【魂となり逢える日まで】シリーズ「東日本大震災」遺族の終わらぬ旅(8)津波から10年目「母と息子」の元へ逝った娘

執筆者:寺島英弥 2020年10月4日
タグ: 日本
エリア: アジア
北上川河口と三陸の海が1つになる追波湾(筆者撮影・以下同)
 

 東北一の大河、北上川は宮城県石巻で海と出合うが、最下流は異なる河口に至る2つの流れに分かれる。

 1つは石巻市中心部を貫流する本来の旧北上川、もう1つは、北の追波湾に流れる新北上川。昔から石巻の街を脅かした大水害を防ぐため、在来の追波川の河道を大開削する流路分割工事が明治から昭和初めまで行われ、雄大な三陸の海に注ぐ、延長9キロの新しい北上川が生まれた。

2011年3月11日、津波にのまれた大室の浜=石巻市北上町十三浜(佐藤清吾さん撮影)

 2011年3月11日の東日本大震災では、波高15メートル前後とされる大津波が追波湾沿岸の集落を尽く呑み込み、さらに新北上川を遡上して4キロ上流にあった大川小学校の児童・教職員84人遭難の悲劇を生んだ。

カテゴリ: 社会
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執筆者プロフィール
寺島英弥 ローカルジャーナリスト、尚絅学院大客員教授。1957年福島県相馬市生れ。早稲田大学法学部卒。『河北新報』で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)などの連載に携わり、東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』『福島第1原発事故7年 避難指示解除後を生きる』(同)。3.11以降、被災地で「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を書き続けた。ホームページ「人と人をつなぐラボ」http://terashimahideya.com/
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