
【前回まで】実務者レベルの概算要求折衝初日、財務省の周防たちと防衛省側の主張は真っ向から対立し、交渉は決裂した。周防は、元江島派で保守党総務会長の都倉響子に呼び出される。
Episode2 傘屋の小僧
6(承前)
ロングヘアの都倉が、満面に笑みを浮かべて、周防の正面に腰を下ろした。
「大変忙しい時に、時間を取ってくれてありがとう。なので、単刀直入に用件を話します。
私は今、来年度の防衛予算について強い関心を持っています。世間では、NATO並みのGDP比2%が既定路線のように語られているんだけど、財務省もそうなの?」
周防が防衛係の筆頭主査であるのを承知の上での質問だろう。
「いえ、そんな既定路線は存在しません」
「でも、官邸からのプレッシャーは相当でしょう」
「そういう圧力を感じたことはありません」
「周防さんは着任したばかりだものね」
もしかすると局長や次長には何らかのサジェスチョンがあるのかも知れないが、それを部下に降ろす必要性を感じていないのだろうか。
「アメリカが日本を守らないと通達したよね。それで、防衛省は、焦っているのかしら?」
「焦っているというより、現段階では、大盤振る舞いしてもらえるチャンスだと感じているようです」
「愚かね」
いかにも都倉らしい一刀両断の発言だった。
「残念です。ひとまず、プライオリティをつけて、削れるものは削った上で、自主防衛のための必須項目を出すようには伝えましたが」
「さすが、周防さん。とはいえ、それなりの増額はやむをえないんでしょうね」
「そういうムードがあるのは事実ですが、ウチの主計官は付和雷同しませんので」
「“財務省の仕事人”だものね。それは心強いわね。でもね、私は自国を守るために本当に必要なのであれば、防衛費の大幅な増額は致し方ないと考え始めている」……

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