米半導体輸出規制で始まった「輸出管理戦争」時代は企業に何を求めるか

執筆者:鈴木一人 2023年8月22日
エリア: アジア 北米
経済安全保障戦略の実効性は、企業と政府の連携の深さによっても左右される[次世代半導体の国産化に向け、ベルギーの研究開発機関と協力の覚書を交わしたRapidusの小池淳義社長(中央)。右は西村康稔経済産業相=2022年12月6日、東京都千代田区]
アメリカは中国との戦略的競争の中で技術と経済を武器にする覚悟を決めた。いまや技術や経済は戦略的ツールに変貌したのだ。日本が最善の手段を見つけるなら、国際的な競争力を獲得して「戦略的不可欠性」を確立し、他国からの威圧に対抗する能力を高めるしかない。そして日本のそうしたポテンシャルは、多くの悲観論にかかわらず低くはないのかもしれない。

 日本にとって半導体は特別な意味を持つ製品である。1980年代には日本の半導体産業は世界市場の50%のシェアを握り、当時、激しく展開していた日米貿易摩擦においても、日本の半導体は不公正な政府支出によって支援を受けていると批判され、1986年から10年間、日米半導体協定が実施された。

 日本においては、それ以降半導体産業の衰退が進み、現在では世界市場において10%以下のシェアしか持たない状況にある。半導体産業の衰退を回復すべく、日本政府は2021年から半導体産業の再活性化を目指して大きく動き出している。こうした動きを後押ししたのが、Covid-19に伴う半導体供給不足の問題に直面し、様々な経済活動に支障が生じたことだ。そして2022年から始まるロシアのウクライナに対する侵略により、半導体のサプライチェーンの内製化を進める重要性も明らかにされた。

 ただ、日本において、半導体産業の活性化は叫ばれていても、その問題は安全保障上の懸念、すなわち中国の軍事的台頭と連動して議論されることはなかった。日本において、中国の軍事的台頭は、尖閣諸島をめぐるグレーゾーンにおける圧力であったり、台湾有事をめぐる問題として認識されてきた。そして、そうした中国の軍事的な能力の向上については、中国の技術発展の「結果」として受け止めること、いわば不可避的なものと捉える理解が大半であった。

 そうしたコンテキストの中で、2022年10月7日にアメリカが発表した対中半導体輸出規制の強化は、日本にとって大きな衝撃であった。軍民融合が進むなかで、半導体関連製品の軍事転用を抑え込むには、従来の大量破壊兵器(WMD)に対する技術制限とは違うアプローチが求められた。その対象として14/16ナノメートル以下の先端半導体といった制限が設けられ、日本では製造していない半導体であることは、日本の半導体産業にとってはある程度の安心材料ではあった。しかし、衰退する半導体産業を再活性化するためにエンジンをかけ始めたところでの出来事だっただけに、日本に及ぶ影響がどのようなものになるのか、大いに懸念された。

 本稿では、アメリカによる対中半導体輸出規制の強化が日本にどのような影響をもたらしたのか、また日本がそれをどのように見たのかを検証したい。

 1.「過去」をふまえた日本の半導体戦略の見直し

 日本の半導体政策はこれまで国家が主導する形で展開されてきた。1970年代の超LSI(大規模集積回路)開発プロジェクトが成功したことで、日本はアメリカを凌駕する半導体大国となり、日本企業が一丸となって産業戦略を展開すれば、日本の優位は盤石であるかのような錯覚に陥っていた。そのため、1986年の日米半導体協定の後も、経産省(当時は通産省)主導で半導体戦略が続けられ、「あすか」や「MIRAI」をはじめとする「オールジャパン」のプロジェクトが立ち上げられた。しかし、これらは半導体製造各社が最良の人材を送ることなく、競合他社の様子をうかがうといったプロジェクトとなってしまい、結果として、いずれも成功することはなかった。

 こうした半導体戦略の失敗は、台湾企業TSMCの登場による半導体製造と設計の分離やグローバルな水平分業体制の発達に対して、日本は各社ごとの垂直統合を維持していたことが一つの原因として挙げられる。インテルやサムスン電子のように垂直統合で成功した企業もあるが、日本の場合は、半導体製造が事業の一部でしかなく、巨額の投資を継続的に行うには、企業の体力がついて行かなかった、という問題がある。また、日本は今でこそルネサスエレクトロニクスやキオクシアといった「ナショナルチャンピオン」企業に集約しているが、長い間、日立製作所や富士通など多数の企業が半導体開発を競い合う形で国内産業の統合はなされなかった。その結果、巨額の資金を1社でまかない続けることが現実的ではなく、設備投資が追い付かなくなったことでグローバルな競争から脱落した。

 こうした地盤沈下した産業を再建するために、日本政府は2020年代に入って半導体戦略を再構築することとなった。具体的には、日本がまだ強みを持っている半導体製造装置や材料といった分野における競争力を強化していくことが目指された。その一環として、2021年には特定半導体生産施設整備法が制定され、半導体産業に対する補助金の交付が可能となった。この補助金によってTSMCを日本に誘致するだけでなく、TSMCと産業技術総合研究所による共同研究機関であるTSMCジャパン3DIC研究センターや、国立大学・国立研究機関・民間企業による技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)を発足させた。また、半導体開発に協力する民間企業8社が設立するRapidus(ラピダス)にも3300億円の補助金を支出することが可能になった。Rapidusは「Beyond 2ナノ」を掲げ、最先端半導体の製造に日本も参画すべく、企業が連合を組んで推進するという、これまでの経産省主導のプロジェクトとは異なったアプローチによるファウンドリとなっている。

 このように、日本はかつての栄光を取り戻すというよりは、過去の失敗を踏まえて、現代のグローバル市場における半導体産業の重要性を再認識し、まったく新しい形で日本の半導体戦略を組みなおしている最中であった。

2.「10・7」のインパクト

 アメリカで対中半導体規制の強化が発表された際、日本では大きな衝撃が走ったが、それは日本の半導体産業が被る直接的な影響への懸念以上に、アメリカが本格的に輸出管理の考え方を変え、特定の国家に圧力をかける目的で輸出管理制度を活用することに対するショックであった。

 輸出管理を国家の戦略的目的に使った事例を、日本はすでに経験している。……

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
鈴木一人(すずきかずと) 東京大学公共政策大学院教授 国際文化会館「地経学研究所(IOG)」所長 1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、編・共著に『米中の経済安全保障戦略』『バイデンのアメリカ』『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』『ウクライナ戦争と米中対立』など多数。
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