中国「データ安全保障」の迷走 企業情報や学術データベースの海外利用に広がる制限

執筆者:高口康太 2023年6月19日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
海外提供が禁止される重要データの規定は判然としない[中国・中央アジアサミットに参加した習近平国家主席=2023年5月18日、陝西省西安](C)AFP=時事
研究者やビジネス界が中国の「データ」を利用できない事態が広がっている。企業情報や学術論文が集約された主要データベースが相次いで海外からアクセスできなくなった背景には、重要データの域外移転に対する監視強化が影響していると考えられる。デジタルを前提とした制度や情報のオープン化でリープフロッグを実現してきた中国だが、データ安全保障の迷走は外国企業の活動にも大きな影響を与えかねない。

 

「この分野の研究を一時中止しようかと考えている」

 先日、講演会で一緒になった中国経済の専門家から意外な言葉を聞いた。同氏は、ある重要産業分野における政府系ファンドについて、具体的にどのような企業に投資しているかを調査していた。その際のツールとして重宝していたのが企業データベースだが、今年3月頃を境に、日本からアクセスできなくなってしまった。頼みの資料が取りあげられてはこれ以上、研究を続行することは難しいのだという。

投資ブームを支えてきた「企業情報のオープン化」

 この企業データベースについて、説明しておこう。天眼査(ティエンイェンチャー)、企査査(チーチャーチャー)、啓信宝(チーシンバオ)が代表的なサービスだが、中国政府や裁判所が持つ企業データ、個人データを集約し、わかりやすく表示する民間サービスである。上記3サービスは政府が保有する企業工商情報が2014年にオープン化したことを受けて成立したが、非上場企業の情報もわかりやすく透明化され、ベンチャー投資ブームに沸く中国ビジネス界で欠かせないツールとなった。もちろん、中国企業を研究、調査する上でも必須だ。

 というのも、中国の企業構造は複雑で、株主構成を見ても多段構成になっていることがほとんど。オーナーとは別の法人代表を登記しているケースも多く、誰の会社なのかという基礎的な情報すらなかなか把握できない。上述の企業データベースは株主企業の株主などの保有率から誰が実質的な所有者なのかを一目瞭然にするほか、その個人が他にどのような企業を保有しているのか、あるいはその企業や個人がどのような裁判案件を抱え、敗訴しているのかといった情報までわかる。それどころか、一部の自治体ではさまざまな行政許可情報までオープン化しており、「**社は*年*月、エレベーター設置工事の認可を得た」といった情報まで、パソコンをいじっているだけで簡単に表示されてしまう。

 なぜ、中国がこうした制度を用意したのか。梶谷懐氏との共著『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、2019年)で詳述したが、中国は市場経済を導入しても、それを支えるための制度作りが遅れていた。知財の保護、なんらかの問題を起こした企業の官報での公示なども含まれるが、紙ベースの制度が残る先進国を跳び越えて、最初からデジタルを前提とした制度作りが行われた結果、現状にたどり着いた。オープンな経済活動を行うためには、取引相手が悪質な詐欺犯ではないこと、深刻な経営問題を抱えていないことなどを簡便に確認できる制度が必要だと突き詰めていった結果の産物だ。

 その優れ物のデータベースがなぜ海外からアクセスできなくなったのか? 公式発表はないが、中国政府によるデータ安全保障が影響しているとみられる。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
高口康太(たかぐちこうた) 1976年、千葉県生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国・天津の南開大学に中国国費留学生として留学中から中国関連ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。中国経済と企業、在日中国人経済を専門に取材、執筆活動を続けている。 著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、共著)、『中国S級B級論』(さくら舎、共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、共編、大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)、『習近平の中国』(東京大学出版会、共著)など。
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