クレディ・スイスを瞬殺しかけた「SNS時代の銀行破綻」の新しさと既視感

執筆者:滝田洋一 2023年4月4日
エリア: 北米 ヨーロッパ
全世界のAT1債発行残高30兆円あまりのうち、欧州銀行による発行は8割を占める(C)AFP=時事
シリコンバレーバンク(SVB)の破綻は大西洋を渡ってクレディ・スイスを直撃した。そして、そもそもSVBを倒した金融不安は、暗号資産バブルの崩壊で自主清算に追い込まれた米カリフォルニア州のシルバーゲートバンクが発端だ。預金者と市場の疑心暗鬼が夜中であろうと拡散していくSNS時代の銀行破綻は世界の金融監督当局の力を試している。ただし、リーマン・ショックを機に整備された銀行規制「バーゼル3」が最初から問題含みだったことも見逃せない。

 ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす。ブラジルを北京に替え、テキサスをニューヨークに替えた言い回しもお馴染みだが、些細な出来事が連鎖を繰り返すうちに大ごとを巻き起こす「バタフライ効果」。米西海岸の中堅銀行の破綻が大西洋を越え、スイスの大手銀行の歴史に幕を下ろす大騒動に発展した。もちろん米国内の金融不安は収まっていない。

 2008年のリーマン・ショックを機に、米欧を中心に世界の金融監督当局は金融の大惨事を引き起こすまいと、様々な規制を導入してきたはずである。それなのになぜ預金を集め、決済を営む金融業務の本丸、つまり銀行の破綻が相次いだのか。米欧の当局者たちは事態の収拾に奔走しつつ、釈明に追われている。今回の危機の際立った特徴は、何にもましてそのスピードだ。

いまや取り付け騒ぎは夜中でも起きる

「24時間足らずの間に起きた、予期せざる巨額の預金の取り付け」。3月28日、シリコンバレーバンク(SVB)などの破綻の原因を追及するために、米上院銀行委員会で開かれた公聴会。証言台に立った米連邦準備理事会(FRB)のマイケル・バー副議長(金融監督担当)は、のっけからこう表現した。狐につままれ、なす術を知らなかった様子がにじむ。

 3月8日(水)にSVBは保有している証券に18億ドル(約2300億円)の損失が生じたと認め、翌週以降に資本増強に踏み切ると発表した。この発表が預金者の不安心理に火を付けた。米著名起業家ピーター・ティール氏が取引先企業にSVBからの預金引き揚げを提言した。そんな話が翌9日(木)にはSNS(交流サイト)を駆け巡った。SVBからは9日だけで預金残高の4分の1近い420億ドル(約5.5兆円)が引き出され、払い戻せる資金が完全に底を突いた。

 経営不安の情報拡散の舞台となったSNS、ワンクリックで大量の資金を移動できるネットバンキング。しかもSVBのネットバンキングは預金者のアクセス集中でダウンした。こうなると預金者は不安の渦のなかである。今や取り付けは銀行窓口ではなく、SNSで起きる。しかも24時間いつでも、銀行や当局が資金の工面のしようがない夜中にも。いかにもSNS時代の銀行破綻に、FRBなど銀行監督当局は全く追いついていなかった。

暴かれた「バーゼル3」の欺瞞

 すさまじい取り付けはスイス第2位の大手行、クレディ・スイス(CS)をも襲った。こちらの引き金は筆頭株主のサウジアラビア国立銀行(SNB)。「保有比率が10%超となるので、追加出資はできない」。CSが求めた増資をSNBのアンマル・アルフダイリー会長が3月15日に拒絶したのである。

 このひと言でCSからの預金流出は1日当たり100億スイスフラン(約1.4兆円)にのぼり、スイス当局が用意した緊急資金供給枠も焼け石に水となった。実は不祥事のデパートというべきCSは昨年10月にも大規模なSNS取り付けを経験している。その時はSNBが15億スイスフラン(約2100億円)の増資に応じ、CS株の9.9%を保有する筆頭株主になって、CSの急場を救った。今回はそのSNBのトップのひじ鉄とあって、CSのザイル(命綱)を断つことになった。後日談だがSNBのアルフダイリー会長は程なく解任の憂き目に。

 さてCSは潰すには大きすぎた(too big to fail)。総資産はスイスの名目国内総生産(GDP)の7割を占め、CSが破綻すればスイスという国家も鉄鎖心中となるからだ。スイス当局は、第2位のCSを最大手のUBSに救済させることで、土俵際で破綻を食い止めた。とはいえ両行の総資産を合わせるとスイスのGDPの2倍になる。UBSがアルプスの二重遭難となると万事休すである。そこでスイス当局はUBSにさまざまな支度金を用意した。

 そのひとつが債券の消却。CSが、中核的自己資本(ティア1)を水増しするために発行していた「AT1債(Additional Tier1債=追加的ティア1債)」を全額償却、つまり紙くずにしたのである。AT1債の発行額は160億スイスフラン(約2.2兆円)。CSを生かすために普通なら真っ先に損失を負担させる株式は温存する傍らで、AT1債を消却したことから、債券を保有していた投資家は「株式は温存されているのに」と怒り心頭に発した。

 話はリーマン・ショックに遡る。リーマン破綻後、銀行救済のために公的資金(税金)を使ったことに、欧米の世論は猛反発した。そこで大手銀行が万一の事態に陥っても、株主や投資家がまず損失を負担し、納税者つまり一般国民には負担をかけないことが至上命題になった。「バーゼル3」と呼ばれる銀行規制はそのための仕組みだが、当局者が真っ先に考えたのは損失を吸収する自己資本の充実だった。

 そうはいっても、銀行が株式を新規に発行する増資を行えばよいのだが、増資で発行済み株式数が増えれば株価が下落する。株安を嫌う銀行経営者や株式投資家との折り合いをつけるために、欧州の金融監督当局がひねり出したのが、ティア1をかさ上げすることを目的にしたAT1債だった。

 万一の際には真っ先に損失をかぶる一方で、普段は高めの利回りを約束する。そんな債券である。損失負担という毒まんじゅうが入っているのだが、金融緩和による低金利が長期化するなか、少しでも高い利回りを求める投資家が喜んで購入した。片やCS以外の欧州銀もティア1かさ上げのためにAT1債をしこたま発行していた。全世界の30兆円あまりの発行残高の8割は欧州の銀行による発行分だ。

「魚心あれば水心あり」のもたれ合いが横行していたなか、スイス当局によるAT1債の全額償却はパンドラの箱を開ける結果となった。AT1債を発行している欧州銀で、次に危ないのはどこかを、投資家は血眼となって考えた。そんななかで売りの標的になったのはドイツ銀行である。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 1957年千葉県生れ。日本経済新聞社特任編集委員。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスター。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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