年10月にグランドオープンした千葉県柏市のネットスーパー専用配送センター。常磐自動車道柏インターを降りてすぐの場所にあり、国道16号線にも面していて、首都圏へのアクセスは抜群だ。

世界で最も厳しい「ウォルマート・ルール」

西友のリアル店舗の90%の商品をカバーするだけに、その倉庫は巨大だ

 東京ドームのグラウンドより広い4276坪の倉庫には肉、野菜、魚の生鮮食品、惣菜、ミネラルウォーターから紙おむつまで、2万種類を超える商品がうずたかく積まれていた。西友のリアル店舗で扱っている商品の90%をカバーするという。

 庫内は原則として常温・冷蔵・冷凍の3温度帯で管理されるが、乳製品は5度、冷蔵すると黒くなるバナナは常温の涼しい場所、菌の種類が異なる鶏、豚、牛はそれぞれが接触しない場所に置かれるなど、きめ細かい配慮がなされている。

 「世界で最も厳しいと言われる『ウォルマート・ルール』に準拠して管理しています」

 楽天西友ネットスーパーSCM部の尾崎昌和グループリーダーはそう説明する。様々な国や地域で生鮮食品を扱うウォルマートは、最も環境が厳しい地域に合わせて世界共通のマニュアルを運用しており、ネットスーパーも例外ではない。たとえば冷凍、冷蔵食品を運ぶトラックは庫内を十分に冷やしてから荷揚げ場に接車する。商品を温めないためと庫内の温度上昇を防ぐためだ。

 リアル店舗の倉庫は移動による温度変化を減らすため入口の近くに鮮魚を置いていたりするが、ネットスーパーの倉庫は「ピックのしやすさが最優先」と、楽天西友ネットスーパー、SMC部デポ・配送オペレーショングループの伊藤田浩由グループリーダーは言う。

 「季節で言えば冬は鍋つゆ、夏はアイスクリームが前にくる。どの時間にどの商品が何個出荷されたかのデータを常に検証し、頻度の高い商品を常にピックしやすいよう、前に配置しています」

 かつてネットで注文を受けてリアル店舗から配送していた頃は、3日前に注文してもらわないと配達できなかったが、専用の配送センターができ、データ分析で出荷効率が上がった結果、「早ければ当日、遅くても翌日の指定時間」に届けられるようになった。

 弱点は「川の向こう側」。多摩川や利根川といった大きな川を渡る橋は、時間帯によって大渋滞が発生するため指定された時間に届けるのが難しい。こうした地域は配送の「エリア外」になることが多い。あらゆる地域で使える「ユニバーサルサービス」になるには、この配送時間、エリアの問題をどうクリアしていくかが今後の課題にもなるだろう。

配送デポの様子。このワンボックス車で玄関先まで届けられる

 注文された商品はこの配送センターから、周囲に複数ある配送デポに送られ、そこで小型のワンボックス車に積み替えて客の玄関まで届けられる。

 最寄りのデポを訪れると、配送センターから運び込まれた商品を配送先毎に仕分けしてワンボックス車に積み込んでいるところだった。ドライバーがスマホで商品のバーコードを読み込むと、配送ルートを示す地図が表示される。

 「ナビだけじゃなくて、バーコードを読み込んだ瞬間にお客さんのスマホにも『これからお届けにあがります』のメッセージが出る機能を開発中です」

 ミネラルウォーターの入った段ボール箱を積み込みながら、ドライバーが教えてくれた。2時間枠の配達時間を自分で指定していることと、再配達に別料金がかかることから、不在の比率は楽天市場など通常のネット・ショッピングの10分の1程度に留まるという。

 「この家は玄関から入らず、裏口から」

 「ここは家の前に車を停めてはダメ」

 「二世帯住宅で入口は右側」

 1度配達して顧客から得たこうした情報も、専用アプリで引き継ぎされる。

 顧客にすれば、ドライバーが変わっても「楽天西友ネットスーパーで買っている」意識は変わらない。だからこそ、「この前も言ったでしょ」というクレームを減らすためには、引き継ぎが欠かせない。 

 配送ルートもアプリが自動で最短経路を割り出すが、ベテラン・ドライバーの中には「この時間はあそこの踏切が混むから、回り込んだ方が早い」と、経験則でルートを変える人もいる。こうした場合も「コンピュータの推奨ルート」と「ベテランの勘」で、どちらが早かったかをデータで検証し、アプリの改善を続けている。常に進化中、と言ったところだ。

どこまでリアル店舗に迫れるか

 楽天西友ネットスーパーの強みは西友の仕入れ力と、ウォルマートのオペレーション力、そこに楽天のIT技術が加わっている点である。3社の経験が融合し実用性の高いサービスに仕上がっている。買い物の時間がない共働き世帯や、スマホの壁を乗り越える必要はあるものの、自力でリアル店舗まで行って重い荷物を持ち帰ることが困難な高齢者のニーズは高いだろう。逆に言えば、「スマホの壁」をいかに低くできるかが、超高齢化社会に向けて大きな課題になるのではないか。

 アマゾン・ドット・コムのネットスーパー「アマゾン・フレッシュ」も、鮮魚の仕入れで「北辰水産」、精肉の仕入れで「JA全農ミートフーズ」と組み、リアル店舗の経験を取り込もうとしている。日本におけるネットスーパーは、品揃えや鮮度でどこまでリアル店舗に迫れるかも普及の鍵を握りそうだ。

 一方、ウォルマートのお膝元である米国のネットスーパーは、日本とかなり状況が違う。車社会の米国でネットスーパーと言えば、前の日に自宅から、または当日、職場からスマホで注文し、仕事帰りにリアル店舗に立ち寄って、品物をピックアップするスタイルが主流なのだ。

 このためウォルマートは、2018年3月時点で全米に約1200拠点あったピックアップ対応店舗を、一挙に1000店舗以上増やして約2700店舗にした。と言ってもわざわざ拠点を新設する必要はなく、全米に5362カ所(2019年4月時点)あるリアル店舗を改装するだけで良かった。全米に張り巡らせた巨大なリアルの物流ネットワーク。これがウォルマートの最大の強みである。

 2018年7月には、「グーグル」の親会社「アルファベット」傘下の自動運転車開発企業「ウェイモ」と提携した。自動運転車に乗って最寄りのウォルマート店舗に行き、事前にネットで注文した生鮮食料品をピックアップできるサービスの実用化を目指している。これなら高齢者、障害者のニーズにも応えられるかもしれない。

 ただ、規制の多い日本では自動運転の実用化に時間がかかり、人手不足の中でドライバーの確保が難しいため、配送エリアの拡大は緩やかにしか進まないかもしれない。しかし、コンビニエンスストアが登場した時には「スーパーより割高で客が寄り付かない」と言われ、楽天市場やアマゾン・ドット・コムがインターネット・ショッピングを始めた時も、「現物に触れられないネットでモノは売れない」と言われた。イノベーションによって、常に従来の常識が覆されてきた。

 米国の都市部では普段の買い物でネットスーパーを使う比率が2割程度にまで達しており、欧州でも1割を超えた。日本はまだ1%に満たないが、成長余地はそれだけ大きいとも言える。

 

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執筆者プロフィール
大西康之(おおにしやすゆき) 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)などがある。
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