汚染水「海洋放出」政府方針で置き去りにされる「福島・相馬」漁師たちの怒り

執筆者:寺島英弥 2020年11月30日
エリア: アジア
相馬市の松川浦漁港に並んだ沖合底引き船(筆者撮影、以下同)

 

 夏休みの思い出が深い郷里、福島県相馬市の浜を「取材」で訪れるようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災からだ。

東日本大震災の津波で廃墟となった相馬市の漁師町、原釜・尾浜地区=2011年3月25日

 大津波から2週間後、名産の春告げ魚コウナゴの漁を前にして岸壁に打ち上げられた漁船、がれきに埋まる旅館街、漁師町の廃墟を眺め、出会う人に知人の安否を尋ねた。当時編集委員を務めていた『河北新報』には、古里が被災地になった同僚が多く、「取材者であり当事者」との宿命を背負って報道を続ける記者の1人に、筆者もなった。

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執筆者プロフィール
寺島英弥 ローカルジャーナリスト、尚絅学院大客員教授。1957年福島県相馬市生れ。早稲田大学法学部卒。『河北新報』で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)などの連載に携わり、東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』『福島第1原発事故7年 避難指示解除後を生きる』(同)。3.11以降、被災地で「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を書き続けた。ホームページ「人と人をつなぐラボ」http://terashimahideya.com/
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