チェコ水素ミッションが来日――エネルギー分野における日欧協力の可能性

東京・広尾のチェコ大使館で開催された水素戦略に関するラウンドテーブル(左から2番目がメルヴァルト水素特使)
2020年に国交樹立100周年を迎えた日本とチェコ。勤勉な国民性、発達した自動車産業など、両国には共通点が少なくない。2050年までのカーボンニュートラル実現と、ロシア産エネルギーからの速やかな脱却を目指し、原子力に加えて水素の活用を模索するチェコは、日本にとっても有望な協力相手となり得るだろう。

 

来年は「日本チェコ戦略的パートナーシップ」20周年

 2022年8月末から9月初旬にかけ、チェコ共和国の産業貿易省からペトル・メルヴァルト“水素特使”をトップとする「水素ミッション」が来日した。水素特使や水素ミッションという耳慣れない概念について説明する前に、チェコと日本の経済関係について簡単に紹介しておきたい。

 欧州の中心に位置するチェコ共和国は、民主主義国家として日本と価値観を共有しており、2004年からEU(欧州連合)加盟国となっている。人口約1070万人と小規模ながら、1人あたりのGDP(国内総生産)は2021年時点で4万4198ドルに達し、日本の4万3002ドルを超えた。失業率に関しても、新型コロナウィルス感染症の影響にもかかわらずEU内で最も低い。また、国内には世界で最も古い自動車メーカーを2つ抱え(「タトラ」が1850年、「シュコダ」が1895年)、人口あたりの自動車生産台数は日本やドイツ、アメリカを抜いて世界第2位となっている(1位は隣国のスロヴァキア)。

 伝統的な工業国で、治安が良く、国民の教育水準も高いチェコには、トヨタ自動車やパナソニックといったメーカーを中心に270以上の日本企業が投資している。チェコにとって日本は現在、ドイツに次ぐ2番目の投資国となっている。2020年には日本との国交樹立100周年を迎え、2003年に小泉純一郎首相(当時)がチェコ共和国を公式訪問し両国が戦略的パートナーシップを締結してから、来年で20周年を迎える。

「水素特使」が経産省、トヨタ自動車と協議

 そんな中で今年8月末、チェコ産業貿易省の水素特使をトップとする水素ミッション(代表団)の来日が実現した。特使の他、チェコインベスト(ビジネス・投資開発庁)の代表者とチェコの水素関連企業5社注1で構成された代表団は、日本初のP2G注2事業会社「やまなしハイドロジェンカンパニー」や、世界最大級となる10MWの水素製造装置を持つ「福島水素エネルギー研究フィールド」を視察した。いずれも国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が支援する水素開発プロジェクトの一環で、特に代表団のメンバーは福島の水素製造装置の大きさ、作られたグリーン水素の地域での活用に関心を寄せた。

 チェコ共和国は幕張メッセで開催された「スマートエネルギーWeek」内のFC EXPO 水素・燃料電池展にパビリオンを出展し、ブース内では来日した5社の他、チェコ水素プラットホーム(HYTEP) 、カレル大学のテクノロジーセンターの技術を紹介した。同展示会には約380団体が出展し、3万人近くの来場者が訪れた。

 また、メルヴァルト水素特使は、訪日中に経済産業省、水素バリューチェーン推進協議会、NEDO、トヨタ自動車の水素担当者と面会し、チェコの国家水素戦略を紹介するとともに、チェコと日本の水素分野における協力の可能性について協議した。

注1 Cylinders HoldingDEVINNINSTAR ITSLEANCAT s.r.o.Kolibrik.netの5社

注2 余剰電力を水素などの燃料に変換して貯蔵、利用する方法

やまなしハイドロジェンカンパニーを視察するミッション一行
 

チェコ国家水素戦略――原子力とモビリティに強み

 他国と比べると政策的に取り組み始めたのは少し遅かったものの、チェコでは近年、急速に水素への関心が高まっている。2021年7月には政府によってチェコ国家水素戦略が承認された。この国家戦略は「欧州グリーンディール」に定めた2050年までのカーボンニュートラル実現というEUの目標を反映している。日本も同じく2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを行っており、チェコと日本はこの点で目標を共有している。

 水素活用の目標は大きく分けて2つ、温室効果ガス排出量の削減と、経済成長支援だ。チェコの水素戦略は、以下の4本柱で構成される。

(1) 低炭素水素の製造 

 内陸国であることや、日射量や風量が少ないため、太陽光や風力に期待できないといったチェコを取り巻く環境から、原子力発電を利用してカーボンフットプリントを最小限にした水素の製造を検討している。チェコには現在原子力発電所が2カ所(6基)あり、原子力エネルギーを今後も活用していく予定だ。今後の開発状況によっては新しい原子力発電所の建設も検討される。将来的には、大部分で低炭素水素を利用する小型モジュール炉(SMR)の導入が挙げられる。原子力を持たない国と比較するとこの分野では競争力優位性を持つことができる。常時出力の原子力発電と組み合わせれば、非常に効率の良い、安定した水素製造システムを構築することが可能となる。

(2) 低炭素水素の利用 

 最初のフェーズにおいては主にモビリティでの活用を想定する。チェコは伝統的にモータービークルの開発・製造に強みを持ち、水素燃料自動車の製造はチェコの自動車産業の今後の転換に寄与するだろう。

(3) 水素の輸送と貯蔵 

 代替燃料向けのインフラ整備はクリーン・モビリティの発展実現に向けた重要な条件となる。チェコは2022年末までに一般向けの水素ステーションを3カ所(プラハ、リトヴィーノフ、オストラヴァ)、2023年末までに追加で6カ所設置する予定だ。

(4) 水素関連技術の開発 

 国際協力の可能性を最も見出す分野で、日本との提携も視野に入れている。

 

 チェコは水素技術における様々な研究活動に携わり、同分野における専門家を多く輩出してきた。EU内では、欧州の共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)に参画しており、欧州クリーン水素同盟(European Clean Hydrogen Alliance)の立ち上げメンバー国の一つでもある。欧州クリーン水素同盟は2020年に発足し、水素生産能力を拡大する目標を掲げた。

 日本においては、9月末に開催された国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)主催の水素閣僚会議にてチェコ産業貿易大臣が2年連続でビデオメッセージを寄せ、ロシアのエネルギー依存からの脱却に向けた水素技術の活用、国際協力を訴えた。

幕張メッセで開催されたFC EXPOのチェコパビリオン
 

ロシア産エネルギーからの脱却をめざすEU理事会議長国

 2022年7月1日よりEU理事会の2022年下半期議長国となったチェコは、議長国就任中の5つの優先事項の一つにエネルギー安全保障を掲げている。EUは自身の安全を脅かすような国に依存することはできず、それ故にロシア産ガス、石油、石炭の依存から脱却しようとしている。欧州産業界における低炭素化の必要性からも、チェコは天然ガスから水素への転換に注目している。このためにはEU内における水素インフラの整備、貯蔵、ターミナルの発展といった野心的な計画の実現が必要となる。

 ロシアのウクライナ侵攻に伴い悪化していくエネルギー危機を鑑みても、水素というテーマが重要性を増す中、駐日チェコ共和国大使館は、9月1日にチェコ―EU-日本の水素戦略に関するラウンドテーブルを開催した。活発な議論を経て、ヨーロッパと日本はエネルギー源としての水素の導入において同様の課題を抱えていること、現在最も可能性を秘めているのは交通・輸送分野における活用だということが確認された。また、パネリスト一同、水素が今後エネルギー源として不可欠なものとなるために、技術発展を加速させる国際協力が重要であることを認識した。

 水素分野における具体的なチェコと日本の共同研究については、科学技術イノベーション分野における日本と欧州11カ国13機関による共同公募を中心とした協力活動を行う多国間プログラムEIG CONCERT-Japanが挙げられる。この枠組みで公募された「手ごろでクリーンなエネルギー源としての持続可能な水素技術」のテーマにおいて、チェコの西ボヘミア大学(プルゼン市)のルドミラ・クチェロヴァー准教授が率いる共同研究プロジェクトが採択された。これは京都大学との共同研究となる。

炭鉱町が水素タウンに――未来都市・オストラヴァ

 現在、各国で“水素タウン”の建設が進められている。2020年11月に当時の英首相ボリス・ジョンソンが掲げた「グリーン産業革命」の10項目の計画や、トヨタ自動車が中心となり静岡県裾野市に建設中の「Woven City」が知られているが、チェコにも同様の計画がある。

 チェコ第3の都市で、シレジア地方最大の都市であるオストラヴァ。かつては石炭で栄え、鉱山・工業都市として名を馳せた。長いこと鉱山や工場のイメージが強かったこの町が、いまではクリーンな水素技術の最前線に立っている。

 オストラヴァに水素地区を建設しようと声を上げたのは、Vítkovice社と、世界有数のシームレス鋼管メーカーであり、今回の水素ミッションにも参加したCylinders Holding社。水素地区となるフラブーフカ(Hrabůvka) エリアは、かつてのボタ山だ。国の支援を受け、100ヘクタール超の土地の再開発を進める。山の高さや人工湖を利用し、太陽光や地熱エネルギー、バイオ天然ガスの活用が期待される。これは水素スマートシティ構想の枠組みで、エネルギー分野だけでなく、IT、サイバーセキュリティ、住居、交通など様々な技術が組み合わされて実現されるプロジェクトである。今年6月には市内の下ヴィートコヴィツェ地区で国内初となる一般向けの水素ステーションがオープンした。2023年には水素バスの運行が予定されている。

 他の都市に目を向けると、チェコ国内で最初の水素ステーションは、首都プラハから25キロ程離れた中央ボヘミア地方ムニェルニーク市で2009年にオープンした。これは商用で、地区内を走るチェコ初の水素バスTriHyBus向けのものであった。石油製品の精製および販売等を行うチェコのORLEN Unipetrol社は、今後首都プラハや北ボヘミアのリトヴィーノフにも水素ステーションを開設する予定で、2030年までには国内28カ所まで広げたいと意欲を見せる。

水素は二国間協力の有望な分野

視察先のひとつ、福島水素エネルギー研究フィールド

 チェコ水素ミッションの来日は、日本が水素技術の発展と活用において重要なリーダーであることを明らかにした。一方、代表団の視察先ではチェコの技術に関心が持たれるなど、いくつかの分野において、チェコも日本に提供できるソリューションがあることもわかった。両国は共に2050年までのカーボンニュートラル達成に向けて新しいエネルギー源を模索していることもあり、水素協力は有望な分野だと言える。

 欧州でも日本でも、水素技術の更なる開発には今後も投資が大きく行われることが予想される。その先陣を切ったのはEIG CONCERT-Japanのプロジェクトで示されるように、応用研究における研究者や研究機関の協力だった。今後は企業間の提携、またはチェコの水素プラットフォーム(HYTEP)と日本の水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)といった関連団体同士の協力が期待される。チェコ国内において、すでに進出済みの日本企業と提携していくケースも想定されうる。自治体における実証実験やベストプラクティスといった経験を共有し、公共交通などにおいて水素の活用をチェコと日本の町で進めていくことも可能だろう。

 

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