コロナパンデミックで露呈した「文官の危機管理能力」不在の日本

執筆者:阿部圭史 2021年8月29日
エリア: アジア
将来の感染症危機に備えるためにも人材育成が急務だ
感染症危機管理とは、国家の事業であり、医療機関などの前線機関の対応だけで成立するものではない。COVID-19パンデミックで示されたのは、脅威への個別対応を総合し、政府の事業として遂行するための「指揮官・参謀」が圧倒的に不足している日本の姿だ。厚労省やWHOなどで感染症危機管理政策に携わってきた筆者は、その任に就く「文官」に必要な5つの能力をあげ、省庁横断的な「人材育成機関」の必要性を説く。
 

極端に少ない「感染症危機管理」人材

 我が国には、感染症危機管理を専門とせんとする道を歩んできた人間が極端に少ない。筆者が知る限り、COVID-19パンデミック前の時点で、片手で数えれば事足りた。その中でも、自然発生的な感染症危機と人為的な感染症危機の両者を包括的に捉えて、生物学的脅威全体に対抗すべく危機管理の道を突き詰めてきた日本人は、ほんの数名しかいなかった。言うなれば、感染症危機管理という分野は、それだけ平時には注目を集めにくいということである。

 しかし、いざ実際にCOVID-19パンデミックのような感染症危機が起こってみると、国家に与える衝撃は甚大であり、社会的要請が大きな分野であることがわかる。

 ここで言う「感染症危機管理」とは、感染症の臨床医学や疫学、ウイルス学などを言っているのではない。これらは、感染症危機管理という営みには非常に重要で欠かすことのできない要素だが、個別機能である。ここで言いたいのは、これら数多の個別機能を駆使しながら、感染症という脅威に対抗するための国家的事業としての「危機管理」という活動についてである。それを専門とせんとして一貫して知識や実務経験を追求してきた者が極端に少なかった。

「感染症危機管理」という活動が何たるかは、軍隊を例に挙げるとわかりやすい。軍事活動は、単に戦車での戦闘やインテリジェンスといった個別機能のことを指しているのではなく、国家が保有する軍事組織を全体として如何に運用して平時の事態準備(プリペアドネス)及び事態対処(レスポンス)を行い、脅威に対抗するのかという意味である。戦車やインテリジェンスだけでは戦争の遂行は不可能であって、それらの個別機能を総合することで初めて脅威に対抗できるのである。

 各種の軍事活動が「武官」の危機管理であるとすれば、軍事以外の政府の事業としての様々な危機管理活動は、「文官(行政官)」の危機管理であると言える。

 それでは、感染症という脅威に対抗するための、「文官」を主体とした危機管理である「感染症危機管理」を遂行するためには、どういった能力が求められるのだろうか。

「感染症危機管理」に求められる5つの能力

感染症危機管理の理論を体系的に記した筆者初の単著

 筆者がこのほど上梓した『感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理』(東洋経済新報社)でも詳細に著しているが、そもそも国家的事業としての危機管理とは、行政のサブスペシャルティである。したがって、政府での行政実務経験は最低限必須であろう。一方で、多くの行政官は、行政一般のプロではあるが、危機管理や、その中でも更に細分化された領域である感染症危機管理について深い知見を有しているとは限らない。

 国家的な危機管理活動としての感染症危機管理を遂行する、責任ある立場にある者(指揮官や主要な参謀)には、どのような素養が求められるのだろうか。

 それは、政府での行政実務経験を基盤として、①国際的能力、②科学的知識、③統治機構の知識、④法律知識、⑤軍事的思考の5要素を有することである。

 なぜならば、感染症危機管理とは、地球上全体に広がる戦域の情勢と自国への波及を常に見極めつつ(①国際的能力)、病原体の性状と動態を把握した上で、現時点において利用可能な「武器」で対抗しつつ、ワクチンや治療薬といった「新兵器」の研究開発を同時に行いながら(②科学的知識)、危機管理組織の機動を操縦し(③統治機構の知識・④法律知識)、統率のとれた事態対処行動を行う(⑤軍事的思考)ことで、国家に対する被害の極小化を図る営みだからである。

 我が国にとっての感染症危機は、外来の脅威であることが常である。感染症危機管理を行うためには、平時から国外に目配りできる①国際的能力が必要であることは当然である。また、危機時に至っても、我が国単独で独自に事態対処行動を取るだけでは感染症危機は収束せず、各国政府やWHO(世界保健機関)等の国際機関との事態対処行動の調整が必要となる。

 したがって、指揮官や参謀が国際的能力を欠いていては、世界の戦線を十分に監視することができず、国家として不十分である。

 続いて、感染症危機管理に、医学や公衆衛生学をはじめとする②科学的知識を必要とすることは、現下のCOVID-19パンデミックの各種事例を見ても自明だろう。例えば、疫学を用いた感染症インテリジェンス、脅威となる病原体のウイルス学に基づく動態分析、各種の臨床医学を用いた医療措置による患者の救命、免疫学や薬学などを基盤とするワクチンの研究開発などが挙げられる。

 また、危機管理においては、「調整」が時に最も重要な要素であると言える場合もある。特に、国家規模の事態対処行動においては、1つの危機管理組織だけで完結するはずもなく、複数の危機管理組織の間で調整を行いながら事態対処行動を取ることがしばしばだ。自身の危機管理組織の機動を操縦するだけでは済まないのである。

 したがって、指揮官や参謀となる者は、全体として円滑な事態対処行動を実施するために、各省庁の構造や政治力学、国会との関係などの③統治機構の知識を有している必要がある。それらについての知見がなく「調整」に窮している時間など、危機時にはない。

 さらに、「武官」の危機管理たる軍事活動には、各種の法的制約がある。憲法に始まり、自衛隊法、事態対処法など、各種の国内ルールに即して活動が行われる。また、国際人道法などの国際ルールもある。「文官」の危機管理活動たる感染症危機管理も同様に、感染症法や新型インフルエンザ等特措法、検疫法、予防接種法といった国内法に加え、国際保健規則(IHR)といった国際法によって制約を受けながら活動を行わねばならない。

 これら、いわば危機管理という戦いのルールとしての④法律知識を有していることは、指揮官や参謀を担うための大前提である。          

 最後に、事態対処行動を実施するためには、それに従事する人間を統率し、危機管理組織として一体的な活動を行う必要がある。そのためには指揮統制という概念が必須だ。

 プロイセンの軍人であるクラウゼヴィッツは戦争の本質に内在するものとして「霧」や「摩擦」の存在を挙げたが、同様に、感染症危機管理にも「霧」と「摩擦」が存在し、それらの克服は困難である。

 不確実性の霧が渦巻き、摩擦という障害を乗り越えねばならない事態対処行動に対して確実性を付与するための行いが、指揮統制である。

「文官」の危機管理においては、指揮統制を確実にするための組織管理ツールとしてインシデント・コマンド・システムが世界のスタンダードとして用いられている。インシデント・コマンド・システムは軍事の参謀組織を基に作られており、その運用にあたっては、指揮一元化や統制範囲といった軍事においても使用される概念を用いることで、効率的な事態対処行動を可能とする。

 このように、感染症危機管理を行うためには、⑤軍事的思考が必要なのである。

科学に偏る「専門家」、機構と法に偏る「文官」

 現在COVID-19パンデミックの事態対処行動に従事する「専門家」と呼ばれる学者や研究者の方々は、基本的には特定の個別領域に関する②科学的知識を豊富に有する方々を中心に構成されていると考えられる。それ以外の要素については、特に③統治機構の知識、④法律知識、⑤軍事的思考が備わっているとは考えにくく、豊富な危機管理の知識・経験を有しているというわけではないだろう(今般のCOVID-19パンデミックで初めて危機管理というものに触れた方もいるかもしれない)。

 一方、現下の事態対処行動に従事している「文官」は、③統治機構の知識と④法律知識について深い知見を有している。しかし、医学や公衆衛生学などの②科学的知識については、有する方もそうでない方もおり、①国際的能力を有する方は多くなく、行政官としてのキャリアの中で何らかの危機管理に関する実戦経験は有するものの、⑤軍事的思考に基づく危機管理の標準的な思考様式を備えている方は少ないのではないだろうか。

 即ち、本来は、国家的事業としての感染症危機管理を遂行するための5要素を備えた人材を重層的に配置して事態対処行動が行われることが理想的だが、如何せん、圧倒的な人材不足である。今まさに眼前で広がるCOVID-19の脅威に対しては、5要素のうちのいくつかの要素を持つ方々が、相互に補完し合いながら事態対処行動に従事し、日々奮闘されていると見ることができる。

危機管理を担う「文官育成機関」の必要性

 現下のCOVID-19への事態対処行動に充てるために、5要素を素養として有する人材を育成することは、時間的に間に合わない。しかし、将来確実に来る次なる感染症危機に効果的に対処できるよう、現在の危機の最中からそのような人材育成計画を策定し、実際に育成を開始することが重要である。 

 5要素を持ち合わせる人材を育成するには、一定の時間がかかる。まずは政府での行政経験を積むことが第一歩だが、平素の行政実務を通じたOJT(On the Job Training)だけでは5要素を涵養するには不十分である。

 それでは、どうするべきか。

 我が国における「文官」の危機管理を率いる指揮官や参謀を育成するための「幹部学校」や「幹部候補生学校」を創設し、危機管理に関する専門的な教育を提供してはどうか。ここで言う「幹部」とは、平時の組織における各省庁の幹部という意味ではなく、危機の際に設置されるインシデント・コマンド・システムにおいて責任ある立場を占める者(危機時の幹部)を養成するという意味である。なぜなら、平時に有用な者と、危機時に有用な者は異なるからだ。

「武官」の危機管理組織たる自衛隊は、専門的な教育訓練が非常に充実している。

 自衛隊の教育訓練体系は、個人を対象に知識・資質の向上を図る「基本教育」と、個人や組織(部隊)を対象に練度向上を図る「練成訓練」の2つに大別され、その中で、自衛隊の活動に必要な基礎知識や装備の近代化に対応した「技術修得」に焦点を当てたものと、「幹部養成」に焦点を当てたものの2つの内容に大まかに分けられるという。

 即ち、教育訓練の種類としては、2×2の組み合わせがある。

 例えば、自衛隊の幹部を担う人材は、まずは「幹部候補生学校」での教育を受ける。その後、初級幹部→中級幹部→上級幹部→高級幹部となる過程で、各段階に応じた指揮官・幕僚としての資質を養成するために、段階別の課程教育が用意されている。特に、上級の指揮官・幕僚を養成するために、指揮幕僚課程や幹部高級課程などを設け、その職業人生において月単位から年単位の教育期間が用意され、それを実行するための「幹部学校」が設置されている。

 このような充実した専門教育を施すことで、初めて国を守れる人材が確保できるのである。

 国家にとっての危機は、軍事だけではない。今般のCOVID-19パンデミックのように、国民に大きな被害を及ぼし、国家を揺るがす脅威は軍事分野以外にも多く存在する。そして、それらのほとんどは「文官」の危機管理組織が対処することになる。したがって、「文官」の危機管理組織だけ専門教育が不要であるということは、理に適わない。そうでなければ、国家としての危機管理のレベルがいつまでも上がらないまま、危機を繰り返すだけの状態に陥ってしまう。危機管理活動の直接的な受益者である国民にとっては、「文官」の危機管理組織にも高いレベルの危機管理活動を期待したいであろう。

 したがって、「文官」に対しても、危機管理活動の指揮官・参謀となる幹部養成のために、省庁横断的な「幹部学校」や「幹部候補生学校」を創設することが1つの解決策になる。「文官」の危機管理に従事するのは、一般的には旧内務省の後継官庁である厚生労働省・総務省・国土交通省・警察庁を中心に、外政面では外務省なども深く関与するため、これら複数省庁の「文官」の一定層に、危機管理の専門教育を施すのである。

 その中で、感染症危機管理については、厚生労働省の「文官」を主な対象として、上記5要素を総合的に涵養するような教育を提供するのが良いだろう。

海外派遣で「実戦経験」を積む 

 危機管理の事態対処行動については、きちんとした基礎教育を受けた上で、実戦を繰り返して経験を積むことが何よりの能力向上になる。しかし、感染症危機管理について言えば、国内に常に感染症危機が存在しているわけではない。一方で、世界のどこかの地域では必ず何らかの感染症危機が存在していることが多い。

 したがって、危機管理を担う「文官」に対する省庁横断的な「幹部学校」や「幹部候補生学校」といった国内での専門教育のみならず、それら文官に海外での実戦経験を定期的に積ませるべく、危機に直面して事態対処行動を行っている他国政府やWHO等の国際機関、国際NGO等に政府として積極的に派遣することが重要である。

 これは傭兵の考え方と似ている。世界を転戦しながら常に実戦に暴露され続けることで、能力を錬磨するのである。それは、我が国の危機管理人材の能力を高めるだけでなく、派遣先の被災国に対する貢献にもなり、二重の意味で価値がある。複数の実戦を経験した者は、実際に我が国で感染症危機が発生した際、必ずや事態対処行動の中心となって活躍するはずだ。

「感染症危機管理」の道を行く者はまだまだ少なく、圧倒的な人材不足である。これまでは、感染症危機管理に関する体系的な教育を受ける機会は存在せず、その道を行く行政官の個人的鍛錬に依拠してきた。しかし、今般のCOVID-19パンデミックの衝撃は、感染症危機管理を含む「文官」の危機管理のあり方と人材育成について、改めて問い直す好機となる。

 

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執筆者プロフィール
阿部圭史 前WHO健康危機管理官、アジア・パシフィック・イニシアティブ客員研究員、医師。専門は国内外の感染症危機管理、国際保健外交。1986年生まれ。北海道大学医学部卒業。ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障専攻)修了。国立国際医療研究センターで初期研修医(脳神経外科専攻)を経たのち、厚生労働省入省。ワクチン政策や診療報酬改定等の内政政策、国連や世界保健機関(WHO)等の国際機関や諸外国との外交政策、国際的に脅威となる感染症に関する危機管理政策に従事。また、WHO本部で感染症危機管理政策、大量破壊兵器に対する公衆衛生危機管理政策、中東・アフリカ地域の脆弱国家における人道危機対応に従事。国連軍縮部生物兵器禁止条約履行支援ユニットでは専門家として生物兵器対策に関与。著書に、『感染症の国家戦略』(東洋経済新報社)、『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』(共著、ディスカバー・トゥエンティワン)がある。東洋経済オンラインでの連載など論考多数。
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