ROLESCast#009
ロシアのウクライナ侵攻―現状と展望

執筆者:小泉悠
執筆者:山口 亮
2022年3月2日
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
エリア: ヨーロッパ
ロシアがウクライナへ侵攻を始めて5日目。2月28日に収録された東京大学の小泉悠・山口亮氏による「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」の動画配信「ROLESCast」第9回。首都キエフや北東部ハリコフで衝突が続きながらも、粘り強く戦うウクライナ軍を前に、停滞気味のロシア軍。その要因は? また両政府による停戦交渉のポイント、そして懸念されるロシアの「エスカレーション抑止」とは?


*お二人の対談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。

 

山口 ROLESCast第9回をお届けします。今回も東京大学の小泉悠専任講師と山口亮特任助教の2人で、ロシアによるウクライナへの侵攻について語りたいと思います。

 

小泉 凄いことになってしまいましたね。

 

山口 2月24日にプーチン大統領が宣戦布告し、一気にウクライナへの侵攻が始まりましたが、現在はどのような状況なのでしょうか。

占領を伴う用意周到な軍事作戦

小泉 後ろにウクライナの地図があります。

 まず北側のロシアとベラルーシから大規模にロシア軍が侵攻してきていますが、ロシア、ベラルーシの国境から首都キエフ(キーウ)は結構近い。北東部のウクライナ第2の都市ハリコフ(ハルキウ)に至っては国境から30キロしかありません。ここにロシアは昨年秋から大規模な部隊を集めていたので、それを一斉に南下させて大都市を脅かしている。

 それから親ロ派武装勢力が占拠していた東部ドネツク、ルガンスクにも集めていたロシア軍が攻勢をかけている。

 最後にロシアが2014年に強制的に併合したクリミア半島側からも、北上した部隊がウクライナ領内に侵入している。

 大きく言うと北側、東側、南側からロシア軍がウクライナに侵攻している状況です。

 

山口 ロシアはどのくらいの戦力を注ぎ込んでいるのでしょうか。

 

小泉 開戦直前の段階で、ジョー・バイデン米大統領は15万人くらいだと言っていました。

 同時に欧州安全保障協力機構(OSCE)のアメリカ大使は16万9000人から19万人くらいという数字をあげていました。ただ、ここには東部の親ロ派武装勢力や、ロシアが集めている軍以外の治安部隊も含まれる、とプレスリリースには書かれている。

 これは逆に不気味で、ロシア軍は侵攻した後の占領用の治安部隊も、開戦前の段階で集めてきていたということなのですよね。つまり相当周到に大規模な軍事作戦、しかも広い範囲での占領を伴うような軍事作戦を考えていた。

 それでも誰もが直前まで「ブラフだろう」、「交渉用の脅しだろう」と見ていたわけですが、24日に実際に戦争が始まってしまった。

 始めるとしても、東部のあたりで限定的に軍事行動を起こして、ウクライナを揺さ振ろうしているのではないかという観測もあったわけですが、現実にはこの通り完全な全面戦争になっている。北大西洋条約機構(NATO)によって塞がれている西側以外は全部攻め込むという大戦争を始めてしまった。

持ちこたえているウクライナ軍

山口 プーチンが宣戦布告でウクライナの「非武装化」「非ナチ化」に言及した時点で、首都まで攻めるのだろうという嫌な予感はしました。

 ただ、戦争は99%計画通りには進みません。実際にウクライナの反撃やロシア軍のロジスティクス、士気の面で、ロシア軍にもいろいろな問題が起きている印象を受けます。

 ロシアとしては速戦即決を狙っていたと思いますが、今のような状態では速戦即決はできないのではないかと思います。その点、いかがでしょうか。

 ロシア軍はまだ全ての勢力を注ぎ込んでいないと言われますが、これ以上注ぎ込むと、ロシア本土の方の防衛が疎かになってしまうのではないかと思います。

 

小泉 事前の予測ではキエフやハリコフは数日で落ちるだろうと言われていました。実際にロシア軍が近くまで迫ってきているので、危ない状況にあることは間違いありませんが、よく持ちこたえている。今日は2月28日で戦争が始まってから5日目ですが、まだ耐え続けている。

 ではなぜこれほど耐えられているのかと言うと、まず忘れてはいけないのが、ウクライナが軍事大国だということ。

 ウクライナは旧ソ連第2位の軍事力を持っていて、イギリスの国際戦略研究所(IISS)が発表している今年度版の「ミリタリーバランス」によれば、現在の兵力は21万人くらい。さらに今回ウクライナは総動員令を発動し、18歳から60歳までの健康で動ける男子国民を全員動員するということを行っている。

 もう1つは、ロシアがウクライナ国境に部隊を集め始めたのは昨年春なので、ウクライナ側にとってはかなり準備期間が長かったこともあります。ロシアは春に部隊を集め、一度引いてまた秋に集まって来たので、ウクライナ側は当然、大都市の周りや国境の周りに野戦陣地を構築したはずです。

進撃の停滞を招いたロシア軍の不手際

小泉 そういったところに、さらにロシア側の不備が重なってきているような気がします。

 1つは山口さんがご指摘になったロジスティクスの問題。アメリカの「ウォー・オン・ザ・ロックス」という軍事専門家たちのウェブメディアでは開戦前の段階で、補給段列が足りないのではないかという話があり、ディープ・バトルができないのではないかという予測がありました。これが当たってきているのだと思います。

 もう1つは、ロシアはウクライナを大分舐めていたのではないかという気がします。

 というのは、開戦初日にロシアが空爆を始めたので、私は「これは湾岸戦争みたいにやるんだな」と思ったのです。つまり空爆を徹底的に行って航空戦力や防空戦力、指揮・通信系統を叩いて、そのうえで圧倒的な地上軍が侵攻していくのだろう思っていた。

 ところが、初日に空爆を行っている段階で、同時に地上部隊が侵攻してきた。それも、最も守りが固いキエフやハリコフ方面に入ってきた。さらに初日からキエフ郊外にヘリコプター部隊を侵入させてキエフ郊外の空港を取ろうとした。実際にいくつか取っていますが、まだウクライナ軍を叩けていない時点でいきなり地上部隊を侵入させて攻勢をかけた。相当ウクライナ軍を舐めていないとこんなことはできません。

 考えてみると、これまでロシアは東部の親ロ派武装勢力をウクライナ軍と戦わせてきたので、ウクライナ軍とロシア軍が直接衝突することはあまりありませんでした。両軍が大規模に戦ったのは、ドンバスのイロヴァイスクやデバルツェボでの戦いなどいくつかの事例だけです。その時はウクライナ軍を包囲してこれ以上やられたくなかったら停戦合意するよねという形で、本格的な軍隊と軍隊の殲滅戦になる前に終わっている。

 なので、ウクライナ軍の土壇場の粘りをかなり見誤っているのではないか、そのツケが回ってきているのではないかという感じがします。

 山口さんがご指摘の通り、ウクライナの頑強な抵抗に遭遇してみると、ロシア兵も士気が低そうですよね。装備が遺棄されていたりしますし、何カ月も国境沿いでテント暮らしを強いられて相当ストレスが溜まってきているのではないかという気がします。

 開戦に先立つ1~2週間は国境付近の野原で野宿したり、接収した学校の床で雑魚寝したり、兵站計画の中で忘れられてしまった兵隊さんたちがどこへ行けばいいのかわからなくて駅で置き去りになったりといろいろな不手際が発生した。そういう彼らが進軍して行ったら何をするかと言うと、お腹を空かせた兵隊さんはまず略奪する。職場放棄をする人もいるかもしれない。

 いろいろな不手際が重なって進撃の停滞に繋がっているような感じがします。

ロシアの戦略的な狙い

山口 戦争において相手を舐めるのはもっての外で、ロジスティクスは装備よりも重要なことです。軍事大国ロシアがそのような凡ミスをするというか、そのくらいの計算もしていなかったのかという驚きがあります。

 

小泉 何故これほど雑な戦争になるのかは私も解せないことがあります。

 

山口 どこかで焦りがあったのではないかと思いますが、このような戦闘の状況の一方で、停戦交渉が早ければ28日に行われるということです。

 交渉のポイントはどのようなところにあるのでしょうか。また、ロシアの戦略的な狙いに変更があるのでしょうか。

 

小泉 戦略的狙いの方からお話しすると、ロシアの戦略的な狙いはウクライナの国体の変更です。プーチンはゼレンスキー大統領を「ネオナチ」と呼びました。ゼレンスキーはユダヤ系なのでネオナチのわけがないのですが、ゼレンスキー政権がナチス政権であり、ナチス的な思想に基づいてロシア系住民を虐殺していると言い出した。信じる人は信じるのかもしれませんが、国際社会の大部分は信じないし、ロシア人から見ても「ちょっとな……」というのがある。

 もう1つプーチンは、ウクライナが密かに核兵器をつくっていると言い出しました。これも、イランや北朝鮮がずっと前にバレているのに何故ウクライナはバレなかったんだよという話になります。

 このように最初のディスインフォメーションの段階で雑なのですよね。KGB出身なのだからもう少しうまくやればいいのにと思うほど、皆が1秒で突っ込めるような理由をでっち上げて、今のウクライナの政権そのものが認められないのだ、倒さなければ危険なのだというナラティブをつくってから戦争を始めている。

 実際に開戦の初っ端からキエフを目指していることを考えると、ロシアが狙っているのはゼレンスキー政権を退陣させること、ひいては逮捕して裁判にかけることなのだろうと思います。

 開戦前にプーチンが言ったのは、ウクライナを中立化してなおかつ非軍事化するということでした。昔、大日本帝国が敗北した時のように国家指導部が裁判にかけられて軍隊も解体させられるという状態まで持って行きたいのだろうと思います。

 2014年にロシアがウクライナに介入した時に、ウクライナをバラバラにするという構想がありました。東のノボロシア、真ん中のマロロシア(小ロシア)、西のカルパチア山脈沿いのザカルパッチャ、そして南のクリミアの4つに分割して、それぞれロシアに逆らえないようにしてしまえということまでロシアは考えていましたが、うまくいかなかった。ロシアとしては住民を先導して、クリミアのようにウクライナから自発的に分離させようと思ったけれど、そんなことにはならず、できたのは東の方で紛争地域をつくり出すことだけだった。

 だけど今回、ロシアが改めてそこまでのことを狙ってきてもおかしくはない。

停戦交渉のポイントは?

小泉 では、それが停戦交渉の中でできるかというと、まだわかりません。

 キエフでもハリコフでもその他の都市でも、ウクライナ軍が非常に頑張っていて粘っている。総動員令で一般の国民にも火炎瓶を持たせて戦いを始めている。そしてロシア軍の士気もあまり高くない。そう考えると、プーチンが最初に狙ったほどのものをウクライナに強要できるのかわからなくなってきたなという感じがする。

 ただ同時にロシア軍の攻勢は、足止めを食ってはいるけれどもじわじわ進んではいる。そして少しずつ支配領域も広げている。

 ウクライナにとってもロシアにとっても時間が敵でもあり味方でもあるという不思議な状況に陥っています。

 ロシア側から見ると、時間が経てばだんだん支配地域は広げていける。兵力や航空戦力が圧倒的に有利だからです。でも時間が経てば経つほど兵隊の厭戦気分も盛り上がってくる。

 一方ウクライナ側はどうかと言うと、非常に粘っているけれども、じわじわロシア側に押し込まれているので、時間が経つとまずい。他方でこれだけ粘っていると国際社会から共感や支援が集まってくる。西側もかなり厳しい制裁を科そうかとか軍事援助も大規模にやろうかという話になってくる。

 実際、欧州連合(EU)がウクライナに対する軍事援助を決めたのですが、これまでアメリカが対戦車ミサイルやスティンガー地対空ミサイルなど兵隊が持って歩くような武器ばかり供給していたのに対し、EUの会見では、戦闘機まで供給してもいいと言っていました。

 このように粘れば粘るほど支援が集まってくるけれども、一緒に戦ってくれるわけではないので、ロシアもじわじわ侵攻してくる。

 お互いに時間を味方につけつつも、時間との競争であり、悠長なことを言っていられない状況にあります。

 そういう両者が28日にウクライナのベラルーシ国境付近のゴメリで交渉するということですが、そこでどういう話になるか。

 ゼレンスキー政権にしてみればロシアの追求する目標をそのまま全部受け入れることはできないですよね。それは完全に国家が解体され、ロシアの勢力圏下に入ることを意味する。属国にされてしまうということなので、ここまで何のために粘って戦ってきたのかわからない。

 けれどゼレンスキー政権は中立というところまでは認めてもいいよと言っています。ウクライナ憲法には現在NATO加盟が国是として書かれていますが、これは2019年の改正によって盛り込まれたもので、ロシアが攻めてくる前の段階では書かれておらず、むしろ中立条項が入っていた。それをロシアが攻めてくる前の段階まで戻すのならいいよとウクライナ側は言っている。

 でもロシア側から見ると、これだけの大作戦を行って兵隊も相当死なせて、国内からも反発を食らっている中で、2014年以前に戻るだけというのでは、おそらく収まりがつかない。このあたりに交渉上の要点がある気がします。

 話し合いで落とし所を見つけましょうという事になればいいですが、決裂してしまった場合はさらに激しく戦闘が続くので、非常に危機的な局面を迎えているのだと思います。

ロシア反戦デモの要因

山口 プーチンは宣戦布告の時、NATOは直ちに介入してこないだろう、制裁を行っても規模と効果は限られている、国連安全保障理事会の決議は否決すればいい、ウクライナはすぐに落とせるだろう、と色々考えていたと思いますが、時間が経てば経つほどその通りにいかなくなっている。ロシアがどこでどのように妥協するのかが重要ですね。

 次にロシアの国内政治への影響について伺いたいと思います。反対デモは今の段階では規模が小さく、取り締まられたりしているかもしれませんが、経済制裁の効果が現れ始めたり、ロシア側の死者が増えてきたりすると、だんだん状況が変わってきますよね。

 プーチン政権への不満、不信がさらに強まれば、今後ロシア政治はどうなるのでしょうか。

 

小泉 ロシア国内で起きている反戦デモのほとんどは小規模ですが、一部では結構な規模になっています。ロシアで反戦デモが起きるのは見たことがありません。これまで下院選挙での不正疑惑や反政府活動家のアレクセイ・ナワリヌイが拘束された時に反対デモが起きましたが、クリミア半島の併合はロシア社会の中でナショナリズムから歓迎されてきました。ナワリヌイのようなリベラル派も「クリミアは返さない」というようなことを言っていたくらいなので、ナショナリスティックな部分はロシアのリベラルも同調するところがあった。

 ところが今回はかなり広い範囲で戦争反対の声が上がっているということになると、要因の1つは同じスラブの民であるウクライナを攻めることへの抵抗感ですよね。プーチン自身が去年の論文で言っているように、我々は分かつことのできない単一の民族なのだという感覚は皆確かに持っています。

 でも、そうであればこそ、同じ民族であるウクライナに何故攻め込まないといけないんだ、何故ロシアの若者が銃を取ってウクライナの若者を殺すんだ、兄弟殺しじゃないか、という話になりますよね。

 そこに何か理由があれば話は別ですが、今回出てきているロシア側の言い分はどう見ても1秒で突っ込める。

反戦デモの一方で強まる締め付け

小泉 ただ、ロシアは非常に格差が激しい国です。

 中産階級以上の人たちは教養が高く、そういう人たちは海外からの情報をインターネットから得ていて、「これはおかしいと思う」、「プーチンが言っていることはデタラメだ」と言って街頭に出て反戦デモをする。

 ところが7〜8割の普通の人たち、日々の生活に追われていて外国のインターネットサイトまで見て……なんてことはあまりしない、朝に国営放送を見て出かけていく人たちは、かなりロシア政府の言い分を信じている。あくまでも僕の目測ですが。

 なので、かつてなく戦争に対する疑問が高まっている一方で、同時にプーチン流のメディアコントロールは非常に効いている。

 さらに今回の戦争の間に締め付けはいっそう厳しくなっています。27日、ロシアの検察庁が、この「特別軍事作戦」の期間中にロシアの立場に反する形で外国政府及び外国機関に対して協力した者には最高懲役20年を求刑すると言い出しました。ロシア政府の立場に疑いを差し挟む者は敵だという感じになっていて、うちの奥さんは今回の軍事作戦が始まってから日本のテレビ局でインタビューの通訳などの取材協力をしていたので、昨日帰ってから彼女と「これ、あなたにも該当するのかな」という話になり、「私もうロシアに帰れないじゃない」と。

 国民の反戦の声が上がっていることは喜ばしいのですが、それに対する反動も強まっていくのだろうというのが懸念されるところです。

国内権力基盤への打撃

山口 プーチン政権への打撃が大きいことは確かだと思いますが、これによって政権が変わることはあるのでしょうか。

 

小泉 それはなかなか望み難いですよね。ヨーロッパ的に考えると、国民から理解されない不正な戦争をした指導者は引き摺り下ろされるべきだという話になるのですが、プーチンはそういう局面を取り締まり強化で切り抜けてきました。

 実際に2011年の下院選不正に対するデモにしても、2021年のナワリヌイ拘束に対するデモにしても、徹底的な弾圧で応えてきた。隣国ベラルーシも大統領選の不正疑惑で政権が潰れる直前まで行きましたが、凄まじい弾圧でデモを押さえた。こういうことが旧ソ連圏では繰り返されてきました。そう考えると、今回もすぐにプーチンがどうこうなることはないと思います。 

 ただ私は今回のプーチンの戦争は無視できない国内的な影響を持つだろうと考えています。

 それは2点あって、1つは欧米がロシアの高官たち、つまりプーチンを含めた権力の中枢に厳しい制裁を科しているので、これがプーチンの国内権力基盤に結構効くのではないかと思います。

 プーチンは恐ろしい独裁者ではありますが、同時に彼の周りにいる盟友たちに利益を供与しているからこそ、あれだけの強権を振るうことができている。プーチンが始めたことで、盟友たち、たとえばガス産業の人、石油産業の人、パイプライン産業の人、軍需産業の人、そういう人たちに本来回るべき利益が回らなくなったり、たとえば業界の大物がロンドンにこっそり持っていた不動産が資産凍結されたりという話になってくると、「何だよ、プーチン」という感じになっていくと思う。

 それですぐにプーチンが失脚することはないと思いますが、彼の統治者としての評判、寡頭的な少数のエリートに君臨するトップとしての評判にはかなりケチがつくのではなかと思います。

2024年大統領選に関する決断

 もう1つは国民全体からの支持ですよね。

 プーチンが強いから国民がついてくるのではなく、国民がついてくるからプーチンは強い。彼は独裁者ではありますが、世論調査、支持率を凄く気にするポピュリスティックな独裁者なんですね。なので、彼が始めた戦争そのものに対して国民が喝采ではなくデモを始めたのは、かなりショックなのではないかと思います。

 これから経済制裁が効いてくるフェーズに入ると、どのくらいロシアの足元の景況感に影響するのかはエコノミストではないのでわかりませんが、じわじわとロシアの経済的体力を弱らせていくのではないかと思います。

 そういう中でロシアは2024年3月に大統領選を迎え、来年秋くらいに公示があります。もしかすると、ちょうどエリート内や国民一般から不満を向けられた状態で、2024年の大統領選に関する決断を下さないといけなくなる可能性があり、プーチンは結構苦しいのではないかなと思っています。

 まだ予断は許さない状況ですが、プーチンに対して国民が声を上げるとか、我々が制裁を決断することは、決して無意味ではないということを強調したいです。

「エスカレーション抑止」への懸念

山口 今回の戦争の懸念として、他の国に飛び火する、あるいは下手をすると第3次世界大戦になるという声を聞きますが、どう思われますか。

 また、日本にはどのような影響があるでしょうか。

 

小泉 停戦交渉が妥結してくれれば良いですが、ウクライナの主権を侵害しない形での停戦であってほしいですし、すでにかなり深く入り込んでいるロシア軍が撤退するという条件での撤退でなければいけないと思います。

 そういう形で停戦ができるためには、ウクライナ軍が当面は負けない能力を持っていないといけないので、西側諸国がウクライナに軍事援助を行っていることに対して、一般住民を巻き込んで戦争を長引かせるという批判はありますが、筋を通すためには必要なことではないかと思います。それをしないということは、ロシアの軍事圧力に屈して「残念だけどウクライナ君には主権を若干手放してもらおう」という話なので、これは認めるべきではない。

 日本がウクライナに対して軍事援助をするのは難しいですが、だとしたらせめてロシアに対する経済制裁は、西側に対するお付き合いではなく、しっかりと主体性を持って行うべきだと思います。既存の秩序変更を迫られて抵抗している国があるわけですから、それを支えることは国益だと思って、日本の安全保障のためにもきちんとやるべきです。

 ただそれでロシアが矛を収めるかというとそれほど軟な国ではないので、まだまだエスカレーションの危険性を考えないといけない。

 その点で非常に私が懸念しているのが、プーチン大統領が27日、セルゲイ・ショイグ国防大臣とワレリー・ゲラシモフ参謀総長を呼びつけて、西側から科された制裁がけしからんので、戦略核兵器の準備態勢を最高度に上げなさいと指示したことです。

 私はロシアの核戦略をずっと研究してきましたが、ロシアの中に「エスカレーション抑止」という考え方があります。紛争がエスカレーションしてどこかでロシアに不都合な展開になりそうになったら、たとえば今戦っている相手には勝てそうだけどアメリカのような強い国が参戦してくる、今戦っている戦争が非常に不利でこのままでは負けそうだという時に、限定的に核兵器を使用する、というものです。たとえば無人の場所だとか海の上だとかで核兵器を1発や2発だけ限定的に使うことで、戦争をやめたほうがいいですよというメッセージを送る。

 こういう思想がロシア軍の軍事思想の中にあり、90年代の半ばくらいからずっと論じられてきました。実際、2020年6月にロシアはそれまで機密だった核使用基準を示した文書を公開していますが、こういうことを示唆する文言がある。

 こういうことを皆これまで可能性の問題として扱ってきたわけですが、実際に大戦争が始まり、西側との関係が悪いという時にプーチンが国防大臣と参謀総長を呼びつけて核兵器の最高度の準備態勢につけと言っている。

 そうなると、たとえば停戦交渉がうまくいかないとなった時に、ロシアが何か核の脅しのような、脅しのための核使用のようなことをやりはしないかということが、まだそれほど差し迫った可能性ではないにせよ視野に入ってくる。

 じゃあそれに対してどうするかと言うと、アメリカはドナルド・トランプ政権下の2018年の核態勢見直しでロシアのエスカレーション抑止を非常に懸念していて、ロシアが限定核使用を1発か2発行ったら、同じくらいの規模で限定核使用をやりかえせるようにしないといけないと言って、低出力型の核弾頭を開発し、潜水艦発射型のミサイルに載せたわけです。つまり、ロシアがもしそれを実行したら、アメリカも同じくらい、お釣りがないようにお返ししますという態勢をつくっている。

 第3次世界大戦まではいかないにしても、ロシアが1発だけ脅しで核を使います、アメリカも1発だけ核を使いますという展開は、まだ可能性は高くないけれども視野に入ってきてしまう危機的な状況です。

 さらに言うと、ロシア軍事研究者が言い続けてきたのは、ロシアとしては脅しのつもりで核を使うかもしれないけれども、実際に被害は出ないのかもしれないけれども、一度核を使った後にどうなるかは本当に予測できますか、ということですよね。一国の領土で核を使われたら、その国の政府と国民はどう反応するのかとか、アメリカの政府と国民がどう反応するのかというのは、その時次第。本当に脅しだけで済むとロシア政府は確信できますか、あまりにも危険すぎるんじゃないですか、ということはロシア軍事研究者が言ってきたことですが、それを今改めてプーチンに言いたい。核は弄んじゃ駄目よ、と。

 

山口 そのレベルまで行かないことを願うばかりです。まずは停戦交渉がどうなっていくのかに注目ですね。

 今回も小泉・山口コンビでROLESCastをお伝えしました。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師。1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口 亮 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。1982年生まれ、長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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