コロナ禍でインバウンドなしでも勝てる「民泊」のヒミツとは?

執筆者:山口由美 2021年6月19日
タグ: マネジメント
エリア: アジア
筆者は2019年から「ヤマグチハウス アネックス」、「ヴィラ大平荘」(写真)と貸
切一軒家の民泊を立て続けに開業。他の客に気兼ねせずくつろいで過ごせるのが魅力
だ(写真:筆者提供)
コロナ禍は観光業に大打撃をもたらした。好調だったインバウンドもほぼ皆無となった2020年でも、予約が途絶えない一軒家民泊があった。その人気の理由を明かすとともに、ポスト・コロナの観光業のカギを握るキーワード「リモートホスピタリティ」を提唱する。

観光業におけるウィズコロナの挑戦

 コロナ禍において最も打撃を受けた産業のひとつが観光業だろう。相次ぐ緊急事態宣言に加え、昨年のGoToトラベルは需要喚起の追い風であったと同時に観光業者を翻弄もした。

 だが、1年以上たってみると、コロナ禍にあっても壊滅的な打撃を受けているところと、そうでないところに二分されているように思う。しかもそれは、必ずしも地域による差ではなく、同じ観光地であっても、閑古鳥が鳴いている宿もあれば、予約がいっぱいの宿もある。こうした格差はもちろん以前からあったが、コロナ禍は、それをよりはっきりと線引きしたようだ。同時にコロナ禍以前に人気があったところでも生き残っているところとそうでないところがある。何が明暗を分けているのだろうか。

 長年観光にまつわるテーマを取材してきた私は、2019年夏、たまたま箱根の実家を改装して民泊を開業した。その結果、インバウンドが活況を呈していたコロナ禍以前から現在に至る、観光業のかつてない盛衰を期せずして2つの視点から見ることになった。すなわち、ジャーナリストとしての視点と、小さな宿泊事業者としての視点である。

 取材活動にも変化があった。年間2、3カ月は出かけていた海外取材に行けなくなり、業界誌で「ウィズコロナの挑戦、ポストコロナの未来」と題した経営トップのインタビュー連載を始めた。観光業の行く末を俯瞰する一方で、民泊の些末な現実に日々直面する。もし私が民泊のオーナーでなかったら、未曾有の危機における観光業の姿を表層的にしか理解できなかったに違いない。

「マイクロツーリズム」へのシフト

 昨年春、最初の緊急事態宣言が発出された頃は、星野リゾートのようなリーディングカンパニーの経営トップでさえ、いったんは思考が止まってしまったと言う。だが、まもなく彼らはウィズコロナの戦略を見出してゆく。

 最初の分かれ目は、いかに早くコロナ禍における自社の立ち位置、経営のロジックを確立したかだろう。感染対策も独自の対策を掲げ、それを可視化したところほど、予約の回復は早かった。

 たとえば、星野リゾートが発信したひとつがメディアでも話題になった「マイクロツーリズム」だ。長距離移動の自粛が求められるなか、ならば地元の人たちに観光に来てもらおうという発想である。実際、コロナ禍の観光業においては、星野リゾートに限らず、全世界的に地元客をターゲットにせざるを得ない状況があった。

 だが、すべての宿泊施設に地元客が来る訳ではなかった。人気が集まったのは、地元の魅力を再構築したり、コロナ禍におけるニーズの掘り起こしをしたりするなど、創意工夫のある宿だった。

 インバウンドから国内客に上手くシフトできたところも、広義の「マイクロツーリズム」に成功した宿と言えるだろう。

 私が開業した民泊もコロナ以前は、7割の宿泊客がインバウンドで、いったんはすべての予約が消滅した。そこで導入したのがバーベキューコンロだった。各地のキャンプ場が閉鎖され、道端でゲリラ的にバーベキューをする人がいるとの報道からのひらめきだった。ほんの小さなことではあったが、明らかにこれをきっかけに再び予約が入り始めた。

バーベキューコンロの導入を機に、コロナ禍でも客足が復調したという(写真:筆者提供)

 私たちの民泊がマンションの一室ではなく、貸切一軒家であったことも大きかったと思う。民泊の予約サイトであるAirbnbでは、コロナ禍で需要が縮小するなかでも一軒家の物件だけは世界的に予約が好調と聞いたのもこの頃のことだ。人と人の接触が危険視されるなか、自分たち以外、誰とも会わない一軒家に人気が集まるのは当然のことかもしれなかった。

 一軒家人気から波及して、コロナ禍においては、小規模な宿に人気が集まっている。貸切でないにせよ、大人数で集まりたくないという心理が働いているのだろう。旅行のスタイルが団体から個人にシフトしていくなかで、小規模でもてなしの行き届いた宿がもてはやされる風潮はこれまでもあったが、コロナ禍は、それをさらに加速させたように思う。

 もうひとつ、注目が高まった観光のスタイルがアウトドアで楽しむキャンプやグランピングである。風通しのいい屋外で、自然と親しみながら過ごすのは、コロナ禍の気分転換にはうってつけだった。小規模な宿へのシフトと同じく、もともとファミリー層を中心に人気が高まっていたところにコロナ禍で拍車がかかった。繁忙期には予約がとれない人気の施設も少なくなかった。

ワーケーションもやればできる

 コロナ禍では、しばしば「不要不急」というキーワードが用いられる。宿泊業に当てはめるならば、レジャー目的の観光旅行のほうがビジネス出張よりはるかに不要不急であろう。だが、実際は、感染状況が少し収まると需要が早く回復するのは観光旅行で、その傾向は世界的に共通している。

 テレワークの普及により、人々は多くの仕事が現地に行かなくても成り立つことを知った。その一方で、気分転換やリフレッシュのための観光旅行は、心身共に健康な生活に不可欠であることに気づかされた。

 さらに、テレワークの普及は、もうひとつ新たな観光のかたちを生み出した。休暇先で仕事もするワーケーションである。

 テレワークもワーケーションも実はコロナ禍で生まれたものではない。通信技術の発達と共にオフィスに出社せずに働くスタイルは、以前から海外では一般的だった。

 海外のリゾートホテルが通信回線の速さをサービスのひとつとして強調するようになったのは10年近く前からだろうか。ホテルに滞在しながら仕事をするスタイルがその頃から普通にあったのだ。

 日本でなかなか定着しなかったのは、仕事を成果だけで評価しない、仕事が休暇と混在することを良しとしない日本の企業風土があったのではないかと思う。

 それを変えたのがコロナ禍であったと星野リゾートの星野佳路氏は言う。

 「企業側がテレワークを良しとした、やってみたら意外にできたわけです」

 スキーフリークで、夏は南半球のニュージーランドで過ごす。言うならばワーケーションの先駆者である彼は、それゆえにワーケーションに対する日本社会の風当たりも熟知している。

ポストコロナの鍵は「リモートホスピタリティ」

 ポストコロナの未来、観光業は変わるのだろうか。それとも単に、コロナ以前の過去が戻ってくるのだろうか。意外に変わらないとする星野氏が唯一変化すると読んでいるのがワーケーションの普及である。

 日本の観光業は、週末やGW、夏休みなどに需要が集中する傾向があった。自由に長い休暇がとれないからである。繁忙期にはどんな宿でも予約が埋まる一方、閑散期にはどこも集客に苦労する。その不均衡を埋めていたのがインバウンドだった。だが、ワーケーションが一般化して、仕事をしながら平日にリゾートに滞在することができれば、こうした需要の偏向も解決する。

 私自身は、ポストコロナの観光業は、ウィズコロナの経験を経て、ワーケーション以外にもゆるやかに変化を遂げると考えている。先にあげた貸切一軒家や小さい宿などプライベートを重んじる宿のかたち、キャンプやグランピングに象徴されるアウトドアで自然と親しむ旅のスタイルなどは今後も定着していくだろう。

 もうひとつ、私自身が民泊を運営して気づいたことがある。民泊新法による家主非居住型民泊であるわが家は、文字通り、家主が現地にいないため、鍵はスマートキー、チェックインはタブレットで行う。ゲストとのやりとりはすべてオンライン、しかも運営代行業者の担当者は台湾在住。それでも、連携が上手くいけばゲストに対してホスピタリティが成立することを発見したのだった。

 それを私は「リモートホスピタリティ」と命名した。

 ザ・ペニンシュラやフォーシーズンズなどの外資系ラグジュアリーホテルで導入されているEコンシェルジュも、リモートホスピタリティの典型だろう。コロナ禍にいかにもふさわしいものだが、宿と離れたところにいる人材を活用できるなど、ほかにもメリットは多い。観光業において、人と人が接するサービスがなくなるとは決して思わない。だが、リモートホスピタリティは、ポストコロナの観光業の未来に新たな可能性を示すのではないだろうか。

カテゴリ: 社会
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執筆者プロフィール
山口由美(やまぐちゆみ) 1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。『アマン伝説 アジアンリゾート誕生秘話』(光文社)、『考える旅人 世界のホテルをめぐって』(産業編集センター)、『昭和の品格 クラシックホテルの秘密』(新潮社)、『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』(光文社)、『箱根富士屋ホテル物語』(小学館)など著書多数。最新刊は『勝てる民泊 ウィズコロナの一軒家宿』(新潮社)。山口さんが経営する民泊の自社サイト→https://hakoneyamaguchihouse.com/
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