医療崩壊 (72)

「反ワクチン」の牽強付会は「国への不信」

執筆者:上昌広 2023年2月27日
エリア: アジア
ロンドン大学の研究チームが世界149カ国から約30万人を対象にワクチンの信頼度を調査した研究では、日本は「世界でもっともワクチンが信頼されていない国」と評された
新型コロナワクチン接種を危険視する記事が相次いでいる。切り取られた事実しか説明できない牽強付会なデータ解釈の続出は、日本という国家に向けられた国民の根深い不信を映している。

 メディアでのコロナワクチン批判が盛り上がっている。口火を切ったのは週刊新潮だ。昨年12月22日号で『コロナワクチン「不都合なデータ」徹底検証』という記事を掲載した。その後、8号連続でワクチン批判記事を掲載している。

 新聞は静観したが、週刊誌は追随した。週刊文春と週刊現代は3回、週刊ポストは2回、批判記事を掲載している(2月22日現在)。なぜ、ワクチン批判は盛り上がるのか。その実態と背景について考察したい。

女性に強い副反応が出がちな理由

 週刊誌が重視するのは、接種後、早期に亡くなった人がいることだ。週刊文春は〈昨年12月までに厚労省に報告された、ワクチンの接種後に死亡した事例は1917件に上ります〉(1月26日号)と報じている。

 さらに週刊現代は、〈2022年「ワクチン接種者数」と「超過死亡数」の推移〉というグラフを提示し、両者の形が似ていることから、〈昨年1月から10月末までの「超過死亡」が全国で推計9万人を超えた可能性がある〉(2月11、18日号)のは、ワクチンの副反応が影響していると論じる。これは日本に限った話ではないらしい。〈(海外でも)3回目のワクチン接種率と同じペースで「例年より増えた死亡者数」を示す超過死亡が増え、海外ではワクチンの“影”の部分に焦点を当てた報告や報道が相次いでいる〉(週刊新潮2月2日号)という。

 ワクチンには副反応がつきもので、稀に重症化する。コロナワクチン接種によって亡くなる人はいるだろう。我々は、このことを支持する研究結果を発表している。その結果を図1に示す。

図1

 これは厚生労働省が発表したデータを用いて、ワクチン接種後早期の死亡例の男女比を調べたものだ。接種後1週間以内は女性のほうが高いが、1週間を過ぎると男女比は逆転する。つまり、死亡率は時間の経過とともに変化していた。この変化は統計的に有意であり、偶然の影響では説明できない。

 これは男女とも同量のワクチンを接種しているため、女性には過剰投与になっている可能性が高いからだろう。ワクチンの投与量は臨床試験に基づいて設定されている。ファイザー製ワクチンの場合、その結果は、米『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』2020年10月14日号に掲載されている。この試験では、参加したボランティアを10マイクログラム、20マイクログラム、30マイクログラムの投与群に振り分け、副反応の頻度を比較しているが、副反応は用量が増えるほど増加している。18~55歳に対する2回目接種で発熱が生じた頻度はそれぞれ0%、8%、17%であり、倦怠感は33%、58%、75%だ。

 投与量を増やすほど、副反応は強くなるのだが、世界各国が承認した投与量は、人種、性別、体重に関わらず、1回あたり30マイクログラムだった。日本人女性成人の平均体重は約50キログラム。一方、日本人男性の平均体重は約70キログラム、アメリカ人男性は約90キログラムだから、日本人女性は、日本人男性の1.4倍、米国人男性の1.8倍のワクチンが投与されていることになる。副反応が強くでてもおかしくない。

週刊誌の牽強付会な解釈

 ただ、だからコロナワクチンは危険で、意味がないとは言うつもりはない。大切なのは、重症あるいは致死的な副反応の頻度だ。

 この点について、世界の専門家の意見は日本の報道とは違う。米疾病対策センター(CDC)は、ホームページで〈コロナワクチンは有効かつ安全である〉〈歴史上、もっとも厳格にモニターされた中で、米国内ですでに何百万人がワクチンを打っている〉と明記しているし、1月16日に、米健康保険大手のカイザーパーマネンテ南カリフォルニアの研究者が、7つのワクチン安全性データリンクサイトに登録されている会員の登録データを解析し、ワクチン接種群で副反応による死亡の増加は認めず、コロナは勿論、コロナ以外の理由による死亡率も低かったと『ワクチン』誌に報告している。このデータリンクは、全米の人口の3%が登録している巨大なもので、解析結果は説得力がある。

 なぜ、両者の主張は真っ向から食い違うのか。それは、週刊誌が牽強付会な解釈をしているからだ。〈ワクチンの接種後に死亡した事例は1917件に上ります〉(週刊文春1月26日号)と言っても、副反応によるとは言えない。ワクチン接種後に、たまたま別の病気が悪化する可能性があるからだ。知人の内科医は「コロナワクチンの問診をしている最中に、脳出血を起こし亡くなった人がいた」と言う。もし、脳出血がワクチン接種後に起こっていたら、重大な副反応として処理されたはずだ。

 では、どのくらいの頻度で、こんなことが起こるのか。実は意外に多い。昨年1~9月の間に、50才未満の若年の国民2万8613人が亡くなっている。急死する事が多い大動脈解離や脳血管疾患だけでも1892人だ。毎月150人のペースである。彼らが年間1~2回のワクチンを打つとすれば、毎月20件ほど偶然の一致が起こることになる。

 ワクチンの影響を論じるなら、背景因子を調整後、接種者と非接種者の死亡リスクを推定しなければならない。ワクチン接種後の早期死亡者の数を強調しても、有意義な結論は得られない。前出のカイザーパーマネンテ南カリフォルニアの研究は、このような統計的処理を済ませている。

日本の「超過死亡」の大部分は「コロナ以外」

 週刊現代は〈昨年1月から10月末までの「超過死亡」が全国で推計9万人を超えた可能性がある〉(2月11、18日号)とリスクを主張する。確かに、超過死亡は大きな問題だが、これをワクチンの副反応のせいにするのも牽強付会だ。

 超過死亡は、「実際の死亡数」と「予想された死亡数」の差を「予想された死亡数」で割った数字で評価される。英オックスフォード大学が提供するデータベース「アワー・ワールド・イン・データ」によれば、主要国の累積超過死亡率(コロナ流行開始から現在まで)は、米14.1%、英10.0%、仏6.2%(昨年12月現在)だが、オミクロン株が主流となった昨年以降はほぼ横ばいだ。一方、日本の累積超過死亡率は2.0%(昨年11月末現在)と低いものの、コロナ流行当初から現在まで、ほぼ一貫して増加している。超過死亡の増加は、最近になって始まった話ではない。追加接種が主たる理由とは考えられない。

 日本の超過死亡の特徴は、その大部分をコロナ以外の死亡が占めることだ。昨年3月、米ワシントン大学の研究チームが英『ランセット』誌に発表した研究によれば、超過死亡とコロナによる死亡の比は6.0だった。米1.4、英1.0、仏1.3など、他国では超過死亡の大部分がコロナ死であることとは対象的だ。ちなみに、日本で最も増加した死因は老衰だ。2019年と比べて、21年には25%も増えている。コロナ感染を恐れた高齢者が家に閉じこもり、健康を害したのだろう。高齢化が進んだ日本らしい現象だ。

 日本における超過死亡の増加は、ワクチンの副反応に固執せずとも、十分に説明がつく。逆に、ワクチンの副反応では、流行当初からの超過死亡の増加や、追加接種が増えても超過死亡が増加していないという他国の状況を説明できない。

なぜ、週刊誌はワクチンのリスクを煽るのだろう。それは、売れるからだろう。多くの国民がワクチンに不信感を抱いており、ワクチン批判の記事は、共感を得やすい。

調査が示した世界で最低レベルの信頼度

 実は、日本人は世界でもっともワクチンを信頼していない国民だ。2020年9月、ロンドン大学の研究チームが世界149カ国から約30万人を対象に、ワクチンの信頼度を調査した研究成果を『ランセット』誌に発表したが、日本は「世界でもっともワクチンが信頼されていない国」と評された。安全性について、「信頼している」と回答した人の割合は8.9%で、フランスと並び、モンゴル(8.1%)に次いで悪かった。

 なぜ、日本人はワクチンを信頼しないのか。このことを考える上で興味深い研究がある。2020年1月、秋田大学医学部の学生だった宮地貴士氏らが『ランセット』誌に発表したもので、欧州諸国でワクチンへの信頼度は、国家への信頼感と高度に相関していた。多くの先進国で、ワクチン接種は、国家が実施する公衆衛生政策だ。ワクチンの信頼度に、国家への信頼が影響したとしてもおかしくない。宮地医師は、「日本人がワクチンを信頼しないのは、政府を信頼していないからだろう」という。

 なぜ、こうなるのか。日本のワクチン開発の歴史が絡んでいる。戦前、我が国でワクチン開発を担ったのは、帝国陸軍の軍医と伝染病研究所の医師たちだった。この中には、かの731部隊の関係者も含まれる。いや、中心的な役割を担ったといっていい。彼らは戦後、責任を問われることなく、伝染病研究所の後継である国立感染症研究所や東京大学医科学研究所の幹部におさまった。製薬企業に進んだ者もいる。薬害エイズ事件を引き起こしたミドリ十字の創業者内藤良一は、731部隊の元軍医だ。

 戦後、我が国でワクチン禍集団訴訟が多発したのは、多くの国民が、このような事実を知っていたからだ。戦後、日本人の価値観は一変した。学校の教科書は黒塗りされ、戦争の責任は帝国陸軍の暴走のためと教育された。ワクチン訴訟の原告となった人たちの多くが、子ども時代に、このような価値観の激変を経験している。彼らが予防接種に負のイメージを抱いたとしてもおかしくない。そして、その影響は今も続いている。それが、週刊誌でのコロナワクチンバッシングに繋がっているのだ。我が国の反ワクチンの根は深い。

 

カテゴリ: 医療・サイエンス
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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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